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【漫画原作アイデア】『イデア-もう一人の自分-』プロット


1タイトル
『イデア-もう一人の自分-』

2登場人物
■テン(19歳)
主人公。自称「勇敢な冒険者」
■タケシ(19歳)
テンの親友。熱血タイプ。口癖は「そう言うなって!」
■サヨコ(20歳)
九崘村の住民。突然失踪し行方不明になる。
■コウゾウ(79歳)
テンの義父。厳格な性格でテンの奔放な性格に手を焼いている。
■アサミ(82歳)
コウゾウの古い知り合い。テンが小さい頃から彼を見守ってきた。
■陣内(25歳)
文部科学省の官僚。政府によるクローン計画のことを知る数少ない人間の一人。
■平泉真(ひらいずみまこと)(18歳)
とある大物政治家の息子。次期総理大臣候補の一人。

3プロット
導入
〇2006年 山梨県 西湖ネイチャーセンター 駐車場

   一台の軽自動車が西湖ネイチャーセンタ
   ー付近にある駐車場に近づいてきた。そ
   の車を武装した自衛隊員二人が静止す
   る。ウィンドウガラスが下がり、運転席
   から眼鏡をかけた大学生くらいの青年が
   顔を出した。
自衛隊員A「ここから先は立ち入り禁止区域だ。今すぐ引き返せ」
青年「え?何かあったんですか?」
自衛隊員B「昨日の未明より、ここ西湖ネイチャーセンターを含めた青木ヶ原樹海とその周辺は政府の管理下になった」
   怪訝な顔を浮かべる青年。すると助手席
   の方から若い女性の声が聞こえてきた。
女性「なに〜、もう着いたの〜?」
   青年は長時間移動に疲れて助手席で眠っ
   ていた女性の方を横目で見た。すると自
   衛隊員の一人が青年の耳元で囁いた。
自衛隊員A「いいか?ガールフレンドを傷つけたくなかったらすぐにここから離れるんだ。まだ奴らがこの辺をうろついているらしい」
青年「や…奴らって?」
   二人の自衛隊員はお互いに目くばせし
   て、腹を括ったように青年の質問に答え
   た。
自衛隊員B「俺たちも詳しいことは分からないが…森の中でもし奴らの姿を見ちまったら………そいつは死ぬらしい」
   顔が真っ青になった青年は、車を反転さ
   せて来た道を引き返していった。
   安堵のため息をつく自衛隊員たち。
自衛隊員A「しかし、マジでこの森には何がいるってんだ?」
自衛隊員B「知らねぇよ。だけどこっちの仕事の方がよっぽど楽でいいじゃねぇか。どっかの国のとち狂った軍隊を相手にするよりはな」
自衛隊員A「ハッ、そりゃそうだ」
   二人の自衛隊員は呑気に笑い合ってい
   た。

〇樹海の奥地

N〈九崘村(くろんむら)。ここは外部からは決して入ることができない樹海の最深部。この村には老若男女問わず身寄りのない人々がお互いに助け合いながら生きていた〉

N〈澄んだ空気。豊かな自然。豊富な食料。人々の笑い声。ここは文明社会から完全に隔絶された陸の孤島。だが、狩猟採取と農耕を同時に行うことで完璧な自給自足の生活が成り立っていた〉

N〈村人たちは九崘村がある樹海のことを別の名前でこう呼んでいた〉 〈"イデア"〉

山場①
〇2024年 九崘村

   いつもと変わらず平穏な時間が流れる九
   崘村。人々は樹海の中の動物を狩ったり
   畑を耕したりして日々を送っていた。
村人たち「おい!今日は大物が獲れたぞ!今日は村の皆で猪肉パーティだな!」「こっちも豊作だよ!今年は天候が安定しているからね」「ちょっとこっちに手ぇ貸してくれ!」「あいよ!今行く!」
   村人たちの活気溢れる声が響く中、村の
   片隅ではある一人の青年が路上でモノを
   売っていた。その青年の名前はテン。彼
   は親の顔を知らず、物心ついた頃から一
   人でこの村で過ごしている。
テン「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これは俺が集めたコレクション!欲しいやつがあったら好きな分だけ持ってってくれ!」
村人「おいおいテン、お前またイデアの外に出たな?こんな珍しいモン、この村じゃ手に入んねぇぞ」
テン「フッフッフ、羨ましいか?そーかそーか、いやいや褒めてもらわなくてもいいんだぜ?自分が勇敢な冒険者ってことくらい俺はジューブン理解してるからな。はっはっは!」
村人「いや、別に羨ましくねぇし褒めたつもりもねぇんだが…」
   得意げに高笑いするテンに対し、横槍を
   入れてくる者がいた。
コウゾウ「おいテン、調子に乗るのも大概にしろや。勇敢じゃなくて無謀の言い間違いじゃねぇのか?」
テン「あぁ!?何だよオヤジ!他の奴ができねぇことやってんだから勇敢だっつってんだろ?」
   テンの意見に呆れてため息をもらすコウ
   ゾウ。
コウゾウ「いいか?テン…俺たちがこうも平和で豊かな生活を送れるのはなぜだと思う?」
テン「んなの、俺たちがこの安全なイデアん中に閉じこもってるからに決まってるだろ」
コウゾウ「……いや、違う」
   コウゾウが何を言おうとしているのか全
   く予想がつかないテン。そんな二人のや
   り取りを数人の村人たちが見守ってい
   た。
コウゾウ「お前も知っての通り、この村の住民は皆、この数十年の間に親を亡くしたり仕事を失ったりして住む場所を追われた者ばかりだ。そんな俺たちが社会で生き残るには並大抵の努力じゃ済まない。多くの者が病気を抱えていたり障害を抱えていたり、中には過去に犯罪歴を持っている者もいた。いわば社会のはみ出し者ってやつだ」
テン「だからこんな森ん中に閉じこもって、似た者同士で傷の舐め合いをしてるってか?」
コウゾウ「俺たちは似た者同士じゃない。自分の価値観や考え方と完全に一致する人間なんてこの世に一人もいない。俺たちがこうしてこの村で一緒に暮らしてるのはな、似た者同士だからじゃない。お互いを理解するためなんだ」
テン「理解するため?」
コウゾウ「あぁ…自分と相手のどこが違うかを知ることができれば、俺たちは強くなれる。たとえ一人一人に力がなくてもな!」「いいか?テン…この世界は一人で生きていけるようにはできてないんだ。どれだけ社会から隔絶されようと、俺たちは周りの人たちの助けがないと生きていけねぇんだよ!勇敢だか何だか知らねぇが、少しは他人に頼るってことを学べ!」
   コウゾウから説教されることは日常茶飯
   事だが、今回ばかりは何も言い返せない
   テン。周りの村人たちもコウゾウの意見
   に同調した。
村人「コウゾウさんの言う通りだぞ!テン。頼んでくれれば俺たちゃいつでも手ぇ貸すぜ!」
   テンはムッとしながらその場を立ち去っ
   た。そんなテンの後ろ姿をコウゾウは鋭
   い目で見つめていた。
コウゾウ「………」

