『姫と騎士たち』混じり気のない好きを保つことの難しさ。
姫は姫でもサークルの「姫」。男性の割合が多い文化系サークルに所属する女性陣は、その数の少なさで希少な存在として"姫扱い"されることから「姫」という呼び方が生まれたそうだ。
今回ご紹介する『姫と騎士たち』という作品は、漫画サークルで才ある「姫」として崇められながら活動している谷崎、そして新たに入部してきた美人で絵が上手い「新・姫」として注目を浴びる塩之崎、彼女たちを見守る騎士たちこと男性部員たちの物語だ。
漫画サークルを舞台に青春群像劇を描く『姫と騎士たち』は、ギャグコメディ作品としての魅力もあるのだが、私が本作に抱いたのは「混じり気のない好きを保つことの難しさ」ということだった。
姫にとっての新・姫
漫画サークルの姫と新・姫がバチバチに火花を散らす物語かと思いきや、そんなことは全くない。
今まで「姫」として崇められてきた谷崎は、とにかく漫画一筋な性格だ。漫画を生み出すことへの情熱、そして何より才能も持ち合わせている。ただ、漫画以外のことへの興味が薄く、独特のファッションセンスで一般的には言わゆる典型的な「オタク」な見た目をしている。
そんな谷崎にとっての新・姫である塩之崎は、大好きな漫画について語り合える唯一の友であり、自分に更なるインスピレーションを与えてくれる非常にポジティブな存在として描かれている。
ファッションやメイクを教わったり、創作活動にも良い影響を及ぼす塩之崎という存在はやがて谷崎の中でかけがえのない存在となっていく。
新・姫の憂鬱
一方で新・姫である塩之崎は、谷崎とは少し違う心境の変化を遂げていく。
幼い頃から漫画が好きで、創作活動にも興味を持っていた塩之崎であったが、自分のことを認めてくれない家庭環境の影響から自分にあまり自信がない。その後、画力を磨き漫画サークルで創作活動を始めるも、谷崎の才能に圧倒され次第に彼女と距離を置くようになるのだ。
前半では、谷崎と塩之崎の友情や微笑ましい日常がギャグを交えながら描かれているので、この塩之崎の心境の変化が読んでいてとても切なかった。
混じり気のない好きを保つことの難しさ
圧倒的な才能が自分の目の前で羽ばたいていく瞬間。果たして自分は、あなたは、どんな気持ちでそれを眺めるのだろうか。
谷崎は最初から最後まで混じり気のない「好き」という感情を塩之崎に抱いている。混じり気のない、と言うのは妬みや嫉みと言ったありとあらゆる負の感情を抱かずに純粋に「好き」という感情を相手に持っている状態のことをさす。それは大好きな漫画や創作活動を共有できる唯一の存在であり、単純にその時間を過ごすのが楽しいと感じているからだろう。
けれど、塩之崎は違う。一緒に過ごしていく過程の中で、谷崎の才能に圧倒され楽しさよりも「自分は谷崎よりも下」どいうどこか卑屈な感情を抱いてしまったのだ。
好きなものを共有できる相手というのは厄介だ。混じり気のない「好き」を保つことができるのなら、お互いにとってプラス影響を与えてくれる。でも、塩之崎のようにある日生まれたその薄暗い感情は、あっという間に関係性を崩壊させる。
姫と新・姫のラストはぜひ本作を見届けて欲しいのだが、自分の好きなものや夢への気持ちが大きくなればなるほど、混じり気のない好きを保つのはやっぱり難しいと思ってしまった。