見出し画像

300年かけてつくった恵みの大地を、次の世代へ。国分寺食卓会議レポート【前編:フィールドツアー】

春分をすぎ、うららかな春の暖かさを感じ始めた3月下旬。今夏も、全国で活動する方々と共に、豊かな水と緑、農地が残る東京都国分寺市とその周辺を訪れました。
 
 
今回のツアーを案内してくれたのは、一般社団法人M.U.R.A.代表理事であり農業デザイナーの南部良太さん。2016年からは国分寺市の地域活性化プロジェクト「こくベジ」の運営に関わり、地元野菜の配達を通じて農と食を通じた人のつながりを広げる活動に取り組んでいます。

<フィールドツアーを案内してくれた南部良太さん>

今回の食卓会議は、第一部の国分寺周辺の地域の生産者の方々をめぐるフィールドツアー、その後訪問メンバーと国分寺周辺で活動する方々とでお互いのプロジェクトを発表しあう第二部「国分寺食卓会議」の構成で開催されました。

食卓会議とは…地域へのフィールドツアーや交流会を通じて、地域間の学び合いを生み出すプログラムです。地域内だけではなく、地域外からの多様なプレイヤーの関わりが、地域内に新たな食と農のチャレンジを生み出す循環につながることを目指しています。 

前編では、フィールドツアーを通じて国分寺周辺で出会った人や場所を紹介します。


都心からほど近い、まちと緑が共存する農業生産地

<早咲きの河津桜が美しく咲き誇る時期の訪問>

今回フィールドツアーで訪れたのは、東京都立川市と国分寺市の生産者さん。立川市、国分寺市や、食卓会議を開催した国立市は、東京の西側・多摩地域にあります。
 
都心から30〜35km圏にあり、すぐにアクセスできる場所なので、街の機能や文化的なスポットも充実している一方、少し駅から離れれば、農地や緑豊かな場所も多く残されており、野菜や果樹、花などさまざまな農産物が生産されています。
 
とりわけ国分寺市には湧水スポットも数多くあり、なかでも駅から徒歩約15分のところに広がる「お鷹の道・真姿の池湧水群」は、環境省の「名水百選」にも選ばれています。

<バスに乗って、さあ出発!>

東京×エディブルフラワー栽培という希少ポジション:あみちゃんファーム (立川市)

<あみちゃんファームの網野信一さん。ご両親・妹さんともに農業生産を行う>

まず訪れたのは、立川市で少量多品種の野菜、食用花(エディブルフラワー)、苺を中心に栽培を行う「あみちゃんファーム」の網野信一さん。何百年も前から代々立川市のこの土地に暮らしてきたという網野家ですが、農業を始めたのはおよそ2、3代前あたりからとのこと。
 
家の前に置かれたロッカーを活用した自動直売システムが目を引きました。

 <家の前に設置されたコイン式ロッカーでの直売システム>

「祖父の頃から市場出荷をしていて、その後直売を始めました。今では東京でも直売は一般的になりましたが、祖父の頃は全然なくて・・・。でも祖父は『これからの時代は直売だ』と、徐々に直売の方向に。本当に地域の方向けに作って、販売している感じです」
 
現在はご両親が主に野菜の方を栽培されており、7割近くは直売で販売しているとのこと。
 
一方、網野さんと妹さんが手がけるエディブルフラワーは、一般の方向けではなく、ホテルや飲食店に卸しています。
 
「17棟あるハウスのうち、3棟はエディブルフラワーです。種を蒔く作業、鉢上げ作業は近隣農家さんに委託し、それをハウスに並べて開花させたものを出荷しています」

<ハウスにはさまざまなエディブルフラワーの鉢がずらり。近隣の農家さんに鉢上げまでしていただいたものを市場より高く買い、win-winの関係を作っている>

最近はコロナを経ておうち時間を充実しようと考える方も増え、切り花需要も徐々に回復傾向にあるようですが、元々コロナ前まで、切り花需要は右肩下がりだったそう。
 
売上をこれ以上伸ばすのは難しいのでは、と考えていたところ、ひょんなことから地元の飲食店さんからの発注でエディブルフラワー需要に気づき、切り花からの切り替えを決意したのでした。

<仮にいくつか傷がついても、全体として一定の輪数の品質が保たれるように、花は多めにパックしている。多めに入れることで花が動いて傷むことも避けられる>

現在の顧客は東京23区のほか、大阪、千葉、栃木のホテル・飲食店との取引が多いとのことなのですが、営業は一切かけていないとのこと。
 
「エディブルフラワーを始めるときに、ホームページを作ったんです。『エディブルフラワー 東京』で検索する方が絶対いると思って。そうすると、エディブルフラワー農家が東京にいる、というのが分かるようにするだけで、競合も少ないので検索上位に乗れるんです。そこで実際ここに来ていただいて、信用していただければ、そこから長くお取引も続きます」
 