〇村の中心にある広場

   コウゾウの意見を素直に受け入れられず
   にいるテンは、ブツブツ文句を呟きなが
   ら広場に向かって歩いていた。夏の暑い
   太陽がサンサンと九崘村を照らしてい
   た。広場に着くと、テンの親友が声をか
   けてきた。
タケシ「よぉ!テン!何シケたツラしてんだよ?」
テン「相変わらずデケェ声だな。今はお前と絡みたい気分じゃねぇんだよ」
タケシ「そう言うなって!どうせまたオヤジさんに叱られたんだろ?」
   図星のテン。子供の頃からずっと一緒に
   遊んでいたタケシには、テンのことは全
   てお見通しだった。事の顛末を親友に話
   すテン。
タケシ「はーん、なるほどねぇ。コウゾウさんもたまには良いこと言うんだな。で、お前はどう思うんだ?」
テン「どうって?」
タケシ「だから、お前は他人に頼る気はあるのかって聞いてんだよ!」
テン「頼るも何も、俺は物心ついた時からこの村で一人で暮らしてんだぞ?今更誰の助けがいるってんだ」
   テンのその言葉を聞いて、彼が自分のこ
   とを過大評価し過ぎていると嫌でも思っ
   たタケシ。しかし親友を傷つけたくなか
   ったため、あえてそのことを指摘できず
   にいた。
テン「なぁ、タケシ。俺の考えはそんなに間違ってるか?」
タケシ「間違ってるかどうかなんて俺が知るわけないだろ」
テン「……ハ?」
タケシ「だけど俺はお前の意見を否定する気はねぇよ。だって俺とお前は赤の他人だからな!」
   そう言ってニッと笑うタケシ。テンは先
   程コウゾウに言われたことを思い出し
   た。
コウゾウ(俺たちは似た者同士じゃない。自分の価値観や考え方と完全に一致する人間なんてこの世に一人もいない)
テン「そうだな」
タケシ「だけど勘違いすんなよ?赤の他人ってのは言葉の綾だ。俺とお前は親友なんだからな!」
   そう言ってタケシはテンの肩に腕を組ん
   できた。
テン「分かったからくっつくな!気持ち悪ぃな!ただでさえ暑苦しいってのに!」
タケシ「はっはっは、まぁそう言うなって!」
   「そう言うなって!」はタケシのいつも
   の口癖だった。その後タケシは急に真面
   目な顔をして何かを語り始めた。
タケシ「それよりもテン、今日はお前に話したいことがあってここで待ってたんだ」
テン「何だよ?話したいことって。恋愛相談なら他の奴にしてくれよな」
タケシ「違げぇよ!誰が好き好んで恋愛経験ゼロのお前にそんなこと相談するんだよ!」
テン「何だとー!?」
   しばらく二人でじゃれついた後、タケシ
   はようやく本題に入った。
タケシ「いいか?真面目に聞いてくれよ?テン」
テン「俺はいつだって真面目だ」
   テンの冗談だか本気で言っているのか分
   からないセリフをタケシは無視して話を
   続けた。
タケシ「村のはずれにサヨコっていう美女が住んでんの知ってるだろ?」
テン「あぁ、お前が去年の新年祭でナンパしてたやつだろ?」
   タケシは無駄に高いテンの記憶力を恨み
   ながら顔を赤らめた。
タケシ「今はその話はしなくていいんだよ」「それよりもお前、最近そのサヨコって子の姿を見かけたか?」
   テンはそう聞かれて自分の記憶を思い出
   そうとした。
テン「……そういや最近見ねぇな。まぁ俺も最近はコレクション集めに必死だったから村のはずれに行くことも少ないんだけどな」
   するとタケシの顔色が急に悪くなった。
テン「どうしたんだよ?まさかそいつが他の男に取られたから悔しがってんのか?」
タケシ「いや……実はそいつ、行方が分からねぇんだ。村の誰も」
   タケシの発言を聞いて思わず息を呑むテ
   ン。
テン「……行方が分からない?何で?」
タケシ「あいつの弟と俺の弟の歳が近くてな。よく二人で遊んでたらしいんだ。んで、この間俺の弟がいつものようにサヨコの弟と森ん中で遊んでたら……見ちまったらしいんだ」
テン「見ちまったって何を?」
   タケシは恐る恐る口を開いた。
タケシ「森ん中で、サヨコと瓜二つの人間に遭遇したんだよ!」
テン「………?」
   タケシが何でそんなことで怯えてるのか
   分からなかったテン。
テン「サヨコと瓜二つって、普通にサヨコ本人じゃねぇのかよ?」
タケシ「そんなわけないだろ!?だって彼女は、足が不自由だから森ん中に一人で入れるはずがねぇんだよ!!」
   テンは去年の新年祭で出会ったサヨコが
   車椅子に乗っていたことを思い出した。
   夏の真っ只中であるにも関わらず、体中
   に冷や汗が流れる。広場に響き渡るセミ
   の鳴き声が妙にうるさく感じた。
テン「どういうことだよ?じゃあその森の中にいたサヨコは一体誰なんだよ?」
タケシ「こういう話を聞いたことはないか?ドッペルゲンガーの話を…」
テン「どっぺるげんがー?何だそれ?」
   ドッペルゲンガーとは自分と瓜二つの謎
   の存在のことだ。その姿は自分の姿と全
   く同じで、見た者は必ず死ぬと言われて
   いる。ドッペルゲンガーを見たという事
   例は歴史上数多く記録されている。
   その説明を聞いたテンは、ただの胡散臭
   い噂話だと一蹴した。しかしタケシはそ
   う思ってはいなかった。
タケシ「噂なんかじゃねぇ!サヨコが行方不明になった後、村のやつらがあいつの部屋を調べたんだ。何か行き先の手がかりが見つかると思ってな。するとそこにメモが置いてあったんだ。そのメモに何て書いてあったと思う?」
   そろそろ話に飽きてきたテンは適当に聞
   き流して家に帰ろうと考えていた。
テン「なんて書いてあったんだよ?焦らさずにさっさと話せ。俺もそんなに暇じゃねぇんだからよ」
タケシ「こう書いてあったんだ。『本当の自分に会ってくる』って……」
テン「本当の自分……?」
タケシ「あぁ、これはきっとドッペルゲンガーに洗脳されてどっちが本当の自分か分からなくなった彼女が、混乱してどこかに姿を消しちまったんだよ!」
   急にヒステリック気味に叫び出すタケシ
   に若干引くテン。
テン「あのなぁ、お前さっき自分で言ってたじゃねぇか。そのサヨコって子は足が不自由なんだろ?そんなやつがどうやって村から姿を消すんだよ?」「それにそのドッペル何ちゃらってのは一体何者なんだよ?」
タケシ「そんなの決まってるだろ?妖怪だよ!このイデアの中に息を潜めて俺たちのことを狙ってるんだよぉ!!」
テン(胡散臭………)
   呆れたテンは、一人で騒いでいる親友を
   置いて家に帰った。
テン(もう一人の自分?見たら必ず死ぬ?そんなのただの噂だ。実在するはずがねぇ!)

