スーパーローカルからつながろう、世界を広げよう。北海道の食と農を考えるトークイベントat 北海道ボールパークFビレッジ
「日本の食糧基地」と称される北海道。農業・漁業・畜産業の持つポテンシャルもさることながら、新しいスイーツブームの発信やワイン製造の特区認定など、多彩な食の取り組みが進んでいる地域です。めぐるめくプロジェクトは2023年5月23日・24日にかけて、この壮大な土地に赴き「北海道の食と農を考える」をテーマにしたトークイベントを開催しました。
会場となったのは、北海道北広島市に2023年3月にオープンしたばかりの「北海道ボールパークFビレッジ(以下、Fビレッジ)」。日本ハムファイターズの本拠地となる野球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」で野球観戦を楽しむのはもちろん、球場内外のフィールドで商業・観光施設の枠を超えた新しい価値づくりの試みが、まさに現在進行形で行われている“共同創造空間”です。
今回はめぐるめくプロジェクト事務局である三菱地所のワーケーション施設「WORK×ation Site」がFビレッジ内に新設されたことから、ワーケーション、トークイベント、スポーツ観戦までも楽しめるプログラムを企画。首都圏や道外ワーカー、道内消費者など2日間で約40名が参加したイベントの模様をレポートします。
※本イベントは、北海道・三菱地所・エコッツェリア協会による「ワーケーションパートナーシップ協定」の第1弾として実施。
食から始まる地域づくりの可能性
プログラムは施設の見学からスタート。運営している株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの大村さんにご案内いただき、球場内をひとめぐりしました。Fビレッジには農業学習施設や認定こども園、宿泊や温泉施設、ドッグクラン、北海道の食を満喫できる飲食街などが集まり、ビレッジの名のとおり一つのまち(コミュニティ集落)を形成。試合日は1万人、試合がない平日にも数千人の人が訪れるそうで、あちこちから高揚感が漂ってきます。
気になるワーケーション施設「WORK×ation Site」は……というと、ラウンジのバルコニーからはエスコンフィールド内を、オフィスからはFビレッジを一望できる開放的なつくり。好きな野球選手の話題や試合のゆくえ、Fビレッジ内で実践される企業とまちづくりのアプローチなどを糸口に、自然と参加者の会話もはずみます。
従来の“観戦する”から、“体験・体感する”ためのコンテンツが詰まった新感覚の野球場に参加者のテンションも高まってきたところで、トークイベントに突入。野球といえばビール!ということで、球場内の「そらとしばbyよなよなエール」に場所を移します。1日目は「食からはじまる地域づくり」をテーマに3名が講演。それぞれの取り組みや各地域の事例を紹介しました。
【登壇者のご紹介】
村岡 浩司 氏
(株式会社一平ホールディングス 代表取締役社長)
“世界があこがれる九州をつくる”を経営理念として、九州産の農業素材だけで作られた九州パンケーキミックスをはじめとする「KYUSHU ISLAND®/九州アイランド」プロダクトシリーズを全国に展開。九州/沖縄の広域経済圏で繋がってものづくり産業を支援する、共創・共同体マーケティング「九州アイランドプロジェクト」の運営リーダー。その他、様々な地元創生活動や食を通じたコミュニティ活動にも取り組んでいる。
→村岡さんにもご参加いただいたキックオフイベントの様子はこちら。
堀口 正裕 氏
((株)第一プログレス 代表取締役社長/TURNSプロデューサー)
総務省地域力創造アドバイザーなどを務める他、地域活性に関する講演、テレビ・ラジオ出演多数、全国各自治体の移住施策に関わる。
東日本大震災後、これからの地域との繋がり方や自分らしい生き方、働き方、暮らし方の選択肢を多くの若者に知って欲しいとの思いから、2012年6月「TURNS」を企画、創刊。「TURNSカフェ」や「TURNSビジネススクール」等、地域と都市をつなぐ各種企画を展開。
広瀬 拓哉
(三菱地所株式会社)
