認知症の始まりは突然に -義父と認知症と家族の記録- #1

2023年9月、義父(87才)が癌にかかっていることが分かりました。
4年ほど前から認知症ではあったものの、自宅で義母、義兄家族と一緒に穏やかに過ごしていると聞いていた矢先のことでした。

その後、退院して自宅での在宅介護に。

約半年後の2024年3月、自宅で旅立ちました。

「もしかして、認知症が始まったのかも………..」
そんな予兆に気づいた日から義父を見送るまで、義父本人も、義母も、息子である私の夫も、さまざまな葛藤と切ない気持ちを携えながら現実に向き合ってきました。

血は繋がっていない、少しだけ離れた立場の私の目に、その姿は尊くて勇敢で、義父への愛情が美しいものに映りました。

また、愛情ゆえなのか、それぞれの考え方や性格、人生観、死生感の違いから衝突してしまったり、がっかりしたり、疲弊してしまう………….そんな場面もたくさんありました。声を荒げて言い合いになってしまうこともしばしばあり、決してきれいなだけのものではありませんでした。

私自身も関わる中で、腹を立てたり、もう関わりたくないと思ったり、感情がジェットコースターのようにうねり回って、とても疲れました。

それでも、この日々を書き留めておいた方がいいような気がするのです。振り返ってみるとこの5年のことは、義父が命の最後を使って見せてくれた学びの時間のように思います。
それは、これからも生き続ける私達に必要な学びでした。

誰かにとって役に立つのか分かりません。
もしかしたら、私の愚痴になってしまうかも知れない………そんな不安もありますが、沸いてきた気持ちに従って書いてみようと思います。

鮎釣りは義父の長年の楽しみ


「もしかして、認知症が始まったのかも………..」
始まりは本当に唐突にやってきました。

用事で我が家を訪れた義母は、開口一番
「おとうさん、家に帰って来れんくなったんやに!」

「はっ!?」「えっ!?」
夫と私

「おとうさん、鮎釣りから帰って来れんくなったんや!」

「えっ!帰ってないの?」夫

「今日は家におるよ」と義母。

「紛らわしい言い方するな!」と夫。

義母の話はだいたいいつもこんな風に唐突に始まって、
大きな声で、ドラマティックに伝える義母と、簡潔に説明してほしい夫、
毎回噛み合いません。

義母は自分の話を聞いて欲しい、夫は結末を聞いて安心したい、
噛み合わない話はあっちへ、こっちへ飛びながら、
段々と全体像が掴めていきました。

義父はいつも通り、朝早く鮎釣りに出かけたが、そろそろ帰ってもいい時間を過ぎても帰って来ず、携帯電話に電話をかけてみたが出なかったそうです。
もう少し待ってみても帰って来なかったので、心配になって家の周りを見に行ったら、義父の車通りの向こうを走りすぎて行ってしまった。あれっと思い、その道の方へ行ってみると、義父の車は家の方向じゃない方へ曲がって行ってしまった。
義両親の家は、古い住宅街の中にあって、似たような道が並んでいます。一般住宅ばかりが整然と並んでいるので、慣れない人が行くと、曲がる場所が分からなくなることがあります。
私も結婚したばかりの頃は何度も道を間違えて、家を中心にぐるぐる回った思い出があります。そのようなことが義父にも起きたみたい。

何度か繰り返し、やっと家に帰ってきた義父に、どうしたのか聞いても、何のことだ、ととぼけたそうです。
家が分からなくなったのか、と聞いても、そんなことないと言い、何度も聞くと怒り出してしまった、と。

だいたいのところ、こんな様子。

「あれは絶対ボケやに」「おとうさん、アホになってもた」という義母に、
夫は苦々しい表情で「そんな言い方するな!」と。

ここで口を閉じてくれれば諍いにならないのですが、
「そんなん言ってもボケやないの、おとうさん、もうあかんわ〜」
「あんた困るで!」「もうあかん」
義母は義母で、困った気持ちや切ない本音を言えるところは限られるのかもしれません。息子の前なので溜まっていた気持ちを吐き出したのかもしれませんが、

夫にとってみると、突然に大好きな父の変わり様を突きつけられてショックを受けているのに、止むことのない義母の愚痴、段々とイライラしてきたのか、ついに「もう帰れ!」
と言いました。

「なんや、あんた。やらしいな!」
と言い捨てて義母は帰っていきました。

夫は義父と仲がよく、父親というよりも遊び仲間というような関係でした。
子どもの頃から釣りや野球、将棋の楽しさを義父から教わり、
生き物を飼うのが好きなところも影響だと思います。
子どもの頃、2人で庭に穴を掘って、浄化槽もついた本格的な池を作った思い出は、夫から何度も聞いていて、息子と父の絆を感じていました。

穏やかで、大人しいけれど独特のチャーミングさ持っていて、
身体も強くて、老いても腕相撲では勝てない、この父のことを夫が誇りに思っていることはよく感じられていました。

その父の老いを、急に突きつけられた夫の切ない表情には、心が痛みました。
夜になって、リビングで夫と2人。
スマホをいじってはいるものの、画面に目をやながら
頭には義父のことを浮かばせているように感じました。

「もしかしたら………認知症の始まりなのかな……」
本当にそうなのか、
この後どうなっていくのか、
突然やってきた心配ごとに、不安な気持ちを覚えました。

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