〇翌日 九崘村

   その日テンは、いつものようにイデアの
   外での体験を近所の村人たちに自慢げに
   語っていた。
   するとそこに一人の村人が慌てた様子で
   駆け込んできた。その男はアサミという
   名前で、コウゾウの古い知り合いだっ
   た。
テン「おぉアサミのおっちゃん、あんたも聞いてくか?イデアの外での俺の冒険譚を!何なら俺のコレクションで欲しいのがあったら譲ってやるぜ?」
アサミ「テンちゃん…すまねぇ…コウゾウが、森の中で死んだ……!」
   手に持っていたコレクションの一つをボ
   トリと地面に落とすテン。
テン「…………え?」

〇コウゾウの葬儀

   その夜、広場でコウゾウの死を弔う儀式
   が行われた。そこには村人全員が集ま
   り、コウゾウのために祈りを捧げてい
   た。
   アサミの話によると、コウゾウは森に入
   った後、アサミとは別れて一人で山菜を
   採っていたらしい。しばらくしてアサミ
   がコウゾウと別れた場所まで引き返す
   と、そこにコウゾウが倒れていたとい
   う。外傷は全くなかった。ただ、息絶え
   たコウゾウの顔は、何か恐ろしいもので
   も見たかのように恐怖に歪んでいた。
   
   その後、村で突然ドッペルゲンガーの噂
   が瞬く間に広がった。ドッペルゲンガー
   の話はテンとタケシしか知らないはず。
   テンはタケシを問いただしたが、タケシ
   は噂を広めたのは自分じゃないと言い張
   った。村人たちは、コウゾウを殺した犯
   人はドッペルゲンガーだと考えていた。
   コウゾウの顔が恐怖に歪んでいたのは、
   森の中で自分と同じ顔を持つ奇怪な生き
   物を目撃したから。
   そんな根拠のない憶測だけが一人歩き
   し、村全体に恐怖が蔓延していた。


○コウゾウの死から約2週間後 九崘村中央の広場

   ある日、テンは広場に親友のタケシを呼
   び出した。
タケシ「何だよ?テン。お前に呼び出し食らったのは初めてだぞ」
テン「タケシ…俺は決めたぞ。森に入ってドッペルゲンガーをとっ捕まえる!」
   テンのその言葉を聞いて驚くタケシ。
タケシ「お前正気か?もうすでに二人の犠牲者が出てるんだぞ?それに見たら必ず死ぬんだぞ?それでも行くってのか?」
テン「悪い、タケシ。オヤジが殺されたってのに、黙ってここでじっとしてることは俺の性に合わないんだ。それに俺は何度も森の中を通って外に出たことがある。少なくとも道に迷うことは絶対にねぇ」
タケシ「だけど、どうやってこんな広いイデアの中でドッペルゲンガーを見つけるんだよ?」
テン「そいつがどこにいるかは分からねぇが、一目見れば一発で分かるはずだ。何たって自分と同じ見た目をしてるんだからな」
   珍しく核心をついているテンの説明を聞
   いて、タケシも覚悟を決めた。
タケシ「しょうがねぇなぁ。お前は昔っからそうだもんな。一度決めたことは絶対に曲げずに実行する。コウゾウさんの苦労がようやく理解できたぜ」
テン「分かったんなら絶対に止めるなよ?今夜こっそり村を抜け出して森に入る。村の奴らにバレたら絶対に止められるからな」
タケシ「止めるわけねぇだろ?俺も一緒に行くんだから」
テン「あぁそうだ。お前も一緒に森に……って、ハァ!!?お前今何つった??」
   タケシはテンのノリツッコミに心の中で
   爆笑した。
タケシ「言葉通りの意味だ。お前一人で得体の知れないドッペルゲンガーに勝てるわけないだろ?それにお前が殺されたら誰がお前の死体を村に持って帰るんだ?」
テン「何だよ、その理由……二人とも死んだら意味ねぇだろ」
   するとタケシはテンの背中をバンッと叩
   いて言った。
タケシ「はっはっは、まぁそう言うなって!俺の意見を否定はするなよ?何たって俺たちは赤の他人なんだからな!」
   テンは最も信頼できる男がついてくるこ
   とを心の中で喜んだが、表情に出ないよ
   うに唇を固く結んでいた。