1985年東京都出身。早稲田大学大学院で建築/環境メディアを学び、不動産デベロッパーへ就職。オフィスビル・再開発事業等のハードの場づくりに10年間携わり、その後はコミュニティ創出などソフトの場づくりにも注力。日本の食と農の活性化を通じて、タベモノヅクリで地域づくりを目指す「めぐるめくプロジェクト」を立ち上げる。
講演会のトップバッターを飾るのは、めぐるめくプロジェクトの発起人でもある三菱地所の広瀬です。広瀬からは、本プロジェクトのビジョンや活動内容が紹介されました。「目指すのは、“農と食がめぐり続ける、やさしい世界”」と強調するように、めぐるめくプロジェクトの活動が見据えているのは、消費と生産・加工が分断される社会に“つながり”を創出し、食べ物づくりの循環を続けていくこと。現在は国内19地域までプロジェクトの裾野が広がり、地域の枠を越えて知識や経験を共有しながら、消費者と生産者・加工の間を埋めるアプローチを行なっていることを報告しました。
※めぐるめくプロジェクトを詳しく知りたい方は、こちら。
続いて、めぐるめくプロジェクトの地域拠点の一つである宮崎県から一平ホールディングスの村岡浩司さんの登壇です。村岡さんは九州7県を“ワンアイランド”とし、各地の資源や加工技術を掛け合わせる活動を続けています。取り組みの象徴でもあるプロダクト「九州パンケーキ」や、「MUKASA-HUB」といった場づくりの実践の様子を紹介。デジタル技術の進化によって世界がスーパーグローバルに向かう反対軸として、そこに行かなければ体験できない価値“スーパーローカル”の概念も提示。地域のなかで同じ思想性を持った人たちがつながることで、さまざまなビジネスを生み出せることが強調されました。
※村岡さんの活動を詳しく知りたい方は、こちら。
最後に、コンテンツやリアルな場づくりを通して、30年の長きにわたり地域を見続けてきたTURNSの堀口正裕さんが登壇。全国各地のワーケーション事例を中心に、近年の移住者ニーズについても触れました。地域と関わりたい人のなかでは「好きな場所で、好きな人たちと、自分自身のスキルや知見を自分のために活かしたい」との考えが増えつつあり、その価値観を持った人とマッチングできた地域がリピーター率を高めているとのこと。また、受け入れる地域側も場所の提供だけでなく、地域の人たちに喜んでもらえる関係性を構築できる人を選ぶ(ワーケーションを設計する)ことが成功の鍵になることが説明されました。
※TURNSについて詳しく知りたい方は、こちら。
今こそ、ローカルの情報が求められている
講演会に続いて、同じ登壇者で行われたクロストークでは、「地域の取り組みを広く認知してもらうためには」「全国とローカルメディアの果たす役割」「ローカル起点の情報の大切さ」など、地域からの情報発信を主軸に意見を交わしました。
村岡さん「地元のタウン情報誌って面白いですよね。即時性という意味ではSNSの力は強いけれど、発信したいものをしっかり伝えてくれるのは地元のタウン情報誌だと思います」
堀口さん「情報発信によって受け手とのミスマッチが起こったり、“炎上”する可能性もあります。ですが、自分のためというより地域のために活動し、志を持っている(村岡さんのような)人たちの周りではミスマッチが起こっていない印象です。どこに行っても人間関係の“いざこざ”は少なからずあるものですが、そこにフォーカスしないし、されないんですよね」
広瀬「そういった意味で、“村岡さんモデル”を地域に広げるためには、やはりつなげていくことに尽きるかなと思います。僕自身が皆さんのことを喋っても理解されるのには限界があるので、直接つながってもらうことを理想にプロジェクトの活動も行っています」
村岡さん「TURNSのような媒体を通して地域で活動する人を見ると、それぞれの情念や、取り組みの裏側にある『困難を超えてでも何かを実現しよう!』というパッションが伝わるから興味が湧いてくる。そんな人たちを、めぐるめくプロジェクトがつないでほしいし、お互いがつながっていきたいですよね」
堀口さん「“VS東京”ではなく、東京を含めたスーパーローカルの価値観が大切です。実際に、東京にもさまざまな価値観が集まっているんですよね。一つの町を知ると他の町での取り組みも認められますし、人口減少が進むなかではローカルの視点がさらに求められる時代だと思います」
