【読書メモ】育児の国際比較-子どもと社会と親たち

 赤ちゃんの身の回りの生活ー母乳で育てるべきか、添い寝はよくないのか、離乳食はいつから始めるべきかなどーに関するあれこれやしつけに対する考え方を、育児書の記述を通して国際比較しようという試み。比較対象国は、日・米・英・仏・中の5ヵ国。筆者は東京大学で教育学を研究している恒吉良子先生ら。

 教科書の比較研究を通して、国ごとの教育内容や根底を流れる思想の違いを明らかにしようという試みはあるが、それであれば育児書の比較研究があってもおかしくはない。盲点だった。1997年の本なので、古い記述ばかりかと思ったけど、大きな育児トレンドは変わっていない判断できるぐらい逆に新鮮な気持ちになった。

 個人的に関心の高い、子育てに臨む親のスタンスとしつけの方法について、備忘としてまとめておく。

 育児をどのように行うかは「子どもがどのような存在か」という捉え方の違いが色濃く反映されている。
 わかりやすい例では、1991年時点の中国の育児書の子どもの捉え方で「子どもは親のものであると同時に、国のものである」という視点がある。すなわち、子どもは国家の貴重な財富であり、党や国家の政治思想と子どもの思想が合致するように子育てする必要があるということである。
 一方、日・米・仏の育児書は、国家のものではないのは言うまでもなく、必ずしも親のものでさえもない「一個の個人としての子ども」を理念として支持している。その際、英・仏・米と日本で決定的に違うのは、大人の視点で子育てをするのか、子どもの視点で子育てをするのかという点である。具体的に、赤ちゃんの睡眠を例にとって考えてみる。英・仏・米では、夫婦の睡眠や生活を優先し、小さい頃から赤ちゃんをベビーベッドに一人で寝かせる。日本では、親(多くの場合は母親)が譲って子どもの感情を優先し、添い寝をすると分析している。
 これを読んで真っ先に感じたのは、日本では「子どもの視点」を大事にし、子どもや赤ちゃんの満足を優先することが親自身の生活より優先されるべきとみなされている風潮があるのではないかということだ。「大人の視点」を「大人の都合」と言い換えて、子どものために自己犠牲をしない親は非難されがちだ。親は親になった瞬間から自分の生活を犠牲にしてでも子どもにより良い環境・生活を与えるべきという考えが主流であるから、「親業は24時間365日休みがないブラック企業みたいだ」と揶揄されるようにまでなってしまう。これは日本の特殊性ではないかと思う。

 もう1点。体罰についても興味深い記述があった。人間には生まれつきの罪(原罪)があるとするキリスト教と子どもの捉え方である。

人間本来の罪深さ、親が神に従い、邪悪な本性から子どもを引き上げるのに用いるべき鞭の肯定(p.225)

 ここでいう「しつけ」という行為は、
・これ以上超えてはならない(神が定めたような)境界線を親が設定してそれを一貫して守らせること
・権威あるもの(神、親)が従属者(人間、子ども)をコントロールすること
であって、権威あるものが決めた正しい行いを従属者ができるようになるために、従属者のために実行しているとして正当化されている。こうして、従来、欧米では(体)罰は子どもに対して行うものではなく、子どものために行うものであると肯定されていた。

 世界で初めて体罰が法律で禁止されたのは、1979年のスウェーデン。その後、フィンランドなど北欧を中心に体罰禁止が徐々に広がっていった。本書が出版されたのは1997年。比較研究は1990年代半ばまでに実施されたと考えられる。1990年代の欧米では少なくとも「子どもに対して体罰を積極的にしよう!」ということを声高に訴えることは世論が許さなくなりつつあったのではないか。そういった社会の変化は本書にも記述されている。

体罰を積極的にしつけ法として位置づけた英・米で自らの伝統を作り直そうという意気込みは、体罰をそうした体系にまで作り上げなかった日・中の育児書よりも、体罰否定を強く打ち出すという結果を招いているように見える(p.231)

 逆に、江戸時代には体罰がなかったと言われている日本では、育児書で体罰禁止を明確に打ち出しているものは少ないとも指摘している(このへんは最近少しずつ変化しつつあると思うが)。確かに最近の日本の育児書でも、体系的に子育てを貫く軸があるというよりは、子育ての一部分を切り取ってその場面ごとの対応や臨機応変に子どもの様子を見ながら対応しましょうと書かれたものが多いという印象がある。

 よいしつけとは何か?を考える時、子育てに一本の軸を通すのが「大人の視点」に寄る子育てだとしたら、体系的にまとまっておらず目の前の子どもに合わせて臨機応変に、というメッセージを出す日本の育児書自体が「子どもの視点」を尊重した子育てを助長しているのではないかなと感じた。

 巷には「フランス人の女性は子育ても仕事も自分らしく」や「フィンランドの子育て」など欧米の子育て方法や女性の生き方を紹介する本が溢れている。けれども、結局、1人ひとりが「子どものために親は犠牲になってもしょうがない」という考え方から抜け出して、大人自身が自分の人生を生きる/楽しむということを意識して実践していかないと、子育てが辛い!!!からは抜け出せないのかなと考えた。

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Megumi
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