創作》檻
ナイフを持った手が震えていた。
ぎらついた赤い色が、自分を責めているようだ。
だって、こうでもしなければ。
私はとある男に監禁されていた。
見ためのいい、優しい男だった。
しかし、あるときから、男は豹変した。
機嫌の悪い時は暴力を、良い時はまるで子供のように。
どちらが本物の彼か分からないまま、ずるずると付き合い続けた。
彼は私の全てを拘束していた。
着る物から日々の予定、揚げ句、トイレの時間すらも。
嫌だった。
けれど、逆らえば殴られる。
私は逃げられなかった。
彼の口癖はいつも
「お前のためなんだ」
痣だらけの私を見つめて、どうしてソンナコトを言うのだろう。
果てた彼の側にナイフを置き、私は服を着替えた。
腕や首にくっつけられていた透明の柔らかい鎖を外し、淡い水色の、何の飾りもない服を脱ぎ捨てる。
肌触りの不思議な、それは素晴らしい装飾を施された服に着替える。
そう、これが着たかったの。
女ですもの。
棚の奥にしまわれていた化粧ポーチを取り出す。私が先程まで横たわっていたベットに腰掛け、鼻唄を歌いながらファンデーションを叩く。
アイライナーもきっちりと、引いた。
そう、これがやりたかったの。
女ですもの。
足元には、赤黒く染まりゆく遺体。
知らないわ、もう。
私はこの白い部屋の檻から出られるのだから。
颯爽と扉を開け、廊下を出る。
白くて飾り気のない服を着た女性達に呼び止められたが、知らないふりをした。
彼女らは私に嫉妬してるの。
ただそれだけ。
自由への扉を開き、私は走り出した。
original post:http://novel.ark-under.net/short/ss/56
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