実際、今も東京でエディブルフラワーを作る農家さんは多くなく、全国から視察にくることは多くても、実行に移す生産者さんは少ないそう。絶妙なポジショニングに、参加者一同「うまい戦略だ」と感心していました。

<苺は4種類を栽培。傷がついた苺も、地域のケーキ屋さんと連携してジャムに活用する取り組みも始まろうとしている>

ほかにも網野さんは、苺やサラダ用野菜の水耕栽培にも取り組んでいます。
 
「苺はまだ2年目で、新人なんですけど。でも、苺はエディブルフラワーと相性がよく、苺を使うところはお花も使う。お花を使うところは苺も使う。セットで商品提案ができるんですよ」
 
また、近隣の調理師専門学校・製菓の専門学校と提携し、授業の一環で作業を体験してもらったり、繁忙期にはその中からアルバイトを募ったりするなどして人手不足をうまく乗り切っているようです。
 
地域の需要をうまく汲み取ったり、地域の人たちと上手に連携されて農業生産に日々取り組まれている様子が、とても印象的でした。

露地栽培で味よし・見た目よしの定番野菜を食卓へ:佐藤園(国分寺市)

<ツアーを案内する南部さん(左)と佐藤園7代目の佐藤慎太郎さん(右)>

 
次に訪れたのは、国分寺市の佐藤園さん。今回お話を伺った佐藤慎太郎さんは、大学を卒業してすぐに実家の農業に携わり、今年で11年目。
 
中央線西国分寺から徒歩約15〜20分の東恋ヶ窪というところで約2ヘクタールの農地を耕し、約20品目弱の野菜を家族経営で育てています。
 
出荷先は主に近隣の4つのスーパー。里芋、枝豆、ネギ、人参、大根など、「王道の野菜をいかに美味しく、適正価格で売るか」を意識して、作付品目や時期を決めているのだそう。

<露地栽培がメインだが、慎太郎さんが新たに取り組んだミニトマトのハウス栽培では「東京都GAP」の認証をとり、働く環境を整え、栽培・出荷する上での適正なリスク管理に取り組んでいる>

このあたりの土は「黒ボク土」という火山灰に由来する柔らかい土で、野菜栽培もやりやすい土地柄。この作物を育てやすい土壌とまとまった広い畑を強みに、主に露路での野菜栽培に取り組んでいます。

<畑のお隣にも出荷先の大きなスーパーが>

 「僕が見てて、佐藤園さんの野菜はすごく綺麗なんですよ」と話すのは、ツアーコーディネートの南部さん。お客さんのことを考え、美味しくて見た目も綺麗、ということを重視して野菜を作られているとのこと。
 
「遠くから見てもうちの荷姿だっていうのがわかるくらいにしようと。そういった意識で取り組んでいます」と、佐藤さんも答えます。

<マルチ資材が高騰していることから、いくつかの品目はマルチを使わずトンネルを増やす栽培に切り替えている>

家族で協力し合いながら国分寺の農業を支える佐藤さんの畑も、ちょうどこの3月の時期は作付真っ只中。
 
タネをまいたばかりの畝や、芽を出したばかりの畝もちらほら。快晴の空の下、綺麗に整えられた広い農園をみんなで歩くのも、とても心地よい時間になりました。

畑を見渡す空間で地元野菜「こくベジ」たっぷりランチをいただく:鈴木農園(国分寺市)

2つの農家さんを訪れた後は、いつの間にかお昼の時間。一行は、国分寺市北町の鈴木農園さんを訪れました。向こうに江戸の大動脈・玉川上水の並木が見える、広々と畑が広がる空間です。
 
シートが敷かれた畑の一角に机と椅子を設置し、国分寺の農家さんの野菜「こくベジ」(※)がたっぷり入ったお弁当をみんなでいただきます。
 
※「こくベジ」・・・国分寺市内の農家さんが販売を目的として生産した地場産農畜産物の愛称

<地元国分寺産の野菜を使ったメニューが自慢のcafe & bar FUTURE FLIGHT さんのお弁当。スープもついてボリューム満点>

本日のお弁当に入っている野菜は、豆類以外26種類全て「こくベジ」というこだわりよう。「端境期なのによく集めたなあ」と、「こくベジ」の運営に関わる南部さんも感嘆の声を上げています。
 
ちなみに、メニューはこんな感じ。
 
・旬野菜のベイクドテリーヌ チキンと豆の赤ワイン煮込み 新玉ねぎと豆腐ムース仕立てとグリル野菜を添えてさそ
・春菊といちごと甘夏 ホタルイカのバルサミコドレッシング
・ほうれん草とトマトとベーコン入り国分寺産卵のチーズオムレツ
・季節のミックスサラダ
・39穀入り松本製茶の雁金ほうじ茶ご飯
・トマトと卵のコンソメスープ
 
