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【禍話リライト】座敷犬

これは、「追いつかれた」家の話。

10年ちょっと前、当時高校生だった女性Aさんが同級生の家で体験した出来事だ。


ある日のお昼休み。
クラスメイト数人と談笑しながら教室で購買のパンを頬張っている最中、普段お昼は別グループと過ごす友達が何か言いたげな様子で近付いてきた。
敢えてやってくるなんて何かあったのか?と身構えたところ、彼女は
「今日はあの子いない……?」
と切り出した。
共通の友人であるBさんの話だった。
「ああ、今日はお弁当持ってきてたけど、テラスとか外で食べてるんじゃない?」
「そうなんだ、いないならちょうど良いや。あんたとあの子って昔から仲良いでしょ、ちょっと聞きたいことがあって……」

彼女が言うには、ともに所属しているクラブ活動の一環で、Bさんの家にお邪魔していたのだという。夜遅くまでかかるような作業があって、2日連続で泊まることになった。
「ああ、あたしも泊まりに行くことあるよ」とAさん。
「あ、じゃあ知ってるかなあ。聞きたいことっていうのがさ、あの子の家って、犬とか飼ってる?」
「え?いや、飼ってないよ」
Aさんが知る限りBさんの家では犬を飼っていないし、飼い始めたという話も聞いたことがない。
「やっぱ飼ってないんだ。でもあれは……」

泊まったその晩、慣れない枕でなかなか寝付けず夜中の1時2時に目が覚めてしまった。そのとき、廊下を犬が走り回っている音がしたのだ。
「うーん、あそこお兄さんは夜遅くまで起きて色々してるから、何かの聞き間違いじゃない?どうして犬だと思ったの?」
「いや、絶対に犬だった。ハッハッハて、四つ足のドドドって足音もして」
そこまで聞いてAさんは思った。2日泊まったのなら、直接本人に聞いてみるタイミングがあったのでは?
それを指摘すると、
「いやそれがさ、聞こうと思うんだけど、次の日になるとなぜか忘れてるんだよね……」
そして2日目の晩もなかなか寝付けずにいたところ、同じような頃にやはり何かが走り回っている。首輪の金属が鳴るような音も聞こえる。
「やっぱり座敷犬ざしきいぬかなあ……」

Bさんの家は一目見ただけで「お金持ちが住んでるな」と分かるような大きな家で、それもあってよく友達を泊めていた。Bさん一家の生活しているところと離れて祖父母が暮らしている部屋もあった。
だから、もしかしたらお爺ちゃんお婆ちゃんが飼ってる犬なのかも知れない、夜になると勝手にこっちまで歩き回ってて、でも粗相とかはしない行儀の良い犬なのかも。
そう勝手に納得して寝てしまい、翌朝になると不思議なことにまたすっかり忘れているのだという。

なんとも不可解な話だった。
「それでBちゃんの家を離れるとまた思い出して。でもあんたがいないって言うなら、いないのかな……」
「ま、でも本当にごく最近飼い始めたかもしれないしね」
「別に違法な、ワシントン条約に引っ掛かるような動物とかじゃないだろうし」
その場はお互い軽口をたたき合い笑って済ませた。
音からしてそんな大きな犬というわけでもなさそうだしね、まあいいか、と友達は去っていった。
しかしAさんの中では、この話が妙に印象に残ったのだという。
「座敷犬か……」






それからしばらく経って、今度はAさんがBさんの家に泊まることになった。
その頃には座敷犬の件をすっかり忘れていたのだが、夜になってお風呂を借りている最中ふと思い出した。
「あれ?そういえば犬飼ってる飼ってないって話、あったなあ」
しかし今回家に上がって、部屋や廊下の片隅でドッグフードの袋を見かけた、あるいは動物を飼っている家の匂いを感じたといったことは一切なかった。
Aさん自身、犬に特に思い入れはなく好きでも嫌いでもない。もしお爺ちゃんお婆ちゃんの方で飼っているのだとすれば、わざわざ踏み込んで聞くような話でもない。
だから別にどうでもいいことではあった。この家には何回も泊まっているし、そんなおかしなことなんて……

