ほんとのじぶんとひとからみたわたし
こんにちは。
週末に帰省していました。
と、1.2つ前の記事に書きました。
老夫婦が住む実家。
片づけが上手ではない母に育てられ、実家のわたしの部屋も汚いままです💦
ふたりで暮らしているので、大変な部分もあり、高いところの掃除はできない…と今回はお風呂の天井と換気扇のお掃除のお手伝いをしました。
その間に、捨てられない母が溜め込んでいるおたからたちをいるものといらないものに分けて!と指示。
わたしが掃除をしている間はやってくれて、少しだけ減ったのでokです😊
「ねえねえ、見て。めぐちゃんの成績表が出てきた」と高校2年生の時の成績表が出てきました。
わたしらしく、アベレージだな、という数字が並んでいました。優良もなく、不可もなく。
ふっ、わたしっぽいなと思って裏面を見ると、
先生からのお言葉に
「朗らかで他人に好かれる良い性格です。」と書かれているのを発見。
このときの担任とは仲もよかったのですが、こんなふうに見えていたんだとうるうる🥺でした。
小学生ぐらいの時からいじめられていたこともあり、拗らせていたと思っているので、朗らか?好かれる?えー、そうなんだ、とちょっとビックリしています。
いまもそうなんですが、じぶんでも「明るくない、わけではない」のですが、他人から見て、わざわざ「明るいね」って声をかけられるほどの明るさはないのかな?と。
でも、たしかに、わたし自身はひとから忘れられるって思っているけど「めぐちゃんのことは、絶対に覚えていると思うよ」と言われることがあり、そのじぶんとの矛盾に驚くことは多いです。それと朗らかさとは違うかも…ですが。
高校生活はとっても楽しかったです😊
小学校高学年はいじめられたことをきっかけに目立たないように、
中学はそれを引きずり、静かに過ごしてました。
たぶん、存在感は薄く、わたしのこと覚えているひといるのかな?というぐらい。
というか、わたしが本当に仲良かった子しか覚えてないです。
楽しかった?楽しかったことあったかな?
それもあったのか、たしかに、高校生活は楽しくって、高校デビューのように急に垢抜けたりはしていませんが(頑張っても垢抜けられないわたし)、もしかしたら素のじぶんを出せていたのかもしれないです。
いま振り返れば!
小中学校生活を取り戻すかのように、本来のじぶんを全面に出していたのかもしれないです。
好きな先生(カッコよくなかったけど)にまとわりついたり、冬になると担任の教科担当室みたいなとこに行ってストーブにあたらせてもらったり🙏
じぶんが思っているじぶんとひとが思うわたし。
きっと、一致していると居心地がよく、無理してなくって、拗ねてなくって、『楽しい』の一言で終わるのかな?と感じました。
ということは、やっぱりいまのわたしは、素のじぶんではないな、と成績表が教えてくれました😊
いまのわたしは、
「楽しいよ。でもね…」
「楽しくなく、はないと思う」
という歯切れが悪い感じです。
そうだな。
ちゃんとじぶんの素をだしてみよう。
そんなことを思った、今回の帰省。
最後までお読みいただきありがとうございました😊
megumiでした。