国分寺の豊かさを感じられるのはもちろんのこと、お弁当を作って下さったFUTURE FLIGHTのシェフの方の、地元素材や地元への愛が伝わるランチです。

<青空の下でランチ。遮るものが少ないので、ちょっと風は強いけど・・・>

ランチを食べながら、鈴木農園の鈴木雅之さんにお話を伺いました。
 
複数種類の野菜を作りながらも、様々な活動をされており、今回ランチを食べた場所では、大きな建物がなく360度夜空を見上げることができるので、ここにテントを建てて星を見る会も開いているとのこと。
 
また、食育の一環で周辺の小学生に畑の一角を解放する「学童農園」という取り組みや、飛鳥時代から作られている陸稲の古代米(赤米)の栽培を引き継ぎ、種を守るためにほかの仲間と共に栽培に取り組んでいます。

<一緒にお昼を食べながらお話を伺った鈴木農園の鈴木雅之さん。星とカメラにも詳しい。「春の星座は銀河だらけなんですよ」>

この時期は畑には菜の花しかないから、今日の弁当には鈴木さんの野菜はない、ということだったのですが、ランチの後に少し畑を案内していただきました。
 
菜の花が出てきている白菜のところにみんなを連れて行ってもらい、菜の花をみんなで試食。
 
畑には、白菜のほか、カブや大根など、アブラナ科の野菜の菜の花が咲き乱れていますが、どれも品種ごとに菜の花の味がちょっとずつ異なります。白菜なら、菜の花も白菜っぽい味。カブなら、カブっぽい味。大根なら、大根っぽい味。
 
「これは市場流通してないから農家しか食べられないんだよ。流通している菜花は菜花用の品種。」

<畑にある菜の花を摘んで、それぞれの味を食べ比べ。白菜の菜の花とカブの菜の花では、味が全然違う>

ちなみに国分寺や立川では、「うど室(むろ)」の中で白いうどを育てる伝統があります。このあたりの土でなければ、室でのうど栽培は難しいと言います。
 
近年は江戸東京野菜としても注目されており、昔に比べれば生産農家さんも随分と減ってしまったそうですが、鈴木さんの農園にもある貴重なうど室も見せていただきました。

<鈴木さんのお父さんが手で掘ったという「うど室」。元々5つあったそうだが、今はこの1つのみ>

このほか、鈴木さんからは、戦後の国分寺の一次産業の変遷、縄文時代はこの辺りも海岸だったことなど、長い時間軸に思いを馳せるお話を伺い、はるか昔からつながって今ここにいる意味を再認識させていただくひとときとなりました。

“三百年野菜”の誇りを届ける、笑顔を増やす直売所:清水農園(国分寺市)

<清水農園の清水雄一郎さん。着ているのはアパレルブランドのGAPが「こくベジ」の活動に共感し提供したロゴ入りユニフォーム>

続いて訪れたのは、鈴木農園のお隣にある、清水農園5代目の清水雄一郎さん。ご両親と奥様とともに、約1haの畑で少量多品目の露路野菜をメインに栽培し、直売所のほか「こくベジ」を通じて市内の飲食店・八百屋さん等に出荷されています。
 
ちなみに「こくベジ」には、「国分寺三百年野菜」という枕詞がついています。「三百年野菜」というのは、一体どういう意味なのでしょうか。
 
「元々この辺りは荒野で、人々は通り過ぎるだけの土地でした。向こうに玉川上水が見えるでしょ。この辺りは掘ると塩水が出てきちゃうので、江戸時代に多摩川から約40km、人工的に堀を作って、細い川をたくさん通したんです。それで生活用水ができて、ようやく人が住み着くようになった。それが約300年前。新田開発といわれるものです」
 
そうして道路(五日市街道)沿いに家が建てられ、その裏にそれぞれが畑を開墾し、屋敷林を植えていった歴史が。そのためこの辺りの農地は、南北に細長い畑が多いようです。

<この時期はハウスで夏野菜育苗の真っ最中。とうもろこし、ズッキーニ、カボチャ、レタス、ピーマン、トマトの苗などが並ぶ。寒さに弱い苗たちを保温して育てている>

そうして農家が立ち並んでいましたが、国分寺の農家さんたちがずっと野菜を作っていたわけではなく、戦前は養蚕、戦中は自分たちが食べるもの。戦後は植木を作ったり、大規模化して市場へ出荷したりなど、時代時代で変遷していきました。
 
ただ、そういった変遷の中で、自然と豊富な野菜ができる土が生まれたわけではありません。清水さんは、私たちをこんもりと堆肥の山ができている場所へと案内してくれました。

