あきおくん
あきおくんの話をする。
この間の冬、1月と2月だけマッチングアプリをしていた。
初めてだったからやり方がわからなくて、とりあえずたくさんの人にいいねを返して、話して、話しすぎて疲れて数日放置して、またたくさんの人にいいねを返して、を繰り返していた。下手だ。本当は1人か2人と話すだけでいいのに。
そんな中で、ちょっと変わった男の人とマッチした。それがあきおくんだった。
最初は世間話をしていた気がする。あきおくんは返信のテンションが低い。多分わたしに興味がない。
でも、低い割によくメッセージをくれた。頑張ってメッセージを返してくれているのが伝わった。
文章の最後によく「。」をつける人で、ゆっくりとした人なんだろうなと思った。
アプリのメッセージ機能は使いづらいので、インスタを交換した。「aoki」から始まるユーザ名で、本当はあきおなのかあおきなのかわからなかった。
どちらからともなく会いましょうかということになった。2人とも日程を組むのが苦手で、なかなか実現しなかった。
会いませんかともう一度言ってみた。
会います、会いましょう。
と返ってきた。でもあきお(あおき?)くんは仕事が忙しく、次第に話さなくなった。アプリあるある。インスタを交換しただけ。そのままフェードアウト。
と思った。
話さなくなって数ヶ月が過ぎた頃、ある日突然あきおくんからメッセージが来た。
高円寺で週末小さな読書会を開いていて、よければ参加しないかと。
わたしは本も好きだし(思えば「本が好き」というのを見てマッチングしたような気がする)、あきおくんに会ってみたかった。でも予定が合わず丁重にお断りした。「ざんねん。。またの機会に。。」と返信があった。
一度、あきおくんに会いに行ったことがある。
全然話も弾んでいない、ただの「マッチングアプリでインスタ交換した女の子」なのにどうして読書会なんて誘ってきたんだろう。変な人。よほど人気がないんじゃないか。こうなったら直接見て、あわよくば話しかけてみようかと思った。なんで会います会いましょうって言ったのに、2人での約束は取り付けてくれないのと。
あきおくんは仕事とは別にシェア型書店で棚を借りて、高円寺で本を売っている。そこで店番をするとXで知ったある週末、高円寺に出向いてみた。時間もわからないのに。
その書店で、初めてあきおくんを見た。
見た目はインスタで知っていたけれど、信じられないほど快活に他のスタッフと話していた。あんなに「。」つけるのに。。。
びっくりして目を合わせられず、書店の本を物色することにした。時折大きな笑い声が聞こえてきた。
人は会ってみないとわからないというのは本当にそうだな、と思った。
そのまま店を出た。行ったことは伝えなかった。
わたしが読書会を断ってからもやりとりはゼロだったが、あきおくんは大体2ヶ月に一度唐突に読書会のお誘いを送ってきた。もっと誘える知り合いとかいるだろ。あきおくんは変わった人だった。
8月、2ヶ月ぶりにあきおくんから一言、メッセージが届く。
読書会はどうですか。
こいつ、懲りないなと思いつつ、わたしは変な人についつい興味を持ってしまう性格である。何回も断り続けるのも悪いし(今まで行きたくなかったのではなく本当に予定が合わなかったのだが)来週は行けますと返してみる。一瞬で既読がつく。
専用のアプリを入れて、予約をした。主催者のプロフィールに、あきお、とあった。どうやらあおきではなく、あきおで正しいようだ。
自分が紹介したい本を持ち寄って話す、というテーマの読書会で、わたし含め8人が集まった。全然集まっているじゃないか。
読書会も、知らない人が集まる何かの会に参加するのも初めてで新鮮な気持ちだった。
わたしは大人数(といっても8人だが)の前で話すのが苦手だから大丈夫かなあと思ったが、案外自分の好きな本についてはするすると言葉が出たし、周りの方が優しくわたしの言葉に対して質問や感想を挟んでくれた。
人のおすすめの本を聞くのも楽しい。ほとんど見たこともない本ばかりで、同じ本屋さんに行っても見ている部分がきっとみんな違うんだろうなと思うと面白かった。
シンプルな感想になるが、行って良かったなと思ったし、誰かにおすすめしたくなった。
そしてそこで、わたしは(形式上)初めてあきおくんに会った。
あきおくんは読書会でも、以前書店で見たような明るさがあった。文章のあきおくんと同一人物とは思えない。
読書会の後に参加者で行った中華料理屋で、あきおくんがお風呂のない部屋に住んでいて毎日銭湯に行くという話をしていた。3万円のくまの着ぐるみを買い、昨夜それを着て証明写真を撮った話もしていた。やっぱり変な人だった。
帰宅後インスタを見てみると
大丈夫でしたか。
とメッセージがあった。そこで、少しだけ電話をした。
読書会は大丈夫でしたか。だけでなく、僕は大丈夫でしたか。の意味が含まれているらしかった。
大丈夫です、わたしは大丈夫でしたかと聞くと、わからないです。と言われた。本当になんなんだ。