雪哉 『弥栄の烏』
重大なネタバレがあります。
未読のかたは回避してください。
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痛すぎて読み返せなかった『弥栄の烏』。
『追憶の烏』でさらなる衝撃を受けたのをきっかけに読み直した。
また、現代始まりで、一度読んだものの敬遠していた『玉依姫』。
数年寝かしておいたことと、『弥栄の烏』を読み直したことで、受け入れやすくなった。よかった。
この2冊は、いわばセット。
『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』と同じように、違う角度から書かれているんだよね。
だからこそ、抉られるところがある・・・。
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『弥栄の烏』の最大の衝撃と悲しみは、やはり茂さんを失ったこと。
そして、雪哉の痛ましさたるや。
冒頭でさ、茂さんが雪哉と雪雉がやっぱり似ている、兄弟だなって言うの。
雪哉が欲しい言葉だから、じゃなくて、茂さんからすれば、当たり前に。
そして、御供の少女に情けをかけるなという真意を汲み取れるのも、茂さんだったんだよね。
千早もいいとこ突いてるんだけど。
雪哉への理解度が5段階あるとしたら、明留が1、千早は2、茂さんが5な感じ。
雪哉の情に深いところをちゃんと拾って、見えにくいところを周囲に伝えてくれるのが、茂さんだった。
そして、背が伸びた雪哉の頭を撫でられるのは、たぶん茂さんだけだったのに。
雪哉は、茂さんに何かあるのが嫌だって言ってた。
ここの、二人のやりとりがめちゃくちゃ可愛いのに、直後にあの展開は本当に鬼すぎませんかねぇぇえ、阿部智里様?
(『楽園の烏』や『望月の烏』を読んでいると、雪哉の真意が見えなくて、茂さんの不在が本当に大きいと感じる。茂さんの言う通り、冷血漢ぶるの止めなよ・・・。それとも、言ってくれる茂さんがいないから、なの?)
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駆けつけたときの雪哉、初めて読んだ時は私も頭が真っ白になってて、あまり覚えてなかった。
雪哉の叫びと、念押しされる茂丸の死が、辛すぎて。
(でも、この場面をコミカライズで見たい。正気を失っている雪哉を、松崎夏未さんの容赦ない描写で見たい)
この、苦しすぎる場面が、『玉依姫』ではさらっと一文なのがまた抉られるんだよ・・・。
刊行順だと『玉依姫』が先で、志帆の視点では叫んでいるのが誰か分からないから。
『弥栄の烏』を読んで、『玉依姫』を読み直すと分かるようになってるのが、本当に、ねえ、阿部智里様・・・?
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雪哉が取り乱している場面も涙が出るけど、平然と割り切った態度なのも、悪態ついてるのも、同じくらい痛々しい。
これまでなら、躊躇したり、良心がうずいたりしたかもしれないところで振り切っている感じがする。
雪哉、冷静に逆上するのやめれ。
だけど翠寛以外は正面切って反対できないのは、一理あるから。
皆が同意できる最善の策を、ほかに用意できないから。
(個人的に、雪哉の悪口を言う翠寛は好きです)
雪哉の優秀さが、こんなところで光るってのがまたね・・・。
長束様への、甘く滴るような囁き。
猿の殲滅作戦を実行しているときの、雪哉の、冷酷な言葉選び。
人でなくてもいい、無駄に犠牲を出すくらいなら化け物になるという考え。
勁草院の、院生たちへの檄の飛ばし方、というか扇動。
一転しての、激情。
第二部への流れは完璧ですわ。
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で、読み返した『弥栄の烏』は痛くて辛くて苦しいところが満載なわけなんだけど。
猿を殲滅したあと、凌雲宮に降り立ったときの雪哉にとどめを刺されましたよ私は。
さらっと読み流しそうになるんだけどさ。
雪哉、誰を探したの?
自覚する前に、何を打ち消したの?
と思ったら、ここでも涙がさーーーーー!
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『弥栄の烏』の終章で雪哉は姫宮と対面するんだけど、呼びに来た明留から見た雪哉の様子が、また痛々しい。
推測になるんだけど、雪哉が姫宮のところに行こうとしなかった理由が3つあると思う。
ひとつは、罪悪感。
自分は穢れている、だから無垢な存在に近づいてはいけないという。
もうひとつは、新しい命に触れるということは、茂さんを置いていくような気がしたからじゃないかと。
みっつめは、そこに居場所はないと思っていたから。
雪哉は自分の出生を気にしているでしょう、悪夢を見るくらいには。
すごく怖かったんだと思う。
それが、姫宮と目が合って笑いかけられた瞬間に、溶けた。
赦された。
ずっと心細いままだったのが、ほっとして緩んで涙が出たんだと思う。
(この場面もコミカライズで見たい。松崎夏未さんの麗しい描写で見たい)
辛いけど、良かったね雪哉。良かったね。
と思ったのが第二部で打ち砕かれるという。
本当にねぇ、阿部智里様??
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