見出し画像

山とまち、生産と消費、地域の中と外、いろんなものが近い場所。三島食卓会議 前編

静岡県東部、伊豆半島の付け根に位置する三島市。富士山の南麓にあることから湧き水に恵まれ、箱根や湯河原などの温泉地にも近いのが特徴です。まちのなかにはきれいな小川が流れており、緑豊かな場所でもあります。新幹線で品川まで最短37分というアクセスの良さも魅力のひとつ。都内へ通勤する人も多く、リモートワークが定着してからは移住者が増える一方だそうです。
 
三島を案内してくれたJAふじ伊豆の外岡さんにご案内いただき今回の「食卓会議」では、どのようなまちの人たちとの出会いがあるのでしょうか。

 食卓会議とは…地域へのフィールドツアーや交流会を通じて、地域間の学び合いを生み出すプログラムです。地域内だけではなく、地域外からの多様なプレイヤーの関わりが、地域内に新たな食と農のチャレンジを生み出す循環につながることを目指しています。

 今回、地域外からは山梨や東京から参加者が集まりました。前編は、私たちがおこなったまち歩きに沿って、三島のまちをご紹介します。


<その昔、富士火山から流れ出した溶岩がここで止まったとされる三島のまち中には、溶岩がちらほら> 

 居酒屋にある、みんなの居場所「あひる図書館」 

最初の行き先は「あひる図書館」と呼ばれる場所です。楽寿園という大きな公園に沿って歩き、たどり着いたのは……居酒屋? たしかに「あひる図書館」との看板があるので、言われるがままに2階に上がっていくと、宴会場だった場所を作り替えた、紛れもない図書館がそこにはありました!  

壁一面に並ぶ本棚は、個人が月額2,000円で一箱ずつ借りているもの。静岡県焼津市で始まった「みんなの図書館さんかく」、通称「みんとしょ」の一箱本棚オーナー制度を取り入れています。2021年11月に立ち上げた当初は40箱から始めたものの、希望者の多さから3回の増築を経て、現在は78箱が本で埋め尽くされています。
 
「常にキャンセル待ちが10人以上いて、全然空くことがないんです。それぞれが好きな本を持ち寄って、お互いに貸し借りし合いながら交流しています。こんなに人気になるとは思ってもいませんでした」

説明してくれたのは、一般社団法人「ママとね」代表理事の中島あきこさんです。「ママとね」は2014年、孤立する子育て世代の支援のために立ち上がった団体。情報発信などでつながりをつくることをテーマにしていましたが、コロナ禍で「発信できるイベントすらなくなってしまった」といいます。そこで、同団体の理事が営む居酒屋の2階につくった新しい居場所が、この「あひる図書館」でした。
 
利用者は、子連れから年配の方までさまざま。中高生が試験前に勉強に来たり、食事を持ってきたり、どのような使い方をしてもOKだそうです。受付もオーナーさんが日替わりで担当し、店番の日は展示なども好きにおこなっていいことになっています。
 
「図書館という名の『居場所』ですね。いろいろな人のサードプレイスとして、普段は出会えない人とつながれる。70代のオーナーが孫世代に勧められて最近の漫画を読み始めたこともありました。移住してきた人たちがつながるきっかけにもなっています」

働き+暮らす「ワーカーズリビング三島クロケット」

三島クロケットは、「働く」と「遊ぶ」を充実させたい人のためのコワーキングスペース。
2019年に東京から三島に移住してきた山森達也さんと、地元の加和太建設が共同で立ち上げました。
 
もともと洋服の仕立て屋さんだった建物は、半地下や中2階のあるおしゃれな造りです。大きくリノベーションすることなく活かされた内装が印象的で、試着室だった場所が会員専用の個別ブースになっていたり、ガラス張りの中2階はフリーアドレス席のコワーキングスペースだったり。そのほか、オンライン会議ができるフォンブースや、6名まで集まれる会議室、会員専用のロッカーなど、働く人にとって嬉しい設備がたくさんある施設です。しっかりと集中したい人向けの部屋は2階にあり、ここでは食事や会話、電話なども禁止です。夕方から夜にかけては資格の勉強をする人なども利用するといいます。
 
そして、三島クロケットの大きな特徴は、なんといっても3階のレジデンスエリア。1ヶ月単位で入居することができ、コワーキングスペースも自由に使うことができます。5人まで住めるそうですが、今は満室!さまざまな地域からやってきた人が、プチ移住を楽しんでいます。つい3日前に入った入居者にお話を伺うと、ここで3ヶ月過ごした後に移住するかを決めるそうです。
 
「最初にちょっとだけ住んでみたら、友達もできるし、まちの良さもわかりますよね」
 
山森さんが三島クロケットをつくったのは、ご自身が移住したてのときに地域とのつながりを持つのに苦労したからだといいます。日帰りテレワーク、1週間のワーケーション、1ヶ月のプチ移住……本格的に移住する前のステップアップをサポートしながら、移住者とまちのマッチングを図っています。

地域とつながるゲストハウス「giwa」

同じく山森さんが運営するのが、三島クロケットから徒歩3分のところにあるゲストハウス「giwa」です。こちらは、もともとお寿司屋さんだったそうで、建物の引き戸をガラガラと開けて中に入ると、1階のラウンジはそのまま握り寿司が出てきそうな内装そのまま!

