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NTL 『ディア・イングランド』

ヨコハマ・フットボール映画祭2024にてまさかの再上映。しかも、倉敷保雄氏とベン・メイブリー氏(J-Sports実況・解説コンビ)によるオーディオコメンタリー付上映ということで、いそいそと馳せ参じた。


概要

まずは、劇場パンフにあたるとしよう。

物語は2016年、低迷を続けていたイングランドの男子サッカー代表チームの監督として、当時U-21イングランド代表を率いていたガレス・サウスゲートに白羽の矢が立つところから始まります。

イギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)を決める投票が行われた数力月後、正式に監督となったサウスゲートはこれまでに3つの主要トーナメント、人種差別主義との闘い、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、インフレ率の急上昇などを経験。そんなサウスゲートら男子サッカー代表チームの姿を通し、国とサッカーとの関係性を考察するのがこの『ディア・イングランド」で、タイトルはサウスゲートがファンに宛てた公開書簡からとられています。

脚本を手掛けたのは、昨年上映された政治ドラマ『ベスト・オブ・エネミーズ』も記憶に新しい、気鋭の劇作家ジェームス・グレアム。実話をベースにエンターテインメント性に富んだ作品をくことに定評がある彼らしく、イングランド代表の苦悩や葛機、闘ぶりをユーモアを交えつつ活写しています。そして、英国新聞界の熾烈な発行部数争いをつつった『インク』(17年)でグレアムと組んだルパート・グールドが、見ごたえある人間ドラマと試合の臨場感を見事に演出。舞台装置家のエス・デヴリン(『リーマン・トリロジー®)ら実力派スタッフの手腕もあり、スタジアムの雰囲気やサポーターたちの熱気をスクリーン越しに体感することかできるでしょう。また、サウスゲート役のジョセフ・ファインズ(映画「恋におちたシェイクスピア」)ら、実在の人物に扮する俳優陣の成りきりぶりも見ごたえありです。

2023年6月20日から8月11日まで英国ナショナル・シアターのオリヴィエ劇場で上演された本作は、その後、好評を引っ提げてウエストエンドにトランスファー。翌24年1月13日に開幕するまで多くの観客を魅了しました。今後、イギリスの公共放送局BBCでテレビドラマ化されることも決定している話題作を、まずはNTライブでお楽しみください!

上映時間は休憩含んで184分。



そういえば、サウスゲートが先日辞任を発表。勇退と言っていいだろう。

サウスゲート監督は2016年9月にイングランド代表監督に就任すると、ここまで102試合を指揮。イングランド代表をFIFAワールドカップロシア2018でベスト4、FIFAワールドカップカタール2022でベスト8。そしてEURO2020とEURO2024では決勝に導くなど一定の実績を挙げた。FAとサウスゲート監督の契約は2024年12月までとなっており、去就に注目が集まっていたなか、16日になってFAがサウスゲート監督の退任を正式に発表した。

https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20240716/1912231.html

彼の就任期間にあたるこの2016年から2024年は、英国にとってBrexitやパンデミックを含む激動の時代。また、クロップやペップといった名将たちが集うことで、プレミアリーグが名実ともに世界一のリーグになっていくそんな時代である。

その頃、イングランド代表は長らく低迷を続けており、2000年以降はプライドをかなぐり捨てて外国人監督(エリクソンやカペッロ)までも招聘。それでもうまく行かず、好々爺ホジソンも駄目、続くアラダイスは不適切発言で1試合でクビ。と、万策尽きた中でU-21監督のサウスゲートが昇格する…そこから舞台が始まるわけだ。

演劇の視点

とはいえ、サウスゲートは知将や名将の類ではない。どちらかといえば"地味な男"という印象で、日本代表の森保監督にも近い。では、いかにしてサウスゲートを主役に据えた演劇が成立するのか?

