ポルノグラフィティを好きになって手に入れたもの〜あなたにとってポルノグラフィティとは〜
今年最後のnoteは「あなたにとってポルノグラフィティとは」について書きたいと思います。
特別な夏の始まりだった7月20日。
因島へは行けないけれど何が起こるのかSNSで逐一見守りたくて休みを取って待機していました。
…のに、思いがけずまだ寝ている早朝4時の発表。
この時の感覚をありありと今でも覚えています。
まず、ふたりの自然なとびきりの笑顔に目を奪われて一気にテンションが上がり、次に「あなたにとってポルノグラフィティとは」のキャッチコピーが目に入って、高揚した気持ちが一気にすっと冷めていきました。
タイムラインには次々に、それぞれの「あなたにとってポルノグラフィティとは」が流れてくる。
素敵だなあと目を通しながら「私にはなにもない」と考えていました。
この動画のように、ポルノグラフィティの音楽を聴きながら生活してきたひとには、楽曲を聴くだけでよみがえる記憶や空気感がきっとある。
ずっと応援してきたひとには、これまで応援したいと思えるだけの特別なものをポルノグラフィティから受け取り、感じ、その想いをまたふたりに伝えてきたのだと思う。
それぞれの「ポルノグラフィティとは」が確かにある。
だからこその25周年。
だからこその特別な夏。
本当に素敵です。
わかっていたけれど、改めてそれをこの特別な夏の始まりの日に実感すると同時に、自分にはなにもないことも痛感しました。
こんなにも長く活動している一流のアーティストを好きになった時から、過去を気にするのはやめようと心に決めていました。絶対につらくなるから。
なにもわからなくていい。ただ好きなだけでいい。それでいい。
理由なんてない。未だに理由はわからない。
にも関わらず、このセールス用のキャッチコピーをここまで真正面から受け止めてしまったのは、2つの後ろめたさがありました。
純粋にポルノグラフィティという音楽のファンだったのに、うっかり岡野昭仁という個人に惚れ込んでしまったこと(こう見えてもアイドルでもないのにという後ろめたさはあるんですよ、ずっと…苦笑)
こんなにわかファンが因島ロマンスポルノのチケットを当ててしまったこと(散々書いてきたので省略)
そんな後ろめたさを背景に「なんにもない自分」を抱えてスタートした今年の夏。
とはいえ、そんなことをぐだぐだ考えて落ち込む時間ももったいないし、このキャッチコピーを採用したポルノチームはそんなファンがいることを絶対に望んでいないと思うので、とりあえずこのコピーのことは忘れることにしました。
本当にきっぱり忘れて、ロッキンも島ごとぽるの展も全身で楽しみました。昭仁さん、大好き!最高!
(余談ですがこの切り替えの早さは年の功。10年前だったらいつまでもぐだぐだ引きずってたと思います笑)
そんな特別な夏の締めくくり、因島・横浜ロマンスポルノ。
9月1日のライブ終盤、本編最後の解放区でモニターに大きく映し出された「あなたにとってポルノグラフィティとは」の文字を見た瞬間、7月20日の朝の気持ちがよみがえりました。
ライブで高揚した気分が、すっと冷静になりました。
忘れようとしていたのに、ここで出てくるのか。
そうだよね、このコピーは25周年の大切なテーマなんだよね。
「いつか答え合わせをしよう」の文字を、じっと立ち尽くして見ていました。
ただただ好きなだけなんだよ。
そんな自分にも、いつかわかるのかな。
横浜初日。
覚悟しながらまたこのコピーを見ました。
こんな新規ファンが因島ライブにまで参加させてもらったのに、やっぱりわからない。というか、ない。
そして横浜2日目。
むかいあわせで自分の正面で歌う昭仁さんに撃ち抜かれ、ギフトで嗚咽混じりに号泣し、ひとひらでまた泣き、Jazz Upで歓喜し、解放区。
この時、初めて「解放区」というタイトルの意味が理解できました。
解放区、大好きです。夜中にイヤホンで聴く解放区に何度も救われました。
でも正直なところ、なぜこの楽曲に「解放区」という言葉が使われているのか、今ひとつぴんと来てなかった。
歌詞からは安心できる場所、安める場所というイメージを受けるけれど、なぜ「解放」なんだろう?
それが横浜2日目で、一気に理解できました。
解放区。
日々の暮らしの中で知らず知らずのうちに背負っているものから解放される場所。
ただ好きなだけだと思っていました。
でも、それがどんなに大切だったか。
こんなにも生活も考え方も、価値観までも変えられるほどにポルノグラフィティを、昭仁さんを好きになった。
そんな自分に戸惑って「年甲斐もなく」と思ったこともありました。でもそれで構わないと受け入れてもらえる優しいひとたちがSNSにはたくさんいました。
ライブで泣くことがあるなんて思わなかった。そのくらい、気持ちを解放できる存在だった。
ただただ好きなものを好きと言える存在、場所。
その時間は、お母さんであることや職場での役割、年齢、あらゆる立場から解放された、なにものでもない自分でいられました。
この20年間、ずっと「お母さんなんだから」「主婦なんだから」「仕事で求められる役割を果たすために自己研鑽せねば」「もう◯歳なんだから」でいっぱいになってた。
中でも一番大きかったのは「だってお母さんなんだから」という想い。
それを自覚すらしていなかった。
ポルノグラフィティを、昭仁さんを好きと感じている時間は、なにものでもない自分でいられる時間。
横浜2日目の解放区を聴きながら、一気にこのことを理解しました。
何度も何度も「ありがとう!ありがとう!!」を繰り返す昭仁さんに、「わかったよ!私にとってポルノグラフィティとはの答えがわかったよ!!」と心の中で叫んでいたら、モニターに映し出された「また答え合わせをしよう」。
やられました。涙腺は完全に決壊。
魂を撃ち抜かれておかしな状態になった2月10日(ワズビル埼玉公演)からちょうど7ヶ月。
自分がなにを手に入れたのかがわかりました。
あなたにとってポルノグラフィティとは
→なにものでもない自分を取り戻せる存在、解放区
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1ミリも予期していない人生があることを知った1年間でした。
誇張抜きに生活も考え方も価値観も変わった1年間。大切な1年間。
自分の不甲斐なさや未熟さにも気付かされました。
ポルノグラフィティへの感謝はもちろんのこと、SNSで交流してくださるみなさんの存在もどれだけ大きかったか。まさに解放区。
こんな世界があるんですね。
1年間、本当に楽しかったし、幸せでした!
ありがとうございました!!
どうぞよい年をお迎えください。