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友人M伝説

あなたの周りにも、「あいつ、つくづくすげーな」と感心する友達が1人くらいはいるのではないか。恋愛感情や性欲での結びつきじゃないからこそ、その感心は客観的で信用に足る…と言える気もする。


Mに出会ったのは18歳のとき。東日本大震災を経て1か月遅れで大学に入学した私は、マンモス校だったこともあり高校とは比べものにならない人の多さに慄いていた。その中でもうっかりマンモスサークルに紛れ込んでしまい、そこにMはいた。


ある日、サークルの女子何人かで飲み会をしようということに。この日にしようか、と決まりかかった日がMの学部のクラス飲み会とバッティングしていた。そして彼女はこう言い放った。


「うーん、でも大丈夫!その日にしよう。クラス会つぶしとく!」


耳を疑った。クラス会ってつぶせるの? 自分だけ欠席にするとかじゃなくて? そう、Mは天性のコミュ力モンスター、生粋のガキ大将気質だったのだ。


 Mのコミュニケーション能力を持ってすれば、不可能は可能になる。14年ほど友人としてMと過ごす中で、私は数々のシーンを目撃してきた。書き残さなくともMと関わった人々の記憶にはその衝撃は残るだろうが、今日はあえてその一部を書いてみたいと思う。


ドライブスルーを歩いて注文

アメリカはシアトル。旅行中、モーテルに泊まって昼に起きた私たちはおなかがすいていた。

Mと私は近くのマクドナルドに行こうとなったのだが、カウンターで注文しようとすると、なぜかその時間帯はドライブスルーしか受け付けてないという。なんでだよ。


とはいえここはアメリカだし、まあよくわからんこともあるか。私は諦めて別の店を探そうかと思っていると、Mはおもむろに外に出て、ドライブスルー専用レーンを徒歩で進みだした。オーダー用のスピーカーの前に立ち、「Excuse me~!」と、さっきカウンターで話した店員に話しかけると、なんと普通にオーダーできた。

「無理って言われたし……」などと日本人丸出しであきらめていた己を恥じた。別の道にドアがあればとりあえず叩いてみる。そしたら案外すんなり開くこともあるんだな。

ポテトをむさぼりながらそんなことをぼんやり思った。



激混み新幹線で3人の並び席をゲット

とある休日、Mと友人A、私の3人で熱海日帰り旅行に出かけた。帰りは新幹線の自由席を取ったのだが、日曜の夜の東京行きはほぼ満席。自由席車両を練り歩くも、3人どころか2人並びの席すら空いていない。

諦めムードの中、やっと見つけた空席はこんな感じ。

「Aとればさしはそこ座っていいよ」と2人並びの席をゆずってくれ、1つ後ろの席に座ったM。少しするとMが小声で「もしかしたら前の人知ってる人かも」と話しかけてきた。

私たちの通路を挟んで隣の男性は爆睡中。少し目覚めたタイミングを見計らってMが彼の肩をつんつんとすると、やはり知り合いだったらしい。友達どんだけいるの。

男性は爆睡シーンを見られたことに照れつつも、1つ隣の席にずれてくれて、私たちは無事3人並びの席に座ることができた。

こんな混んでる新幹線でも、コミュニケーション力は不可能を可能にするんだなと感心した。



駐車場ではない場所に駐車場を生み出す

これは私が実際に見たわけではなく、人づてに聞いた話だ。

Mが大学の友人グループで旅行に行ったときのこと。人気観光地のピークタイムで駐車場はどこも満車。レンタカーを泊める場所がない。

途方に暮れる中、Mは個人経営っぽい洋菓子店を発見。すかさず店員の老夫婦に話しかけ、瞬く間に打ち解け、洋菓子店の前の空きスペースを駐車場として使わせてもらうという交渉を成立させたという。

駐車場がなければ、駐車場じゃないところを駐車場にすればいいんだ。

コミュ力のマリーアントワネット。私のお気に入りのエピソードだ。



北陸で開催した合コンの情報を東京で把握する

Mを含む仲の良いメンバーで女子会をしていたときのこと。その内の1人であるYが少し遅れるというので、先に飲んでいたのだが、Mの元に穏やかでない情報が舞い込んできたという。

