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『急がなくてもよいことを』が教えてくれた、自分の中の「ささやかな日常」と向き合うことの大切さ
忙しくなると人はまず自分のことが疎かになるのではないだろうか。それは、身だしなみだったり生活習慣だったり...。何が疎かになるのかは、人ぞれぞれだと思うけれど、要するに自分に矢印が向いていない状態になる。
複雑なドラマの人物相関図みたいに、自分発信で色々なことに矢印を向き散らかし、自分に関する何もかもが外に放出されていく。そんなただひたすらに消耗されていくような感覚に陥る。
漫画サークル「山坂書房」で長きに渡り同人誌を発表してきたひうち棚さんという作家がいる。20代後半から漫画を描き始めたひうち棚さんは、美しい曲線で自身の生活で起きた出来事を淡々と描き続けてきた。
そんなひうち棚さんが、近年TwitterなどのSNSで発信してきた作品たちが1冊の本になった。それがこの『急がなくてもよいことを』だ。
ひうち棚さんが幼少期に体験した何気ない思い出のワンシーンや、家族や子供との何気ない日常を綴った本作。正直、ドラマチックな展開やページをめくる手がすくむような劇的な展開は一切ない。しかもひうち棚さんは他人だ。本作を通して、同じような思い出を共有して懐かしむことはないだろう。
けれど、ひうち棚さんが思わず漫画として切り取らずにはいられなかった「ささやかな日常」は私の中にも確かに存在するのだ。
朝早く起きてコーヒーを淹れた時にゆっくりと立ち上がる湯気。夕方になると隣の家から聞こえてくる、小さな子どもたちが口ずさむアニメの主題歌。深夜まで作業してると電話をしてくる友人、そしてその時に暗闇の中でぼんやりと妖しげに光るiPhone。疲れている時はそれが希望の光に見えた。
『急がなくてもよいことを』を読んだ時に、私の中に蘇ってきたささやかな日常の断片。これらを忙しいの一言で見落としてきたのだ。私はひうち棚さんのように漫画家ではないからそれらを絵にすることはないけれど、自分の中にあるささやかな日常を改めて思い返してみたら、ほんの少しだけ矢印が外から自分に向いた。そうしたらなんだか忙しさによって乱されていた心も頭もクリアになった気がした。いつもの万全な自分を構成しているのは、案外こういうささやかな日常なのかもしれない、と思った。
『急がなくてもよいことを』がくれた、自分の中の「ささやかな日常」と向き合う時間。それは極論なくても生きていけるかもしれない。でもこの何かと移り変わりが激しく不安定な世界で生きていくには、とても大切なことなのだと...。読み終わった後に単行本の帯に念押しされた気がした。