シミュレーションレンズ体験と学習への配慮の具体例
シミュレーションレンズとは、晴眼の方が着用することで、弱視の方の見え方を体験できるものです。
盲学校では、新転任対象にシミュレーションレンズを着用した弱視体験の研修もよく行われます。「眼球構造(見え方の仕組み)と視機能について」や「弱視の見え方と主な眼疾患について」で学んだ内容を、体験を通して確認するのです。
混濁や視野狭窄、中心暗転などを複数重ねたり左右異なったりで体験できるレンズを着用し、文字を書いたり読んだり、色を塗ったり、ハサミで切ったり、ボールを投げあったりという体験をしてもらい、最後に具体的な配慮を伝えています。
今回はそんなシミュレーションレンズ体験研修の内容をお伝えします。
(画像は日本点字図書館わくわく用具ショップより)
シミュレーションレンズはなかなか高価です。
盲学校や視覚障がい者団体では研修用に貸し出ししているところもあるかと思いますので、気になる場合は問い合わせて見てください。
また日本ライトハウス情報文化センターで、お求め安いロービジョン体験キット(中心暗転・白濁・視野狭窄の3種類)も販売されています。
(画像は日本ライトハウス情報文化センターより)
日本光器製作所でも白内障体験用メガネが販売されていました。
(画像は日本光器製作所より)
また弱視の見え方をカメラを通して体験できる見え方紹介アプリや色弱の見え方を体験できる色のシミュレーターというアプリもあります。
では、シミュレーションレンズ体験の内容に入っていきます。
シミュレーションレンズ体験
1 名前を書く体験
名前を書く場所が、括弧だけだと視野が狭い場合どこに書けばいいのかわからなくなるので、下線を引く、枠を示すなどの配慮があります。
書く部分が触ってわかる、サインガイドやタイポスコープも有効です。
(画像は桜雲海より)
(画像は加齢黄斑ドットコムより)
2 色を塗ったり、ハサミで切る体験
線は太くてはっきりしてる方がよくわかります。中身も黒塗りだとコントラストがはっきりし、よりわかります。それでもはみ出してしまうのですが。
特にハサミはカチンと閉じ切るとどこを切っていたのかわからなくなるので、刃の根本を使って細かく切っていく意識がとても大事です。
3 写真や図を写す体験
何もない白紙に写すのは大変です。
縦線や横線などのグリッド(基準線)があると目印になり写しやすくなります。
特に写生などは映像をつなぎ合わせる難しさがあり、配慮が必要です。
4 文字を読む体験
文字は基本的に線が太くてはっきりしているゴシック体で、ポイントの大きい方がよくわかります。
ただし、「書」や「瀧」など横線の数の多い感じは、かえって見にくくなります。
また視野狭窄の場合、文字が大きすぎると視野からはみ出してしまうこともあります。
それ以外にUDフォントの紹介もしています。残念ながらうちの学校では対応していないのですが…
5 文章を読む体験
眼振や視野狭窄などからある場合、どの行を読んでいるのか、次の行はどこががわからなくなることがあります。
タイポスコープが有効ですし、速読のために行を確認するスキルを習得する必要もあります(レンズや拡大読書器も同様)。
(画像は加齢黄斑ドットコムより)
(画像はVISON CARE キクチより)
また文字が大きいということは、一度に見える情報量が減るということでもあるので、読速度なども参考に場面に応じた適切な文字のフォントとポイントを選定する必要があります。
6 問題を解く体験
選択肢はなるべく一行に、また縦に記号が並ぶように注意しましょう。
下線部①なども、何ページ何行目と示してあると膨大な本文から探す負担が減ります。
7 キャッチボールする体験
特に視野狭窄だけだと最初は普通にキャッチボールができますが、視野から消えると途端に見失ってしまうことに気づいてもらいます。
(画像はいらすとやより)
見えないことはどんなことか
見えないということはどういうことなのでしょうか。
視覚障がいは情報障がいとも言われます。人間は眼から80〜90%の情報を得ていると言われています。
見えないことには以下の3つの困難さがあると言われています。
①知識の獲得や経験を広げていく上での制限
視覚情報が制限されるので、情報量が少なく知識や経験が増えません。また見て模倣することが難しく、技能の獲得には時間がかかります。
②移動の困難さ
視覚からの情報が制限されるので、移動の困難さがあります。
③人や物や環境に関わっていく態度を育てる必要があること
視覚情報は眼をつむらない限り否が応にでも入ってきます。耳からの情報もそうです。しかし、見えない子たちは実際に知識や技能を獲得するためには、手で触ったり、質問したりといった能動的な態度が必要になりますが、視覚刺激がないので、遊びの中で自分から情報を得ていく態度をじっくりと育てる必要瀬があります。