Yの彼氏は北陸地方で転勤しているのだが、何と同じ県で働いているMの友人が行った合コンにYの彼氏がいたのだそうだ(2人は知り合いではない)。Mの友人がたまたま「こないだ合コンあったんだけどさー、●●社の人たちで」と見せた写真にYの彼氏が写りこんでおり、Mは内心「あっ」となった。しかも主催はY彼だったらしい。

Yの彼氏は恋愛経験が少なく、Yが初めての彼女。Yのことが大好きなのは傍から見て明らかだったが、とはいっても20代男性。合コンとか行ってみたいという気持ちもわかる。

さすがに北陸で1回くらい合コンに参加したって東京にいるYにはバレないはずだ。お持ち帰りしたとか、その後につながることがあったわけでもないみたいだし。

だがしかしその考えは甘かった。Mのネットワークを持ってすれば、新幹線や飛行機の距離の合コン情報も耳に入ってしまうのだ。私たちはMの驚異的情報網に「悪いことはできないね」と爆笑しながらも、Yにはこのことは黙っておくことにした。Yの彼氏とはみんな面識があって、悪人とは思えなかったからだ。

数十分後、Yがプリプリしながら現れた。

「ねえ~、聞いて!彼氏が合コン行ったっぽいんだけど!なーんか態度がちょっとぎこちなかったから問いただしたら、合コンみたいなの行ったって白状してさ!詳しくは教えてくれなかったんだけど」

心の中で顔を見合わせる他のメンバー。ごめんY、みんな知ってるんだ……。みんなでYの気の済むまで彼氏の悪口を言って、まあでも1回くらいだし今回はしょうがないという結論に。その後2人は結婚したので、詳細を漏らさなかった我々にYの夫は感謝してほしい。

(なんかこのエピソード、出てくる単語が“女子~!”って感じだけど、20代半ばとかの時のことなので勘弁してほしい)



言われて一番嬉しい言葉が咄嗟の場面で出る

Mとの共通の友人がM-1グランプリに出場するということで、2人で応援がてら予選を見に行くことになった。

私は昔からたまに劇場に行っていたり、割とお笑い耐性がある方だと思う。しかしMはそのメジャー気質ゆえに触れてきたカルチャーもメジャーなもの、ハッピーなものがメイン(好きなアーティストはMISIAと平井大)。観に行ったのはたしか2回戦くらいで、出場者はかなり玉石混交というか、何でもありというか、そんな感じ。もちろんそのごちゃまぜ感こそが、2回戦とかを観に行くおもしろさなのだけど。

中には容姿を自虐して笑いを取ろうとしていたり、見ていて少し痛々しいコンビもいたりして、それに対してMは少なからずショックを受けていた。


ブルーになっていくMだったが、救世主ともいえるコンビが登場した。「インディアンス」だ。今やM-1決勝常連の人気芸人。ひまわりを胸ポケットに携えて、底抜けの明るさでボケまくる田渕さんに、Mと私は心から笑った。「この人たちはおもしろかったね!」というMを見て私は安心した。Mがお笑いを嫌いにならなくてよかった。


友人コンビの出番も終わったので少し早めに抜けた私たちがエレベーターに乗ると、何と田渕さんも1人で同じエレベーター乗り込んできた。あっ、と私が思った瞬間には、Mはこう言っていた。


「あーっ!今日一番おもしろかった人だ!!!」


ここまで、M-1を戦い終えた芸人が観客に言われて嬉しい言葉ってあるだろうか。この言葉の何がすごいかというと、「インディアンスの田渕さんですよね!」などコンビ名や名前を言っていないことで“私は知らなかったけどネタが純粋におもしろかった”ということが伝えられるのだ。これを脊髄反射で言えるんだから、才能ってそういうことだ。素人が「コミュ力アップ術」みたいな本を読んでどうこうなるもんじゃない。


田渕さんはめちゃめちゃ明るく「そうでーす!一番おもしろかった人でーす!」と返してくれた。太陽の会話。まぶしい。太陽の様ではない私の網膜に、その光景は刻まれ、目を閉じたら浮かび上がる光のように焼き付いた。




Mと私は似ていない。似ていないからこそ彼女の特異性に、ビビッドに衝撃を受けられている気もする。

これからも友人兼伝説の語り部として精力的に活動していきたいと私は思う。

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