男の手記
これは今は亡き〇〇出版の『月刊ザ・リアル』の特集にて掲載予定だった記事である。
〈2010年8月17日〉
連日猛暑が続いている。昨年は大雨によって地滑りが多く起きたが、今年はその心配がなさそうだ。
高橋を見かけたとシズさんがまた言っていたらしい。そんな馬鹿なことがあるわけがない。戻ってきたならさっさと金を返せと殴り込みに行くところだ。
〈8月29日〉
村に若者がやってきた。二人組の男でどうも山を登ってきたところ迷い込んだらしい。年々こうした若者が増えている。どうやら近くに幽霊が出るという場所があるらしい。この辺の山は入り組んでおり、山に入ったきり帰ってこない人間が毎年何人かいる。彼らがここにたどり着いたことは、まさに幸運としか言えないだろう。
〈9月13日〉
今月は学者夫婦がやってきた。どうもこのあたりの土地の歴史や文化を調査したいらしく、村長が家に住まわせるらしい。去年の土砂崩れで真桐神社がつぶれてしまったので、おそらく資料の類は残っていない。残念だ。
どうせ村長に金をつかませたのだろう。家を新しく建ててやった金はまだ払われていないからな。
奴は前にも部外者を村に招き入れたことがあった。学ばない馬鹿な男だ。
〈10月17日〉
例の学者があたりを調べまわっている。ニシオカというらしい。この前あいさつに来た。真桐神社について聞かれたが、神主に頼まれて建てただけだとのみ伝えた。外のものに話すことなどない。だがうちを訪ねてきたということは、誰かが俺のことを話したということだ。どうせ村長の馬鹿だろうが。はやく手を打たなければ。
〈10月26日〉
ケンと坂下くんと協力して村の者たちに黒紙を渡した。問題は例のニシオカだが、そうなってしまえばしょうがない。あさっては仏滅だ。
〈11月17日〉
無事次の村長はツヨシくんに決まった。だが問題は続いている。奴の家にニシオカらがいなかったのだ。荷物もない。こんな短期間で何かをつかめたとは思えないが、奴が何を話したかわからない以上、逃がすわけにはいかない。畜生、奴が連れていかれちまえばよかったんだ。
〈11月28日〉
この日は雨で捜索がはかどらなかった。この村には車ではたどり着けない。下山するとなればふもとの夫婦が絶対に見ているはずだ。だが入ってくるものは数人いたが、逃げたものは一人もいなかったという。あの夫婦がまじめにやっていなかった可能性もある。村長が変わったことだし、目人も代替わりのころ合いではないだろうか。
〈12月18日〉
犬どもが脱走した。いったい誰が逃がしたんだ。担当どもは気づいたときには半数近くがいなくなっていたという。だがどうやって?誰かが手を貸さない限り逃げ出すことはできないはずだ。
〈12月30日〉
仲間の一人が川沿いに足跡を見つけた。久しぶりの晴れで溶けた氷で道がぬかるんでいたのに助けられた。どうやらここで飲み水を確保しているようだ。
脱走させたのはどうやら村長の息子だった。ニシオカが金を握らせて逃がさせたようで、数回に分けて逃がしたらしい。詰めたところ、なんと村長はニシオカには何も話していなかったのだという。では奴はどうやって犬のことや俺のこと、神社のことを知ったんだ?
〈1月16日〉
ついにニシオカたちのアジトを見つけた。どうやら廃坑に犬どもをかくまっているようだ。この手際の良さ、間違いなく前々から計画を立てていたとしか考えられないし、この寒い山で生き延びるだけの術も持っている。いったい何者なんだ?なんでこいつらは下山しない?何の目的があってここにいるんだ。いずれにせよ、来週にはすべて片付いているだろう。
〈1月22日〉
襲撃が失敗に終わった。アジトはもぬけのからだった。しかも監視していた村の人間が殺されていた。廃坑には犬たちがいたが、ほとんどがすでに死んでいた。廃坑には明らかな儀式の跡があった。ありえない。ニシオカがなぜあの儀式を知っているんだ?あいつは只者じゃない。
〈2月10日〉
犬どもの携帯電話を調べたところ、共通点を発見した。村にたどり着いた犬たちはみな高橋浩二という人物と最後に連絡を取っている。高橋はニシオカの仲間か?ここで一つ仮説を立てた。ニシオカという苗字はこの村にはいないが、高橋ならいる。昨年の儀長は高橋幸一だった。幸一と浩二。どうも匂う。
〈2月11日〉
やはり高橋はシズの息子だった。だいぶボケが進行しているようだったが、浩二の名前を聞くとすらすら話し出した。二人は双子で、シズが片方を外に逃がしたらしい。シズは過去に目人を担っていたはずだから不可能ではない。だがそれはいつだ?赤子のころに逃がしたのであれば村のことを知るはずがない。だが幸一の兄弟なんて見たことがない。問いただしたが、あの醜女、その後は幸一、幸一とわめいて話にならなかった。
〈3月4日〉
まずい。早く気付くべきだった。シズとツヨシくんが消えた。ニシオカが六日ごとに移動していることも今ならツジツマが合う。ニシオカなんていなかったんだ。今年の犬は去年の数倍だ。何が起こるかわからない。早く浩二を始末しなくては。
〈3月5日〉
我々が奴のもとにたどり着いたとき、すでに××(解読不能の漢字)が来訪なさっていた。遅かった。俺は一か八かこの地を離れる。村のほとんどの人間は昨年同様祈りをささげることに必死になってやがるがもう遅いんだよ!贄が倍なんだぞ!しかもシズとあいつの妻もいるはずだ。標的は間違いなく俺たちに決まってる。避けることなんてできない。
(記録はここで終わっている)