〇深夜 森の中

   村人たちが寝静まり、村に静寂が訪れた
   頃、テンとタケシは森の中に入った。足
   音を立てないように細心の注意を払っ
   た。
   森の中に入ってみると、昼間の景色とは
   段違いであることに驚いた。昼の樹海は
   太陽の木漏れ日で森全体がうっすら光っ
   て見えたが、今は違う。見渡す限りの闇
   だ。光源が全くないため、何も見えな
   い。
タケシ「おいおい、こんな真っ暗じゃ前にも進めねぇじゃねぇか。どうすんだよ?」
テン「フッフッフッ、これだから素人は困るなぁ。未知の場所に行くんなら事前の準備が肝心だ。何たって常に死と隣合わせだからな。そういうのを冒険って呼ぶんだよ」
タケシ「はいはい、自信満々なのはいいが、何か持ってんなら早く出せよ。ちゃんとしてきてるんだろ?その準備ってのをよ!」
   テンは暗闇の中でニヤリと笑いながらあ
   る道具を取り出した。細長い筒のような
   形のものだ。テンは手探りでスイッチを
   見つけてそれを押した。すると、その筒
   状の先端が光だし、夜の暗闇に包まれて
   いた森の獣道を照らし出した。
   見たことない道具に驚くタケシ。
タケシ「ひ…光った!?何だその道具は??」
   得意げに笑うテン。
テン「いいだろ?俺がイデアの外で見つけたコレクションの一つだ!懐中電灯って言うんだぜ?」
タケシ「かいちゅーでんとー?何か、ドッペルゲンガーと響きが似てるな」
テン「全然似てねぇよ!そんな怪しい殺人鬼と一緒にすんな!」
   その後二人は、懐中電灯の光を頼りに、
   森の中を歩き続けた。しかしどれだけ歩
   いてもドッペルゲンガーとは遭遇しなか
   った。
タケシ「おい、闇雲に歩き回っても見つけられるわけねぇだろ!何か手がかりはないのか?」
テン「俺に聞くなよ!ドッペルゲンガーに詳しいのはお前の方だろ?」
   夜の森の中はジメジメしていて蒸し暑か
   った。体中から汗が流れ落ちる。二人の
   服は汗でベトベトだった。何時間も歩い
   たせいで足の痛みも限界だった。
タケシ「とりあえず、俺の弟が見たっていうサヨコのドッペルゲンガーが出た場所に行ってみよう。何か見つかるかもしれない」
テン「そうだな……」
   暑さで喉がカラカラだったが、手ぶらで
   帰るわけにもいかなかった二人は、何か
   収穫を得るまで帰るつもりはなかった。

〇2時間後 タケシの弟がドッペルゲンガーに遭遇した場所

テン「おい!何もねぇじゃねえか!」
タケシ「俺だって何かあるとは一言も言ってないぞ!」
   疲れ果てた二人は、地面に腰を下ろし
   た。
テン「はぁ……今更だが、夜の森の中に入ったことを後悔してきたぜ」
タケシ「俺もお前の意見に同調してついてきたのを後悔してきたよ」
   二人はしばらく口を開けずに、息を整え
   るまで沈黙が続いた。静寂の中で唯一、
   コオロギの鳴き声が夜の森にこだまして
   いた。
   次第に二人を猛烈な眠気が襲い、気づけ
   ば二人は眠りに落ちていた。

〇森の中 日の出間近

   テンが目を覚ますと、空がうっすら明る
   くなっていた。どれくらい寝ていたか分
   からない。テンが目をこすりながら森の
   中を見渡すと、木々の間に一人の人影が
   立っていた。テンは、自分たちがいない
   ことに気づいた村人の誰かが心配して探
   しに来たと思った。
テン「おい!起きろ!タケシ!村のやつに見つかっちまった。なんか言い訳考えろ!」
タケシ「ん〜、サヨちゃ〜ん、もっとしゃぶって〜」(※寝言)
テン(こいつ…どんな夢見てんだよ…)
   謎の人影はザッザッと足音を立てながら
   二人に近づいてきた。
テン「あ…あの俺たち、虫を捕りに森に入って…決してドッペルゲンガーを探しに来たわけじゃ」
   そう言いながら人影の方に顔を向けるテ
   ン。その人影が木々の間から差し込んだ
   朝日に照らされる。朝日に照らされた目
   の前の謎の人物の姿を見た途端、テンは
   悲鳴を上げた。
   目の前に立っていたのは、自分だった。

   そのまま気を失うテン。

〇樹海の中にある謎の施設

   テンは白い世界の中にいた。周りは一面
   真っ白で何もない。目を凝らして見渡す
   と、はるか向こうにコウゾウの姿が見え
   た。
テン(あれ?オヤジ…?何でここにいるんだ?)
   声をかけたがコウゾウは振り返らない。
   テンはもう一度コウゾウを呼んだ。コウ
   ゾウはテンのいる方に振り返った。しか
   し振り返った彼の顔を見て衝撃を受ける
   テン。その人物の顔はコウゾウではな
   く、自分の顔だった。

   絶叫しながら飛び起きるテン。顔は汗で
   ベタベタだった。心臓がバクバク脈打っ
   ている。体は震えていた。
テン(夢か……?)
   テンは周りを見渡したが、そこは全く見
   覚えのない建物の中だった。九崘村にあ
   るような木造の建物ではなく、石造りの
   ようなところだった。テンが一人でイデ
   アの外に出たときにこういう建物をよく
   見たことがある。
テン(ここは…どこだ?)
   すると後ろからドアが開く音がして、誰
   かが部屋の中に入ってくる足音がした。
???「すまないな。驚かせるつもりはなかったんだ」
   テンは再び恐怖に支配された。また自分
   と同じ顔だったら?
???「怖がらなくても大丈夫だ。君と少し話がしたくてね」
   テンは恐る恐るゆっくり後ろを振り返っ
   た。目の前にいたのは自分と見た目が同
   じドッペルゲンガーではなく、自分とは
   違う見た目の若い男性だった。若いと言
   っても19歳のテンよりは年上だった。
   その男は陣内と名乗った。
陣内「君の名前は何だい?」
テン「テンだ」
陣内「そうか。よろしく、テン」
   そう言って陣内は片手を差し伸ばしてき
   た。まだ警戒心が解けていないテンは、
   怯えながら陣内と握手をした。
陣内「君は九崘村の住民で合ってるね?」
テン「!?……村のことを知ってんのか?」
陣内「もちろん。何たってあの村は、我々が作ったんだから」
   その言葉の意味が理解できなかったテ
   ン。すると急に親友のことを思い出す。
テン「そうだ!タケシは?あいつは無事なのか!?」
陣内「あぁ、君のお友達なら別の部屋にいるよ。安心してくれ。君たちに危害を加えるつもりは一切ない」
テン「じゃあ俺たちをここから出してくれよ!」
陣内「悪いが、それはできない」
テン「な…何でだよ?」
陣内「全て説明する。私についてきてくれ」
   そう言われてテンは渋々陣内の後につい
   ていった。建物の中はとても殺風景だっ
   た。家具や装飾は一切なかった。もしか
   したら、ここは人が住むための建物では
   ないのかも知れない。陣内はある部屋の
   ドアの前で立ち止まった。
   陣内はポケットの中から小さな薄っぺら
   い何かを取り出し、ドアの隅に取り付け
   られている機械に通した。すると「ピ
   ッ」という音と共にドアが開いた。
陣内「さぁ、入ってくれ」
   テンが部屋の中に入ると、中の光景を見
   て再び気を失いそうになった。そこには
   自分と瓜二つのドッペルゲンガーがい
   た。それも一人ではなく、何十人もの自
   分と同じ見た目の人間が部屋の中にぎゅ
   うぎゅう詰めに押し込まれていた。あま
   りにも異様な光景だったため、吐き気を
   覚えるテン。
陣内「君たちはおそらく、村で最近噂になっていたドッペルゲンガーを探して夜の森に入ったんだろ?だが、その正体は実はドッペルゲンガーじゃないんだ」
テン「な……何だって?ドッペルゲンガーじゃないんなら、こいつらは一体何なんだよ!?」
   すると陣内は腰を屈めてテンに顔を近づ
   けた。
陣内「クローンだよ」
テン「くろーん?」
陣内「あぁ。文明と完全に切り離された生活を送っている君たちには分からないかもしれないが、クローンは人間のDNA情報を元に作り出したもう一人の自分。いわばその人のコピーだよ。つまりここにいるクローンたちは全員君のコピー。いや、正確に言えば君のオリジナルのコピーだよ」
   テンは陣内の説明を全て理解できたわけ
   ではないが、イデアの外では科学という
   分野が世界を支配していることは何とな
   く知っていた。おそらくそのクローンと
   やらも科学の力で作ったのだろう。
テン「こいつらは俺のコピー……?ドッペルゲンガーじゃなくて?」
陣内「あぁ、そうだ」
テン「お前……そんなもの作って一体何をしようとしてるんだ?」
   テンと陣内の視線が絡み合う。
   そしてこの後テンは、さらに衝撃の真実
   を知ることになる。