「防風のための屋敷林をたくさん植えているので、冬もどっさり葉っぱが落ちるんです。これを掃き溜めます。現在は、近くの大学の馬術部から馬糞をもらってこの落ち葉と混ぜて、発酵し終わったら堆肥として畑に戻す、というサイクルを作っています」
 
 
昔は、まだ清水さんの子供のころも、周辺で牛などを飼っている農家も多かったそうですが、宅地化の進行に伴い、現在は鶏以外の大型家畜を飼う家は1件もなくなったといいます。
 
「僕がこうして今堆肥を作っているように、昔の人は、荒地だったところを同じように葉っぱを集め、家畜の糞や、ひょっとしたら人糞も混ぜて畑に戻し、300年かけて美味しい野菜が採れる畑にしてきたという歴史があります。その思いを込めて、『国分寺三百年野菜 こくベジ』という名前でブランド化しているんです」

<発酵中の堆肥の一部。足元や地域にあるものを手間をかけて循環させることで、美味しい野菜がたくさんできるようになる>

続いて一行は清水さんの畑へと向かいます。ハウスでは夏野菜の育苗が行われているほか、畑にも江戸東京野菜の「のらぼう菜」やこれからが旬のスナップエンドウ、白菜の菜の花などが植えられています。

<ケヤキの枝を利用したスナップエンドウの支柱。収穫する手間がかかるから、そんなに大量には作れないという>
<育苗中の苗。後ろに青く見えるものは廃材となった畳で、畳の中のい草も役目を終えると堆肥として循環させている>
<花の部分を追って食べる伝統野菜の「のらぼう菜」を味見させてもらう>

清水農園さんの野菜のほとんどを販売しているという直売所は、畑のすぐ向こう側にありました。25年前に宮大工さんに建ててもらったという直売所は、なんだかとても可愛らしくて、機能的なつくりをしています。

<直売所は年間を通して経営しており、野菜が少ない時期でも何かしら収穫できるものを販売している。ご縁のある生産者さんの卵や柑橘なども並べられていた>

経営的に難しいといいつつも、「わざわざ足を運んでもらう直売所」であることには、清水さんにとっても、地域にとっても、大事な意味があるようです。
 
「うちの直売所は、お客さんが会話を楽しむっていうかね。ただ買って、帰っていくようなお店とはちょっと違うんです。本当の常連さんになれば、畑に枝豆を採りにいく時に、ちょっと直売所立っていてねって言って、店番をお願いするような感じですし。近所の子供達も、通りがかりにうちの母と話をしていくような人懐っこい子もいて、子供の見守りっていう意味でも、こういう直売所って役に立っているのかなと思うんです」
 
週末には遠方から、ドライブがてら買いにくるお客さんや、親子連れで来られるお客さんもいて、時期によっては畑に咲く野の花や、ブルーベリーを摘んでもらうといった楽しみも提供しているそうです。

<ほとんどのお客さんは自転車などで来店する近隣の方なのだそう。会話自体を楽しみにくるお客さんも多いに違いない>

 「こくベジ」自体は現在9年目。21店舗から始まった提携店も今は90店舗になるそうです。今回のツアーを案内している南部さんが仲間と立ち上げたNPOが飲食店のオーダーを取りまとめ、1件1件農家から集荷し、飲食店に配達するという仕組みです。
 
この仕組みのいいところのひとつは、NPOが間に入ることで、ただ取引がしやすくなっているだけでなく、飲食店と生産者、さらにその先の食べる人がつながりやすくなっていること。
 
「僕たちが、ほうれん草が出始めて柔らかくて美味しいですよっていうと、それを南部さんが飲食店に届けてくれたり、その先の食べてくれたお客さんが、『これ清水農園のなんですよ』って飲食店に聞いて、『じゃあ買いに行ってみよう」と直売所に来てくれたり。南部さんたち市民の方がいるから成り立っている仕組みで、他ではなかなか真似するのは難しいみたいですね」
 
プロジェクトが浸透することで、子供たちも「こくベジの農家さん」と呼んで親しんでくれたり、アパレル・メーカー・製菓店、などとの、企業連携の事例も多く生まれていることを伺いました。
 
「僕が作ったキャベツも、それまでは普通のキャベツだったんですけど、消費者の人が『こくベジ』のキャベツだね、国分寺産だねって、意識して食べてくれたり、扱ってくれたりっていうのが、すごくよくて。それで売価が単純に上がるということではないんですけど、皆さんの見る目や感じ方が変わるというのが、素晴らしいところだと思うんです。僕たち農家ももっと頑張らないといけないなって、モチベーションが上がりますね」
 
こうして大きな広がりを見せている「こくベジ」。後編の食卓会議レポートでは、南部さんの発表も交えた、地域の皆さんや参加者の皆さんの発表の様子を紹介します!

いいなと思ったら応援しよう!