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創作》待ち合わせの喫茶店で
それはちょっとした待ち合わせの時の話。
小粋なジャズの流れる喫茶店。
待ち合わせに指定されたその店には初めて訪れた。
相手は少々遅れるらしい。
人気のない店内に歩みを進める。
ガランとした空間にジャズだけが響く。
テーブルはそこそこあるが、食器の下げられていないテーブルが目立った。
店員が少ないのかなぁとぼんやり考えながら、空いているテーブルにつく。
アイスコーヒーを頼み、待っている間に周りを見渡す。
それぞれのテーブルの側の壁には、絵が飾られていた。
どれも違う絵のようだ。
自分がついたテーブルの側には、19世紀くらいのベースボールの様子が描かれていた。
観戦する人も男は燕尾服、女は派手なドレス。
よくよく見ていると、ピッチャーが腕を軽く動かしている。
え、と思った途端、バスンッとキャッチャーがピッチャーの投げた球を受けた音が聞こえた。
気付けば、いつの間にか、紳士淑女に混じってベースボールの観客席にいる。
先ほどまで聞こえていたジャズは何処かへ消え去り、頼んでいたアイスコーヒーを片手にしっかり握っていた。
ベースボールはやたらと盛り上がっている。
どうやら、ツーアウト、ツーストライク、スリーボール。
次の一球で交代か否か。
観戦席では、紳士淑女がいまかいまかと大騒ぎ。
一人の紳士が、瓶ビールをあおっているのを見て、どうせなら、ビールを頼んでおけば良かったなぁとアイスコーヒーに口をつける。
おや、コレ黒ビールじゃないか。
これはいい退屈しのぎ。
紳士淑女に交じってベースボールを楽しんだ。
しばらくして、
「おーい」
と何処からか声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
待ち合わせの相手の声だ。
気付くと、静かに小粋なジャズの流れるあの喫茶店にいた。
しっかりと椅子に座って、テーブルにはアイスコーヒー、目の前には待ち合わせていた相手。
「悪いな、待たせて」
「え、あぁ、いや」
退屈すぎて白昼夢でも見たか、と壁に掛けられた絵を見つめる。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
「続きが気になるなら、一緒に見るかい?」
「え、何を?」
「ベースボールさ」
「え?」
「やけに楽しんでいたじゃないか、絵の中で」
そういって、目の前のそいつは瓶ビールを二本頼んだ。
目の前に置かれたそれは、絵の中の紳士が飲んでいたものとおなじ瓶ビールだった。
「ベースボールにはビールだよな」
そう言って渡された。
そして気付いたら、先ほどと同じ観客席。
隣には待ち合わせた相手が座っていた。
どうやら、試合はまだ終わっていないようだ。
「あぁ、ベースボールにはビールがいいな」
瓶と瓶を軽く打ち合わせ、マウンドに目を向けながら、ビールをあおった。
original post:http://novel.ark-under.net/short/ss/84