山場②
◯樹海内にある政府のクローン施設

   クローンを収容している部屋を出たテン
   は、陣内と共に別の殺風景な部屋に移動
   し、事情を全て説明される。
陣内「君には全てを話さなければならない。なぜオリジナルのクローンである君をあの村に閉じ込めたのかを」
テン「ち…ちょっと待ってくれ!クローンが何なのかは何となく分かったような気がしなくもないが、さっきから言ってるそのオリジナルってのは何なんだよ!?」
   ため息をつきながら陣内は説明した。
陣内「君が理解できないのも無理はない。我々文明人だって君と同じ立場ならこの状況を理解できないだろう。いや、理解したくないと言った方が正しいかな?」
テン「どういうことだ?」
陣内「いいかい?君は…君という存在は、本当の自分じゃないんだ。つまり君もさっき話したクローンの一人。君はある人物のクローンとして、政府によって極秘に作られたコピー人間なんだよ」
   その言葉の意味をすぐには理解できなか
   ったテン。
テン「……よく分からねぇ。俺は…小さい頃から九崘村で育った。オヤジやタケシや村の皆と一緒に。コピーだの何だの言われても、俺は俺だ。それ以外の何者でもねぇ」
   それを聞いた陣内は、心の中でテンに感
   心していた。普通の人間が自分の正体が
   クローンだと聞かされたら、疑うか動揺
   するだろう。ひどければ自分が何者かが
   分からなくなって精神を崩壊させてしま
   う。しかしテンは、自分がクローンであ
   る以前にすでに自分の中のアイデンティ
   ティが確立している。そんな人は文明社
   会でもそうそういない。
陣内「そうか。君がそう言ってくれて安心したよ。だがね、重要なのは君の気持ちではなく、君のオリジナルの気持ちなんだ」「君のオリジナルは、実はある大物政治家の息子でね。彼の父親がある国から恨みを買って息子の方が命を狙われる事態になったんだ。その息子というのは、次期総理大臣として最も期待されている人間の一人だ。彼が殺されれば世論が怒り、外交政策にも影響が出る。そこで、20年前から政府が極秘で研究していたクローン技術を使って、その大物政治家の息子のクローンに影武者になってもらうことになったんだ……。そのうちの一人が君というわけだ」
   急に難しい話になり頭が混乱するテン。
   テンは恥を忍んで何度も陣内に同じ説明
   を繰り返ししてもらった。10回近く繰り
   返し聞いて何とか事情を理解したテン。
テン「まぁ…何となくは理解したけど、一体俺にどうしろってんだよ? その影武者としての仕事を俺にしてほしいのか?」
   陣内はニヤッと笑ってテンをこの施設に
   連れてきた本当の目的を話し始めた。
陣内「では、本題に入ろうか」

○施設内にある別の部屋

   そこにはテンと共にクローン施設に連れ
   てこられたタケシがいた。見渡す限りの
   殺風景な部屋で、あるのは机と椅子だけ
   だった。
タケシ「おい!ここから出してくれ!誰かいるんだろ!?」
   タケシは必死で叫んだが、誰も答えては
   くれなかった。部屋の外からは物音一つ
   すらしない。もしかしたら自分をこの部
   屋に閉じ込めた人間はもうこの建物の中
   にはいないのか?そう不安に思い始めた
   タケシ。
タケシ(こうなったら自力で脱出するしかねぇ!)
   そう決意したタケシは、部屋に一つだけ
   あるドアを開けようとした。しかしドア
   の開け方が分からなかったタケシは、思
   いっきり体当たりして力ずくでドアを開
   けた。
   部屋の外は中と大して変わらなかった。
   タケシは直感を頼りに通路を進み始め
   た。すると廊下の奥から話し声が聞こえ
   てきた。慌てたタケシは、鍵がかかって
   いない近くの部屋に飛び込んだ。その部
   屋の中には衝撃的な光景が広がってい
   た。

○国会議事堂

   議事堂内のある会議室では、総理大臣と
   官房長官が非公式で密会していた。
官房長官「よろしいのですね?総理…本当に実行しても」
総理大臣「………完成体はもう十分な年齢に成長した。他の出来損ないはもう用済みだ」「予定通り…殺処分でいい」

