子育ての卒業
ちょっと昔の話。今から10年以上も前の春の話です。
4月末の入社から約1ヶ月たった頃。入社して最初の月は社会人のイロハを学ぶための様々な研修を受けた。名刺交換の仕方だったり、ワード・エクセルの基本的な使い方だったり。そしてウチの会社では当時の会社のトップである会長から会社の価値観、そして社会人の価値観についての講習を受けた。
そんな会長講習の最終日。その日はまさに社会人になって初めて収入を手にする給料日だった。同期と「どこに飲みに行こうか?」なんてウキウキ気分で盛り上がってた。そんな時に会長がこんな話をはじめた。
「今日は講習最終日。最後に皆さんに伝えたいことがあります。今日、皆さんは社会人になって初めての給料を受け取りますね。記念すべき初給料から、ぜひご両親にプレゼントを贈って下さい。そしてこの機会にご両親に感謝の気持ちを伝えましょう。」
この話は仕事と直接関係のない話。急にどうした?とも疑うこともないフレッシュな私はこの話を聞いて、純粋にふとやってみようと思った。
就職を機に地元を離れて上京した私。今振り返れば、慣れない土地と仕事に対する不安でいっぱいだった。と思えばテレビでしか見たことなかった世界が広がる東京に感動と興奮をしていたりと刺激の多い新生活だった。そんな自分のことでいっぱいいっぱいだった時に「親への感謝」という気持ちは、誰かに言われなければ、たとえ自分の片隅にもっていたとしても気付くことは出来なかっただろう。
親にプレゼント。そういえば学生の頃を振り返ったってしたことがないなあ。なんて考えながら、せっかくだから言われた通りにやってみた。
インターネットで検索し、ちょっとしたお花と手紙を添えて、実家宛に送った。
そうしたら言われた通り、というか想像以上にとても喜んでくれた。正直、こんなに喜ぶのか!というくらいに。
今、自分が親になって分かったこと。それは親というのは子供の想像以上に子供のことを常に案じているんじゃないか、ということ。
そういう親心も分かっていなかった当時。ある意味で言われた通り、とりあえずやってみるか、という軽い気持ちでやったことではあったが、今では本当にやって良かったと思っている。
親孝行、と聞くとなんか親に旅行をプレゼントしたり、もっと大げさになると家や車をプレゼントしたりと、何か金銭的なものを還元することとセットに感じられる。
本心は分からないが実はそういったものよりも、親が感動するのは「育ててくれてありがとう」とシンプルに子供から親に対して、「あなたの親の業として与えてくへたものをちゃんと受け取りました」という確認が出来た時なのかな、と私は思う。
それを初任給というタイミングにお花のプレゼントという形で伝えられたことになったのかな。親としては、ある意味で子育ての卒業を迎えたような気持ちだったのだろうか。それは私にも分からない。
しかし、一個だけ後悔していることがある。それはポストカードのデザインだ。20代、学生上がりの私は安易に母への手紙といえばピンクのカーネーションだという世間の刷り込みに甘んじて、ゴリゴリに一面ピンクのカーネーション柄のポストカードをチョイスしてしまった。
そしたら、まさか母親がそのポストカードを額縁に入れて大事に飾ることになるとは。全く想像もしていなかった。若気の至り、とも言えようか...。
あれから10数年、今でもその手紙がリビングの棚に飾られている。実家に帰る度、私は心の中で叫んでしまう
「オカン、もう分かったから勘弁してくれよー!」
この手紙を見る度、恥ずかしい思いをする羽目になった。まあ良いことをしたのだから悪い気はしないけれど。
「両親への手紙の柄は無難なものを選ぶべし」
私からのささやかなアドバイスをおくりたい。