オランダ人のお父さんの考える豊かな人生:西インド会社での結婚式
おとなの街歩き アムステルダム4
「アムステルダムで結婚式をするので参列してくれるかな?」
と、大学時代の同級生から案内状とメールが来たときは、おおっ!と驚いた。場所が、かの旧「西インド会社」だったのだ。結婚式は数年前の話なのだが、普段は入ることのない場所での貴重な体験だとも思うので、ここで紹介することにする。
新婦であるところの友人はニューヨーク育ちのアメリカ人。新郎はニューヨークで働くオランダ人。2人が結婚式を行うのは英蘭戦争で負けたオランダがニューアムステルダム(今のニューヨーク)を英国に受け渡す調印をした部屋だという。
ニューヨークが誕生した部屋で、ニューヨーカーの新婦とアムスっ子の新郎が結婚するとは。近代史専攻だった新婦らしい選択だ、と思った。
西インド会社は、南北アメリカ沿岸とアフリカ西岸の貿易独占をめざして1621年に設立された国策(勅許)会社だ。世界史で習ったと思うので詳しくは書かないが、砂糖や奴隷貿易、スペインの植民地の襲撃や船舶の略奪などを行ったほか、北米にニューアムステルダム(今のニューヨーク)を築いた。
西インド会社の建物に入る。思ったより大きくも華美でもない。ただ、一つ一つの素材は良いものを使っており、どっしりと落ち着いた雰囲気がある。宮殿ではなくオフィスだったわけだから、それもそうだろう、と納得する。日本でも昔の一流企業は質実剛健かつ美しい建物にあった。
まずはパティオがあり、そこにピーター・ストイフェサント(Peter Stuyvesant)の銅像が立っていた。そっくり返って、なんだか威張っているような、奇妙な像である。
ストイフェサントはニューネーデルランド(北米のオランダ植民地)総督。教育制度を敷いたり、マンハッタン島の開拓地を拡張してウォールストリートあたりを整備したりして今のニューヨーク(当時はニューアムステルダム)の基礎を築いた人物。功績の一方で、信仰の自由を認めずクウェーカー教徒を弾圧したり、ユダヤ人を排斥するなど強硬な執政で現地では嫌われていたようだ。1644年にオランダがイギリスに負けて、ニューアムステルダムがニューヨーク(ヨークは英国のヨーク公にちなんだ名前)になったときも、地元の人は残念に思わなかったのは彼の統治の影響も大きかったようだ。
有能だが人心が分からなかった政治家というところか。銅像が威張ったらしいのも、そういう理由かも。
建物に入ると、木の美しい螺旋階段があり、ガラスケースに帆船の模型が展示してあった。
結婚式を行う部屋は意外なほど狭く、50人も入れば満席である。ここでニューアムステルダムはニューヨークになったのか、と思う。
ちなみに、欧州では市役所や市議会議事堂にある結婚式用ホールで結婚のサイン等を行うことが一般的である。
カソリックが主流のベルギーの場合、こうした役所や市議会議事堂での手続きのあと、教会に移動して宗教的な結婚式、そのあと披露宴会場に行くことが多い。だが、オランダでは必ずしもそうではなく、役所の手続きが終わると、教会を経ずに、そのまま披露宴に突入ってパターンが意外に多いそうだ。これは、オランダでは宗教離れが進んでいて教会に行かない人が多くなっていること、また、オランダで主流のプロテスタントは教会に属さない人が多いという事情も関係しているらしい。私の友人カップルも、式の後、同じ西インド会社の建物内のバンケットホールで披露宴が行った(その前にカナルクルーズに行き、運河上でケーキカットをした)。お料理は正統派フレンチだった。
さて、結婚式だが、式を取り仕切る女性の軽快なトークで始まった。ジョークを交えて2人のなれそめを紹介。法的手続きをする役人というよりプロの司会者という感じだなぁと思ったら、結婚式用に委託されている職員で、半ボランティアみたいな役職だそうだ。退職後にこの仕事をする人もいるらしい。
続いて、新郎新婦を知る友人や親戚から「証人」として2人がスピーチを行い、本人たちに本当に結婚の意志があるかの確認をする。確認はもちろん儀式、形式的なものだ。
スピーチには、オランダ人の新郎の父が登場した。新郎の父いわく:
「人間の幸せというものには3つの面があると考えています。
1つめはCompetenceです。何かをしようとしたときにそれが出来る力がある喜び。
2つめはDevotionです。たとえばチェスならチェス、仕事なら仕事。それに没頭できる喜び。
3つめはConnectionです。上の2つを通して人や他のことと繋がっていく喜び。
2人には、その3つを人生で獲得していって欲しい」。
つまり、
”何かやりたいことがあるときにそれが出来るだけの能力を蓄えており、寝食を忘れて夢中になれることがあり、豊かな交友関係がある”
これが、このオランダ人のお父さんの考える「豊かな人生」ということなのだろう。
シンプルではある。でも、自分はそれが出来ているか、と考えると、ノーである。ひそかに「私も、まだまだだな」と苦笑した。
スピーチの後、新郎新婦がサインをし、新郎新婦の証人2人ずつがサインをし、指輪の交換、そしてキス。
最後に木槌が「ごん!」と鳴らされて、「お二人は●●夫妻となりました」と宣誓。みんなが拍手をして、式は終了した。
終始なごやかな、良いお式だった。
今回、紹介したのは結婚式なのだが、西インド会社の建物には、その名もニューアムステルダムという、カフェもある。ランチなど、めちゃくちゃ高価というわけでもないので、ぜひ。アムステルダム中央駅から西に徒歩20分ほど。
カフェニューアムステルダム:https://cafenieuwamsterdam.nl/
西インドハウス:
https://www.hetwestindischhuis.nl/en/
Herenmarkt 99
1013EC Amsterdam
+31(0)20 625 75 28
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