○樹海内にある政府のクローン施設 地下のとある部屋

   施設の地下は核シェルター並みに頑丈に
   作られていた。目的は、何らかの理由で
   命を狙われた要人を守ること。この時
   は、ある大物政治家の息子が地下に身を
   隠していた。
   彼の名前は平泉真。
平泉(僕が殺されれば、あの人たちの命は全部無駄に………)
   突然ノックの音が響き飛び上がる平泉。
   しかしすぐに冷静さを取り戻しドアを開
   ける。どうせ陣内さんが何か伝えにきた
   んだろう。そう思った平泉だったが、ド
   アの奥にいたのは自分と同じ顔つきで汚
   い身なりの青年だった。
   この人物が誰か、可能性は一つしかな
   い。
平泉「もしかして君は…」

○〈回想〉1時間前

   陣内からある任務の説明を受けるテン。
陣内「テン……初対面で君にこんな酷なことを頼みたくないが、君にやってほしいことは一つだけだ」「それは……」
テン「それは?」
   すると急に陣内は考えを改めた。
陣内「いや……私よりも本人の口から直接聞いたほうがいい。今から君には彼に会ってもらう」
テン「彼って…誰のことだ?」
陣内「さっき話に出た……君のオリジナルだよ」
                                    〈回想終わり〉

○施設内の地下室

   自分のオリジナルである平泉真と対面す
   るテン。二人は殺風景な部屋の中で向か
   い合って椅子に座っていた。平泉は確か
   に顔つきや体格や仕草までもが自分と同
   じだった。だが彼には決定的に自分とは
   違う点があった。
平泉「どうかした?僕の顔に何かついてるかい?」
テン「い……いや」(めちゃくちゃ礼儀正しそ〜〜〜)
   平泉は奔放なテンとは違い、言葉遣いや
   身のこなし方から育ちの良さが滲み出て
   いた。そんな平泉の前にいると何だか恥
   ずかしくなってきたテン。
平泉「君はおそらく……僕のクローンの一人だよね?君たちクローンには本当に悪いと思っている。こんな僕のために意味のない人生を送らせてしまって……」
   平泉のそのセリフに反応するテン。
テン「意味のない人生だと?どうしてお前にそんなこと分かるんだよ?」
平泉「……え?」
テン「俺の人生に意味がないなんて、ついさっき初めて会ったお前なんかに言われたくねぇ!俺は今までイデアの中にあるちっぽけな村で育ってきたが…あんな小さい村での生活も、結構楽しいんだ。面白れぇ親友はいるし、俺の自慢話を文句一つ言わずに聞いてくれる人もたくさんいる。クローンだかコピーだか知らねぇけどな…俺はお前のコピーとしてじゃなくて、テンっつー一人の人間として今まで生きてきたんだ!クローンだからって俺の今までの人生に意味がなかったなんて勝手に決めつけんな!!!」
   テンのその言葉に心を打たれる平泉。
   一方でテンは、ようやくコウゾウの言葉
   を理解できたような気がしていた。
コウゾウ(いいか?テン…この世界は一人で生きていけるようにはできてないんだ。どれだけ社会から隔絶されようと、俺たちは周りの人たちの助けがないと生きていけねぇんだよ!)
テン(そうか……俺が皆に頼らなかっただけで、気づかないうちに俺は助けてもらってたんだ…オヤジやタケシや村の皆、皆がそばにいるだけで俺は……)
   突然平泉が話し始めたことで物思いから
   引き戻されるテン。
平泉「すまなかった。君たちクローンのことを、僕は無意識に見下していたようだ。どうか許してほしい。だけど、君以外のクローンの人生に意味がないのは確かだよ」
テン「何?」
   クローンの秘密について語り始める平
   泉。
平泉「20年前、政府は極秘で進めていたクローン人間の開発実験を完成させることに成功した。もちろん実験の結果が世間に公表されることはなかった。その2年後に僕が生まれた。何を思ってか知らないけど、僕の父は政府に圧力をかけて赤ん坊だった僕のクローンを大量につくらせたんだ」「そして今から1年前、僕の父がアジアのある国の外交官と会談をした時に、父の無神経な発言で向こうを怒らせてしまった。その国の政府は父の発言を人種差別と受け取り、外交問題に発展した。そして彼らは父ではなく、父の息子である僕の命を取ると脅迫してきた。当然国際社会はその行為に非難を浴びせたけど、独裁政治を敷いているその国の政府は聞く耳を持たなかった。そこで日本政府は、次期総理大臣候補の僕を守るために、成長した僕のクローンを影武者に利用することに決めたんだ」
   平泉の説明に必死でついていこうとする
   テン。
平泉「問題はここからだ。これまで人類は、動物のクローンを作った経験ならあるけど、人間のクローンを作った事例はない。20年前に日本政府は、世界で初めての試みをすることになったんだ。当然完成したクローンは、科学者たちが期待したような出来ではなかった。僕のクローンのほとんどは体の細胞や脳に何らかの問題を抱えている者ばかりだった。その中で唯一、完璧に近いクローンが君なんだよ」
   平泉の話に衝撃を受けるテン。先程陣内
   に案内された部屋にぎゅうぎゅう詰めに
   なっていたクローンたちがおそらくその
   不完全なクローンなのだろう。確かに今
   思えば、あの部屋にいたクローンたちの
   目はどこか虚で、何となく知能が低いよ
   うな感じに見えた。
テン「じ……じゃあ、俺以外の不完全なクローンたちは、この後どうなっちまうんだ?」
   急に深刻な顔つきになる平泉。
平泉「ただの推測になるんだけど……確実に言えることは、政府はこのままクローンたちを生かしてはおかないということだ。そのうちクローンの大量虐殺を始めるだろうね。クローンの存在なんて、政府にとっては不安材料でしかない」
テン「そんな……」
   平泉は手のひらで顔を覆って絞り出すよ
   うな声で謝罪した。
平泉「本当に彼らには悪いと思ってる……!君の言う通り、クローン一人一人にも人生がある。だけど政府にとってそんなことはどうでも良かった!政府は不完全なクローンをこの施設に閉じ込めて、唯一完全なクローンである君を守るために、政府が管理する村に君を閉じ込めた。君以外の村人たちは、君に自分の正体に気づかせないために全国各地から集められた身寄りのない子供や社会不適合者たち。政府は村があるこの森に、かつてプラトンが唱えた「本当の姿」を意味する『イデア』という呼び名を定着させた!」
   衝撃のあまり言葉が出ないテン。追い討
   ちをかけるように平泉が畳み掛ける。
平泉「君の村は何て名前だ?」
テン「……九崘村………くろん……クローン………!!!」「バカにしやがって……!!!」
   机に拳を叩きつけるテン。その大きな音
   を聞いて部屋を警備していた自衛隊員が
   ドアを開けて中を覗く。
自衛隊員「何かありましたか?」
平泉「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
   自衛隊員が外の警備に戻るのを見て、平
   泉はテンに小声で話しかけた。
平泉「実は彼ら自衛隊のことも正直信用できなくてね。クローンが完成した18年前から、ここイデアは政府の管轄になって自衛隊が厳重に封鎖してたんだ。彼らがクローンの存在を知ってたかどうかは分からないけど、政府に命じられれば彼らはどんなことでも従わざるを得なくなる」
テン「そんで、俺に頼みたいことって何だよ?なんかあるから俺をここに連れてきたんだろ?」
平泉「あぁ、それは……」
   平泉が話し終わらないうちに、突然大き
   な爆発音が聞こえた。どうやら上の階の
   どこかで起きたようだ。胸騒ぎがするテ
   ンと平泉。すると突然ドアが大きな音を
   立てて開いた。
陣内「真くん、大変だ!政府が突然方針を変更した……!」
平泉「……まさか」
陣内「あぁ……君が懸念していた通り、政府は不完全なクローンたちを皆殺しにするつもりだ!」
テン「皆殺し!?何でそんなことするんだよ!?」
陣内「簡単な話だ。文明社会にとってイデアは人気の観光地の一つ。いくら政府の命令とはいえ、いつまでも封鎖しているわけにはいかない。政府のクローン計画が世間に知れ渡れば、日本は国際社会から非難の応酬を受ける。政府はそうなることを懸念してクローンを作った証拠を全て消し去るつもりだ!今ここで!!!」
平泉「今ってことは……もう?」
陣内「あぁ、今この森は……」