イングランド代表の低迷に大きく関与しているのがPK戦だ。スリーライオンズ(イングランド代表の愛称)は長らくPK戦を苦手としており、サウスゲートが監督に就任するまでの長い歴史の中で、イングランドは一度しか国際大会のPK戦で勝利したことがなかったのだ。技術面だけでは片づけられない、精神的な問題がチームに蔓延していた。 しかも今回の主人公であるサウスゲート自身もEURO1996の時に、選手としてPKを外してチームを敗戦に追いやった当事者だ。

劇場パンフより「ピッチ上で繰り広げられる現実というライブエンターテイメント」内藤秀明

サウスゲイトは代表監督就任早々にウエイン・ルーニーなど長年代表に選ばれてきた選手を外して世代交代をはかる一方で、心理学者を登用し、メンタル面の強化に着手する。

自らも過去にPKを外して心に傷を追った当事者サウスゲートが、サッカー選手のメンタルに関わる諸問題の解決に取り組む。その姿を描いたのが本作『ディア・イングランド』である。

このPKの失敗については、ウィリアム王子との対談動画も発見。

国民の期待を一身に受けての失敗、ということでダメージも大きかった様子。そうした感情を話すことは決して弱さではないといったことが二人の会話では語られているが、現代はSNSを通じてもサッカー選手はバッシングを受けており、メンタルヘルスの重要性はより一層高まっている。


日本で同じような例といえば、こちらになるだろうか。


さらに、こうした問題はサッカー界に限った話でもない。

うつや不安は目に見えないもの。それだけに、心の健康を理由に休むことに対して、偏見や誤解が生じやすい時代がありました。特に精神的に強いと見なされがちなアスリートにとって、自分の心の状態をさらけ出すことはいっそう難しいことでした。

https://www.fujingaho.jp/culture/famous-person/g62380684/athletes-openedup-mentalhealth-241010-hns/

vs Toxic Masculinity

こうしたメンタルヘルスの問題は、サッカー界に巣食う「有害な男性性」との戦いにもつながってくる。

トキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinity)とは、有害な男らしさや男性性を意味する言葉です。「男は強くなければならない」「男はタフでなければならない」「泣いたらダメ」といった、男性に求められる「男らしさ」の規範のうち、負の側面があるとされるものを指します。トキシック・マスキュリニティの具体例としては、次のようなものがあります。

・弱さにひもづく感情を抑える
・支配的に振る舞う
・暴力を振るう
・勝つことに異様にこだわる
・性的な暴力・性的な支配性暴力を行う

トキシック・マスキュリニティは、男性自身を苦しめるだけでなく、女性や、その規範に沿わない男性への排除や暴力につながる可能性があります。また、ジェンダー平等を実現するには、有害な男らしさに気づくこと、再生産しないことが重要と言われています。

AI による概要 by Google

そういえば、Apple TV Originalの『テッド・ラッソ』も同じテーマを描いていたことを思い出す。

新たな男性像・リーダー像

振り返ると、ここ10年〜20年で日本においても"男性像"は大きく更新されてきた。「草食系男子」という言葉が流行語大賞になったのは2009年。今ではそのあり方自体が当たり前になりすぎてしまって、もはや先の時代を思い出すことさえ難しいが、当時は自分も有害な男性性と戦わさせられていたように思う。

メンズファッションの分野も2010年代中盤以降にビジネスとして大きくなり、今ではスカートを履く若い男性も珍しくなくなった。着飾る男性が女々しいというイメージもだいぶ無くなってきたのではないか。昔よりはるかに多様な男性のあり方が許容されるようにはなったが、それでもアスリートの世界ではその価値観が立ち遅れているのだろう。

サウスゲートにしてもテッド・ラッソにしても、伝統的なリーダー像とは程遠い。強力なビジョンを示し、圧倒的な実力でチームを牽引するような強さはそこにはない。それは今までの捉え方で見れば、地味、ということなのかもしれない。しかし、世間の支配的な空気に抗い、一人ひとりの素の感情に寄り添ってチームのベストをデザインするその姿勢やあり方は、自分の目指すところであると強く感じる。

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