いや、実はひとつ「変だな」と思う点はあった。だがそれはどう考えても犬の有無には関係ないようなことだった。

お風呂を出ていよいよ寝る段になったのだが、Aさんの頭の片隅には犬の件がわだかまり続けていた。
Bさんと同じ部屋で布団に入り、明かりを消しおやすみを言ってまさに就寝という間際、彼女が何かつぶやいたのが聞こえた。具体的には聞き取れなかったが、
「知ってたらどうなるのかな……」
というようなことを言っていた、と思う。
意味が分からないし何となく気持ち悪い心地はしたものの、少し経つと向こうは寝息を立て始めた。
普段はそんなに寝つきが良い方ではないのに、Aさんも気を失うように眠りに落ちたという。





――――そして真夜中。
Aさんはふと目を覚ました。時計を見ると2時半を回ったところだ。
何か大きな音がしたとかトイレに行きたくなったとか、何の原因もなくただ目が覚めてしまったようだった。
所在無さにふと横を見やるとBさんがいない。トイレかな?と思ったが10分経っても戻ってこない。
一階に行って水でも飲んでいるのか?それにしたってなかなか戻ってこない。あるいは深夜番組でも観ているのか?でも2時半にもなって何か面白い番組やってるかなあ?
暗闇で自問自答していると、だんだん感覚が研ぎ澄まされてきて、気が付けば物音に敏感な状態になっていたのだろう。


トットットットット……

と部屋の外から軽い足音がした。犬とは断言できないが、そんなに大きくない四つ足の生き物が廊下を歩く音だ。足音はそのまま家の奥へと消えていく。
「え、やっぱり犬飼ってるじゃん」
そうAさんは思った。

それからしばらくして、もうそろそろ3時を回るという頃合いになってもまだBさんは戻ってこない。
時おり四つ足の生き物が歩き回り、一階へ下りたりまた上がってきたりするだけで、家中静まり返っている。

こうなったらもう確かめてしまおう、そう思ってAさんは部屋を出た。階段から一階をのぞき込むと真っ暗で、誰かが活動している様子はない。
そこで改めて気が付いたのだが、かなり急な階段だ。もし犬だったら結構難儀するというか、上り下りでドンッドンッというような音がしないのはおかしい気がした。
そして一階に下りたがやはり何の明かりもついていない。それなのに、居間に誰かがいる気配を感じる。
近付くと中で誰かがボソボソ小声でしゃべっている声が聞こえる。ドアが少しだけ開いており、ちょうどその隙間から中をうかがうことができた。


暗がりの中、居間のテーブルの上に女性が見えた。ここの家族ではない、髪の短い知らない女性が、テーブルにちょこんと腰かけている。
それだけでもすでに異常事態なのだが、輪をかけて異様だったのはその周りだ。

――――テーブルの女性を取り囲むようにして、床の上にBさん含む家族全員が四つん這いになっていた。

その状態で、小声で何かを話し合っている。
そして卓上から女性が
「うん、うんそれで?あーあー、そうなんだ、うん」
と相槌を打っている。

理解不能な光景を目撃してしまい、Aさんはそっと二階の部屋に引き返した。そして今見たものをどう心の中で整理すればいいのか分からないまま、布団に潜り込んだ。
少し経ってトットットット……と階段を上がる軽快な音がして、Bさんが何ごともなかったかのようにドアを開けて布団に戻ってきた。


寝ているふりをしたままAさんは思った。
この子の体重なら二本足でも四つん這いでも、もっと大きな音がしないとおかしいのに。今どうして小型犬が歩いてる程度の音しかしなかったのか?
もはや犬を飼ってる飼ってないという話ではない。朝になったら何かしら理由をつけて即帰ろうと決意し、なんとか眠りについたのだった。