○九崘村

   村の周囲を炎が囲んでいた。パニックに
   なった村人たちが右往左往に逃げ惑って
   いた。

○政府のクローン施設

   施設の周りも同様に炎で囲まれていた。
陣内「真くん、テンくん、今すぐここから逃げるんだ!私が案内する!!」

○樹海周辺の町や村

   樹海周辺の町や村に住む住民たちは、早
   朝の樹海がうっすらと赤く光っているの
   を目撃していた。しかし彼らはその光の
   原因が火事にあることまでは気づかなか
   った。樹海での火事は九崘村とクローン
   施設の周辺にしか及んでいなかった。九
   崘村の村人や施設の職員、自衛隊員たち
   はパニックに陥っていた。

○クローン施設から数キロ離れた樹海のある場所

   テンと平泉、そして数人の自衛隊員は、
   陣内に案内されて脱出用の地下通路を通
   り地上に出た。
テン「おい!他のクローンたちは助けなくていいのかよ!?」
陣内「そうしたいところだが……君以外のクローンは全部で100人近くいる。あんな狭い通路を全員が通ることはできないんだ!」
   その瞬間、背後から再び大きな爆発音が
   聞こえた。あまりにも大きな音だったた
   め、周囲の木々がわさわさと揺らぐほど
   だった。
   すると自衛隊員の無線から衝撃的な報告
   が入った。
無線「10、こちら11。クローン収容施設が爆破された。クローンは全員死亡したと思われる。護衛対象の安否おくれ」
自衛隊員「11、こちら10。護衛対象の無事を確認。おわり」
   そのやり取りを聞いた平泉は、地面に膝
   をついて涙を流した。
平泉「僕のせいだ……僕が命を狙われさえしなければこんなことには……。テン…僕は君に、他のクローンたちを逃す手助けをしてほしかったんだ……。クローンたちに理解がある人間は君だけだと思ったから。だけど…そもそも父が外国からの怒りを買わなければ……。テン、すまない。僕ら親子のせいで、多くの命が犠牲になった……!」
   テンは膝をついて自分の目線を平泉の顔
   に合わせた。
テン「あいつらが死んだのはお前のせいじゃねぇ。お前のオヤジさんのせいでもねぇ。誰のせいでもないんだ!」
平泉「……どういうことだ?」
テン「九崘村に伝わる言い伝えがあるんだ。人ってのは、自分がどこで生まれてどんな人生を送っていつ死ぬか、全部生まれてくる前に決めてくるんだとよ。本当かどうか知らねぇし、俺もそんな言い伝えなんて全く興味なかったが、今ならその意味も理解できる気がする。確かにお前の言う通り、あのクローンたちの人生は無意味だったかもしれねぇ。でもな、それも全部あいつらが自分で選んだ。あぁ、それでいいんだよ!本当かどうかなんてどうでもいいんだ。そう考えた方がお前も気が楽になる。だろ?死んだ人間のために泣くのはやめろ。そんなにメソメソしてたらあいつらが安心して天国に行けねぇだろ」
   それを聞い平泉は袖で涙を拭った。
平泉「僕もようやく理解できたよ。この世界で無意味な命なんて一つもない。孤児も社会不適合者も犯罪者も……。死んでいい命なんて一つもないんだ」「テン、ありがとう。君のおかげで一番大切なことに気がつけた。僕はいつか日本のトップに立って、この国を変える!簡単に人が死なない世界をいつか僕がつくってみせるよ」
テン「……やっぱりお前の話は小難しくて分かんねぇ。でも、頑張れよ。応援してるぜ」
   平泉とテンは握手を交わした。二人の絆
   は出会った時よりも遥かに深いものにな
   っていた。それは決してDNAが同じだか
   らではない。二人はもっと深いところで
   繋がっていた。
   その直後、一発の銃声が響いた。テンの
   目の前で、平泉がバタリと倒れた。胸か
   らは真っ赤な鮮血がドバドバと流れてい
   る。
テン「……………え」
   背後では、陣内が銃を構えていた。
テン「お前………?」
陣内「総理大臣を目指すってんなら、これくらい知ってて当然だよな?この国の政府には俺のようなスパイがごまんと潜んでいるってことを」
   次に陣内はテンに狙いを定めた。
陣内「次はお前だ。穢らわしいクローンめ……」
   その時、大きな雄叫びと共に、森の中を
   駆け抜ける足音がした。陣内の背後から
   タケシが突然現れて、棍棒のようなもの
   で陣内の頭頂部をぶん殴った。
   突然の不意打ちに困惑している陣内を、
   自衛隊員が取り押さえた。
タケシ「テーン!まだ生きてるか?助けに来てやったぞ!それよりも聞いてくれよ。さっきの建物の中ですごいもんが……」
   重症の人間が倒れていることにようやく
   気づくタケシ。
   テンは平泉の傷口に手のひらを当てて出
   血を止めようとした。しかしそんなテン
   の腕を平泉が弱々しく掴んだ。
平泉「無駄だよ…テン。肺に穴が空いたようだ。僕はもうじき死ぬ……」
テン「バカ!まだ諦めるな!俺が村からすぐに医者を連れてくるから…」
平泉「悪いが……君らの知識じゃこの傷は治せないよ…」
テン「そんな……」
平泉「テン…ハァ…最後に言っておく。君は…僕自身だ……。そして僕は…君自身だ……。ハァ…ハァ…。それだけでも…君には…生きる価値が……………」
   平泉の手から力が抜けた。平泉の目から
   光が消えた。
   テンの目から涙が溢れてきた。目の前で
   人が死ぬのは初めての経験だった。それ
   もただの人間ではなく、自分と同じDNA
   を持っている人間だ。まるで自分自身の
   死を目の前で見ているようだった。
   彼の後ろでタケシが静かにその様子を見
   ていた。