お寿司こそ出てきませんが、ここでは毎晩21時から「1時間だけのBAR」が開店します。宿泊客と地域の人がお酒を一緒に楽しみながら交流できる時間です。

 <1日目の夜は、各地域からの参加者と山森さんでお酒を飲みながら語り合いました。> 

2階の宿泊スペースは、和室に布団を敷くスタイルや、ロフトのように梯子をのぼって布団に入る部屋など全部で4部屋から選べます。また廊下には宿泊者専用のカウンターがあり、仕事をすることも可能で、三島クロケットと同じように「暮らすように泊まりながら三島を知る」ことができます。 今回、私たち運営メンバーが宿泊したのも「giwa」。まちとの一体感が心地よく、ふらりと戻ってきたくなるような宿でした。  

三島限定のウィスキーをつくる「Whiskey & Co.」 

翌朝、小雨が降るなかで一行が向かったのは、三嶋大社……ではなく、その参道沿いにある建物です。右から「ナカムラ」と書かれた築97年の建物は、有形文化財にも登録されているそうです。銅が青く錆びている外観にも年月を感じます。 中は工事の真っ最中。2023年春から、ここは日本唯一のバーボンスタイル・ウイスキーの蒸留所とイベントスペースを掛け合わせたハイブリッド型施設となる予定なのです。 

仕掛け人は、クラフト・スピリッツの製造や販売、酒類を中心としたブランドのコンサルティングをおこなうWhiskey&Co.株式会社です。貯蔵タンク、発酵タンク、圧力タンクなどの大きな設備に囲まれながら、取締役の山浦真稔さんにお話を伺いました。
 
「一般的な蒸留所は、きれいな水と貯蔵スペースを求めて山間につくられることが多いんです。ただ、そのぶんまちや人からは離れてしまいます。私たちはまちに馴染みながら、まちの人と一緒にお酒をつくってみたいと考えています」
 
まち中でウィスキーをつくる際の課題のひとつである水に関しては、建物の裏に井戸を掘ったことで解決。「心配で、水が湧き出る夢まで見た」と笑う山浦さんですが、見事に富士山の伏流水を掘り当てたそうです。また、1,500個もの樽を貯蔵するスペースに関しては、まちの人たちの力を借りると言います。
 
「まちの至るところで『置いていいよ』と言ってくださる方々のところに樽を貯蔵します。貯蔵庫はウイスキーファンを呼べるコンテンツ。さまざまな場所にあることで、人々がまちをめぐるきっかけにもなったら、と思っているところです」
 
ここでつくるお酒は、独自トークンを購入した方以外は三島内でしか販売しない予定です。山浦さんは「まちに人を呼び込む存在になりたい」と話しました。どのようなお酒が生まれて三島に活気を生み出していくのか、今から楽しみです。

試行錯誤を続ける生産者、「のうみんず」と「鈴木農園」

最後に一行が向かったのは、実際に三島の食がつくられている2ヶ所です。まずは、6名の若手農家で結成された「箱根西麓のうみんず」の代表・前島弘和さんの畑に伺いました。

前島さんの畑があるのは、まち中から10分ほど車を走らせた山の上です。徒歩で移動できた便利なまち中から、ほんの少し車を走らせただけで自然豊かな山々が広がっているのも三島の特徴。生産者と消費者の距離が近く、新鮮な野菜が食べられるということでもあります。
 
「のうみんず」は、三島でつくられる「箱根西麓三島野菜」の魅力を広めようと2015年に結成されたチームです。家業を継いで農家となった6名が、それぞれ野菜の栽培はもちろん、PR活動や新種の野菜づくりにも力を入れています。

<この日見せていただいたのは、ソフトケールという野菜です。> 

地元の飲食店と連携して月に一度「三島ベジマルシェ」を開催したり、三島在住のグラフィックデザイナーと「野菜とデザインの物物交換」を企画したり。さまざまな活動も、すべては「もっと野菜を知って、身近に感じてほしい」という想いからだそう。前島さんのお話に、他地域で野菜の生産や配送に関わる参加者が大きく頷く姿が印象的でした。
 
次に、山を下りて伺ったのは、三島で果樹を育てる「鈴木農園」の鈴木貴之さんのハウスです。到着して早速、きんかんとマンゴーのハウスを見せてもらいながらお話を伺いました。

以前はキノコ農家だったご両親の後を継ぎ、会社員から農家になった鈴木さん。当時、他の人がつくっていないものをいろいろ試すなかで、果樹に挑戦しました。多様なものを生産している三島ですが、果樹栽培をしている人はほとんどおらず、マンゴーに至っては現在も鈴木さん以外はつくっている人がいません。
 
富士山の伏流水の恵みを受けて、たわわに実るマンゴーは「mizumizuフルーツ」と命名され、ほとんどがお客さんへの直販だそうです。育て始めた頃から試行錯誤の苦労が絶えなかったという鈴木さん。参加者からの尽きない質問にもしっかりと答えながら「これからもいろいろなことを試しながらやっていく」と語りました。

 水が運んでくれるものを考えながら、源兵衛川を歩く

フィールドワークのなかでは、野菜やお酒の生産現場、飲食店などで三島の「水の豊かさ」を感じる場面が何度もありました。なかでも印象深いのが「川を歩いた」こと。富士山の伏流水を源泉として、まち中を流れる源兵衛川(げんべえがわ)には、飛石や木道などがあり、みんなでそこを歩きながら、三島のまちや食を生み出す豊かな水について考えたのでした。
 
東京国分寺や山梨からの参加者も、自分たちのまちとの共通点や違いを感じた1日だったよう。山の自然と人の暮らす場所が混ざり合うまち並み、歴史ある建物のなかに新たなものが生まれつつある文化。今回ご紹介した場所以外にも、ものづくりで人々をつなぐ「根継商店」や三島からの起業家輩出を支援する「LtG Startup Studio」などを訪れました。まだまだ魅力的な場所や人に出会える予感に、参加者からは「すでに再訪したい!」との声が上がりました。
 
フィールドツアーの後に開催された地域内外の交流会「食卓会議」については、後日記事を公開予定です。お楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?