――――しかし翌朝。
あれだけのことがあったのに、もう何も聞かずすぐ帰ろうと決めていたはずなのに、起きた時点でAさんは昨晩のことをすっかり忘れていた。
まさに友達が言っていたのと同じ状態だった。

そして朝の食卓についたときにふと記憶が戻ってきて、
「何ふつうに一緒に並んでご飯食べてるんだ私!?」
と内心思ったという。
昨晩のことを思い出してしまっては、食事がのどを通るはずもない。朝食に手を付けずにいたところ、ご両親が
「どうしたの?朝はあんまり食べない方なの?」
「あら~緊張しちゃってるのかな~」
と話しかけてきたが、いやあの、お気になさらず……と適当に誤魔化しつつAさんは下を向いた。
周囲では普通の朝食風景が、普通の家族の会話が流れている。
一刻も早くこの場を抜け出したいのに、言い出すタイミングを見つけられない。針のむしろってこういうことなんだなあ……と思った。

――――急に会話が止まった。
顔を上げると、家族全員がこちらをじっと見ている。
驚いたAさんは「えっ、なんですか?」と尋ねた。
お父さんが口を開いた。

10年ぐらいはしゃべっちゃ駄目だからね

「……はい?」
「うん。10年ぐらいかなあ」
そこへお母さんも
「まあ10年ぐらい」
と加わる。
意味不明な警告に、Aさんはつい「な、なんで?」と聞いてしまった。
するとお父さんは箸を置いた。そして腕組みしながら話し始めた。

「なんで?なんで。そうねえ……あの、Aちゃんは聞いたことあるかなあ。よくさあ、怖い話の本とか読むとさ、人けのない山道を走ってると、車の後ろから凄い速さの人のかたちをしたものが追いかけてくる、って話あるじゃない?」
「……あ、はい。ありますね」
お父さんは続ける。
「あれねえ、大体は追いかけてくる、で話終わるじゃない。でも山道だけじゃ済まないんだよね。そういう話だから」
「は、はい」
「だから、10年は話しちゃ駄目だよ」

分かるような分からないような何とも言えない話だったが、Aさんは
「わ、わかりました……」
と答えた。
そして大急ぎで片付け、Bさんには「じゃあまた明日学校でね」と言って家を出た。
その際、内心「もう二度と泊まるか!」と思っていたのは言うまでもない。






後日、Bさん一家は突然引っ越してしまいその先のことはよく分からないという。そこから10年経ったので、流石にもう良いかとAさんが教えてくれたのがこの話だ。

……Aさん曰く、Bさん宅を出て少し家を離れたところで急に合点がいったのだという。
犬の件には関係なさそうだからと流していた、この家の「変だな」という点。
広いガレージがあったにも関わらず、ある時期からずっと車が一台もなかったのだ。

――――かつてBさん一家は「追いつかれた」ことがあったのだろうか。



【終わり】




※本記事は、猟奇ユニット「FEAR飯」による怖い話をするツイキャス『禍話』のうち、「シン・禍話 三十三夜」(2021/10/30)の39:18~にて語られたお話を、筆者が編集、再構成等を行い文章化したものです。実際の語りとは表現が異なりますので、気になる方は是非本編を視聴してみてください。


※かぁなっき氏はこの話を「よく100キロババアとかいってそんなハハハって思うじゃないですか。侮れないなあっていう話ですね」と語って〆ていましたが、私自身この話を聴く少し前に朝里 樹先生の『日本現代怪異事典』に載っている「100キロババア」「120キロババア」「ターボババア」「ハイパーババア(!?)」「光速ババア(!!!???)」といったハイスピードで追走してくるババアシリーズを見つけてなんだそりゃワハハ!と笑っていたので、マジで洒落にならんなと反省しました。そんな実感とともに恐怖を味わった一篇で印象深かったのでリライトさせていただいた次第です。




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