引き
○平泉の死から数時間後

   樹海に燃え広がっていた炎は、夜までに
   は消火された。樹海での火事や政府によ
   るクローン計画は一切メディアに報道さ
   れなかった。唯一報道されたのは平泉の
   死と彼を殺した犯人についてだけだっ
   た。
   陣内の正体は外国のスパイ。平泉の父親
   の発言を人種差別と受け取った国が送っ
   た刺客だった。陣内の処罰は、母国への
   強制送還だけで終わった。刑の執行は一
   切なし。政府の対応に多くの国民が抗議
   の声を上げた。
   そのニュースで国中が大騒ぎになる中、
   世間から切り離されている九崘村では、
   いつも通り静かな時間が流れていた。

  夏が終わりに近づき、セミの鳴き声もだん
  だん小さくなっていた。テンは一人で広場
  のベンチに腰掛けていた。
テン「……………」
   すると突然背中を誰かにバンと叩かれ
   た。
タケシ「なーに辛気臭い顔してんだよ?らしくねぇぞ!」
テン「何だお前か……。いいよな、お前は気楽で。何も見てねぇんだからよ」
タケシ「………お前が今朝死んだ男のコピーだってことはもう知ってるぞ?」
   驚くテン。
テン「!!?何で……?」
タケシ「俺もあの施設で見たんだよ。同じ顔をした何人もの不気味なドッペルゲンガーをな」
テン「だからあれはドッペルゲンガーじゃ……」
タケシ「分かってるよ。あれを見た後に村の連中に確認した。お前がコピー人間なのは本当らしい」
テン「ち…ちょっと待てよ!ってことは、村の連中は全員俺の正体を知ってたってことか?」
タケシ「全員じゃない。俺たちみたいな若い人間には知らされていなかった。年配のジジババだけが知ってたみたいだ」
テン「でも……何で」
   その時、コウゾウの古い知り合いである
   アサミが現れて、隠していたことを全て
   話した。
アサミ「すまないテンちゃん。全て君を守るためだったんだ。18年前にワシら村人は、この村での居住許可を申請した時に、条件をつけられたんだ。村での暮らしを保証する代わりに、文明の利器を使うことを一切禁止する。そして、政府が極秘でつくったクローン人間の存在を外に漏らさないようにできる限りの努力をしろと。君がクローンだという情報が外に漏れれば、あの平泉という少年の命も、君の命も危なかった」
テン「………!?」
アサミ「まぁ、コウゾウのやつは一人であの施設に乗り込んで政府と何か話そうとしてたみたいだが…。そのせいで政府の怒りを買ったコウゾウは殺され、ワシは村の皆に危険がないようにわざとドッペルゲンガーの話をでっちあげた」
タケシ「じゃあ、あんたがあの噂話を?」
アサミ「君たち二人の会話を盗み聞きしてね」「ただこれだけは忘れないでくれ。君が何者だろうと、テンちゃんはワシらにとって大切な孫も同然の存在だ。コウゾウもきっとそれを伝えたかったんだよ」
   村人、そして義父であるコウゾウの真意
   をようやく理解できたテン。
テン「皆…ありがとう…俺はちっとも気づかなかった」
   するとタケシが突然顔を輝かせて言っ
   た。
タケシ「それよりもテン!お前に紹介したい人がいるんだ!」
テン「?」
   タケシが呼ぶと、広場の奥から車椅子に
   乗った一人の美しい女性が現れた。その
   姿を見て、彼女のことを思い出すテン。
サヨコ「テンくん。あなたのことはタケシくんから聞いてるわ。実は私もあなたと同じなのよ」
テン「同じ?」
タケシ「テン、さっき俺もあの施設でコピー人間を見たって言ったよな。そいつらは全員、サヨコちゃんの顔をしてたんだ」
テン「えっ?」
サヨコ「陣内さんの話によると、私も政府の計画でつくられた完璧に近いクローンの一人なんだって。私のオリジナルは平泉さんの双子の姉だったみたい。私も平泉さんからクローンたちを逃すのを手伝うように頼まれたけど、彼の双子のクローンたちも、昨日の爆発に巻き込まれて………」
   サヨコの気持ちを読み取って暗い表情に
   なるテン。しかしタケシは違った。
タケシ「そんな暗い顔するな、二人とも!お前らのオリジナルはもういないが、お前たちが生きてる!あいつらの分もお前たちは生きなきゃいけないんだ!」
   珍しく良いことを言ったタケシを意外な
   目で見つめるテンとサヨコ。
タケシ「お前たちがあいつらの分も生きていけるように、俺がお前たちを支えてやる!だから安心して暮らしてくれ!」
   謎の自信で胸を張るタケシ。それを見た
   テンとサヨコは大笑いした。
   そんな3人のやりとりを、アサミと周り
   の村人たちが優しく見守っていた。村に
   再び明るい雰囲気が戻り始めていた。

○樹海の中 黒焦げの残骸と化した政府のクローン施設跡

   瓦礫の中を何者かが歩いていた。その人
   物は、瓦礫の山を掻き分け、あるものを
   見つける。その人物は持っていたガラス
   瓶に、政府が処分しきれなかったクロー
   ンの焼死体のDNAサンプルを採取した。
                                      
                〈終わり〉

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