最後にテーマの総括として、北海道やFビレッジの可能性をパネリストそれぞれが語りました。
広瀬「温暖化により産地が変化していることもあり、北海道が担う役割や価値が今後さらに増えると考えています。東京から訪れると“北海道”という大きなくくりで捉えがちですが、道内それぞれのまちの彩りを活かしていく必要もありそうです。北広島市、そしてFビレッジが北海道の魅力を発信する場所になってほしいですね!」
村岡さん「北海道に世界に誇れる球場ができていることに驚くとともに、これだけ大きなものを表現する産業軸がありつつ、“まち”としての営みがあるのは尊いことですよね。めぐるめくプロジェクトではこういった取り組みを発見し、訪ね、語り合う旅が日本中でできる予感がしています」
堀口さん「北海道はコミュニティが多彩で、情報発信が上手なところが素晴らしいと思います。TURNSでは移住の視点から事例を取り上げていますが、北海道のさまざまなコミュニティが紹介できそうです。今からどんなふうに北海道を発信していけるか企んでいます(笑)」
地域メディアとしてのサケづくり
イベント2日目は「地域メディアとしてのサケづくり」をテーマに、全国各地で酒づくり・まちづくりに取り組んでいる3名が登壇。各醸造所で仕込まれたお酒が振る舞われ、参加者は舌鼓を打ちながらお酒づくりのストーリーに聞き入りました。
岩崎 秀威 氏
(株式会社積丹スピリット)
1978年北海道出身。大学時代に土と植物を研究し、大型園芸施設の管理者を経て、2019年8月積丹スピリット入社。2020年2月、Lone Wolf Ginを手掛けるBrewdog Distilling Co.にてスピリッツ製造の技術研修を行う。2022年現在、ボタニカル生産とスピリッツ・リキュール製造を担当。酒のブレンドを音楽のミキシングに見立てた独自の手法を追求している。
新村 銀之助 氏
(上川大雪酒造株式会社 クリエイティブディレクター/緑丘工房株式会社 執行役員兼チーフクリエイティブオフィサー)
静岡県焼津市生まれ。上川大雪酒造創業前よりプロジェクトに参画。2016年の上川大雪酒造株式会社の創業よりクリエイティブ及びブランディングデザイン、オンラインショップ及び直営ショップ業務の責任者。
岡住 修兵 氏
(稲とアガベ株式会社)
1988年北九州市出身。神戸大学経営学部を卒業後、秋田県・新政酒造で酒造りを学ぶ。その後、秋田県大潟村の自然栽培のパイオニア農家でお米づくりを学んだのち、東京都・木花之醸造所で初代醸造長を務める。2021年に秋田県男鹿市に「稲とアガベ醸造所」をオープン。無肥料無農薬の自然栽培米を「あまり磨かずに」用いて、新しいジャンルのお酒「クラフトサケ」造りを行うとともに、完全予約制のレストラン「土と風」を経営。
2日目の講演トップバッターは、株式会社積丹スピリットの岩崎秀威さんです。岩崎さんは北海道積丹町で「香る、飲める積丹を目指す」をビジョンに掲げ、地域の植物や森林を活用し、原材料となるボタニカルを自前で育てながらジンを製造。地域を表現するメディアとしてジンを位置付け、ジンを取り巻くイベントや歴史的建造物を活用した場づくりにも尽力しています。「一番やりたいことは、原料となる苗木を育て、未来の森を創ること」と岩崎さん。ジンの原料となる植物を育てるイベントを通して、地元の子どもたちにも製造の一旦を担ってもらうことで、大人になった時にまちに戻りたくなるような仕掛けづくりにも挑戦中だそうです。
※岩崎さんの活動を詳しく知りたい方は、こちら。
続いて登壇したのは、同じく北海道から日本酒を通して地域を発信している上川大雪酒造株式会社の新村銀之助さん。酒造会社や酒蔵が全国的に減少するなか、日本酒の製造を休止していた三重県の酒造会社を2016年に北海道上川町に移転し、帯広市と函館市にも酒蔵を設立。地元産の酒米や水を活かした酒づくりと、お酒を取り巻く素材(酒蔵や醸造技術、副産物など)をベースに「どうすれば地域が活性化するかを考え続けています」と語ります。地元でしか飲めない「地元還元酒」のほか、酒粕を活用したプロダクトや飲食店とのコラボレーション、地元大学や高専での酒造講義など地域との多彩なつながりが紹介されました。
※上川大雪酒造について詳しく知りたい方は、こちら。
講演のラストを飾るのは、秋田県男鹿市でサケづくりに取り組む、稲とアガベ株式会社の岡住修兵さんです。岡住さんは日本酒の製造技術をベースに副原料をプラスし、新しい味わいのサケづくりに挑んでいます。現行のルールでは日本酒製造の新規参入ができないため、“なければつくる”逆転の発想で「クラフトサケ」という新ジャンルを確立しました。醸造所と共にスタートしたレストランを起点に、地域に足を運ぶ仕掛けをつくるほか、酒粕を活用した発酵マヨの製造、地域にラーメン屋や宿泊施設を復活させる取り組みも精力的に実施。「まちとして当たり前にある機能を取り戻したい」と地域に寄せる思いを語ってくれました。
※岡住さんの活動を詳しく知りたい方は、こちら。
酒文脈での企業や地域はつながっていける
クロストークでは登壇者3名とともに(株)ファイターズの大村さんも加わり、酒文脈での他地域とのつながりや、企業との連携方法についてディスカッションしました。話題はイベント会場の運営も担っている「ファイターズと酒のコラボレーションの可能性はあるか」から、企業と酒のつながりにまで及びました。
大村さん「ファイターズでは業界・業種を問わず、さまざまな企業との連携を考えています。お酒であればファイターズのロゴを提供したり、ライセンス商品としての販売が進めやすいのではないでしょうか。PRはファイターズの強みですし、クラウドファンディングに関わらせてもらって開発資金を集めるなど、ご協力できる術はあると思います」
岩崎さん「積丹スピリットではOEM商品も製造しているので、ぜひお願いしたいですね(笑)」
新村さん「とても可能性を感じますね。他にも連携という視点で言うと、例えば東京駅にあるはせがわ酒店のような集客性のある企業と共に、地域を発信していけるのではないかと思います」
岡住さん「私たちのところで他地域との連携を考えた場合、クラフトサケの副原料を活用することができるのではないかと考えています。例えば、ファイターズさんとのコラボであれば、Fビレッジのある北広島市の名産品などを使わせてもらう形で新しい商品を作っていけそうです」
そして、トークはお互いの酒造りへの質問や感想、今後の取り組みの可能性について広がります。同じ「酒」に向き合う者同士だからこそ飛び出した質疑応答も。
岩崎さん「ところで、岡住さんの会社名でもあるアガベ(植物)からつくるメスカル(蒸留酒)と組み合わせた酒づくりはされているんですか?」
岡住さん「クラフトサケという文脈では、味に影響がない範囲で組み合わせたいと思っています。ただ、それだけでは面白みがないので、アガベたっぷりの酒づくりも検討していて。メキシコのプルケという醸造酒のような酒です。これを蒸留すればメスカルに近いものになるのではと考えていて、現在検討を進めている蒸留所ができたらチャレンジしたい一つです」
新村さん「岡住さんの『まちに当たり前の機能を取り戻す』ための宿泊施設や飲食店をオープンする取り組みは、実は我々の取り組みとも重なる部分が多くて共感しています。地域で高齢のためリタイアすることになった方からホテルを譲り受けてリノベーションしたり、酒粕を使ったラーメンを作っていたお店と連携してプロダクトを作っています。こういった取り組みは良いご縁のなかで広がっているので、大切にしていきたいですね」
岡住さん「お二人の取り組みにヒントがたくさん詰まっていて、私も真似しようと思いました(笑)また北海道を訪れて、道内の他の町にも足を運んでみたいです」
“可能思考”が生まれる場
首都圏や道外で働く方、道内消費者まで約40名が集った今回のイベント。道外の参加者からは「北海道の開放感に刺激を受けました。場所が変わることで、こんなにひらめき・アイデアが生まれることに驚いています」との声が。ワーケーションをきっかけに、そこに集まる多彩なバックグラウンドを持つ人たちとの関わりのなかで、人は“可能思考”になれるということを感じた2日間でした。
そして、同じ日本、地域や文化圏に暮らしていても、まだまだ知らない魅力や可能性があちこちに眠っていることを再認識したイベントでもありました。めぐるめくプロジェクトが次に開く扉は、どんな地域でしょうか。今後の活動にもご期待ください。