視覚障がいの中でも弱視児は、「もの言わぬ弱視児」と言われます。
それなりに見えて動けるので、周囲の人から見過ごされていることが多いです。
そして、晴眼者の見え方がわからないこと(見えにくい自分の見え方=普通と思っている)や集団の中で自分ひとりだけが「見えません」と訴えるのはなかなか負担が大きいことから、自分の見えにくさや困難さを訴えることができません。
それなのに理解や配慮のないままに「なぜできないんだ」と叱られることもあるのです。シミュレーションレンズ体験はそんな弱視児の心理を体験する意味もあります。
ただこのシミュレーションレンズ体験は、あくまでも見えている人が突然見えなく(見えにくく)なった状態を体験するものです。慣れない方には恐怖心を感じることも多いかと思いますが、盲学校の子どもたちはその見え方でこれまで生きてきましたし、その見え方でどうやって学習や生活をしていくのかを学んでいきます。その恐怖心は忘れないようにしつつ、この恐怖心では何もできないに違いないと過度に手厚く支援するのではなく、見えないからどうすればいいのかを具体的に提示する関わり方を大切にして欲しいと思います。
学習への配慮の具体例
1 書くこと(板書の視写、教科書やプリントの転写、漢字など)
①見やすい板書の工夫(書き出し、ページ数を明示する、チョークの赤と青は厳禁、事前に板書計画プリントを配布するなど)。
②単眼鏡やルーペを活用する(選定や素早く使用するための訓練が必要)。
(画像はVISON CARE キクチより)
③姿勢保持のため書写台を使用する(特に緑内障など眼圧への配慮が必要な場合)。
(画像はamazon.co.jpより)
④拡大読書器やPC、iPadなどで必要なサイズに拡大し、また白黒反転などコントラストをはっきりさせる。
⑤漢字は部首などのパーツで伝えると構造を理解しやすい(ミチムラ式漢字学習法など)。正確に写すためにビジョントレーニングも有効。
⑥初見の漢字は拡大し、トメハネがわかるよう明朝体や教科書体がよい。
→本人のみやすさや使用目的に合わせたフォントやサイズを選択することを大事にする。
2 描くこと(観察図、写生、作図など)
①写生には映像をつなぎ合わせる困難さがあるので、イメージが持てるように具体物を用意する。
②実物をiPadなどで撮影し、拡大縮小して、全体像のイメージと細部の確認をする。
③画像に枠線(グリッド)をつけると写す際の目印になり、写しやすくなる。
④書いた部分が盛り上がるレーズライターを使用すると、書いた線などが触って確認できる。
(画像は点字学習を支援する会より)
⑤定規、コンパス(ぶんまわし)、分度器などの器具は最初に使い方を丁寧に説明し、時間をかけて練習する(白黒反転や凹凸や穴のある見え方に配慮した商品の活用)。
(画像は点字学習を支援する会より)
(画像はTwitter@VisonSupport3より)
⑥グラフは境界線を入れる、線の太さを調節する。
3 読むこと
①漢字の習得と語彙の豊富さが読速度につながる。
②本人の見やすい「フォント」「ポイント」「行間」で教材を作成する。
→ゴシック体が見やすいケースが多いが、画数の多い漢字などは潰れて見えることもある。明朝体や教科書体、株式会社モリサワのUDフォントなどあくまでも本人の見やすいもので。
→拡大すれば良い訳ではない。一定の視力がある視野狭窄の場合は、ポイントが小さかったり距離を離すほうがいいこともある。逆に中心暗転の場合は、拡大したり近くで見るほうがいいこともある。
③行がわからなくなる場合、タイポスコープや下敷き、定規などで次の行を隠す方法もある。
(画像は加齢黄斑ドットコムより)
→教科書などはマルチメディアデイジー(音声のサポート、行をマーカーで明示、文字や絵の拡大ができる)を活用してもいい。
(画像はYouTubeより)
④色覚にも配慮し、コントラストのはっきりする組み合わせを使用する(黒板に赤チョークは厳禁)。
⑤拡大読書器やiPadなどで拡大したり、白黒反転にすると見やすい場合が多い。
⑥表やグラフの情報量は精査し、簡潔にする。
⑦地図は、1枚に大量の情報があると混乱するので、地形・都市・自然・気候など同じ地図を複数枚に分けて提示する。また目的に応じて地形などはなるべく簡略化しシンプルなものを提示する。
→帝国書院の「みんなの地図帳〜見やすい・使いやすい〜」は情報が精査されたシンプルな地図帳でおススメです。
(画像はamazon.co.jpより)
⑧書写台や卓上ライト、遮光カーテンなどの環境調節。
4 見ること(観察、測定など)
①実験や調理実習では時間をかけて丁寧は事前説明を行う。
②数字が大きい、印がついているなど見やすいわかりやすい目盛りのものを使う。
③感光器(音の高低で光の強さを知らせる)、カラートーク(色を音声で知らせる)、音声キッチン秤、音声メジャーなど視覚情報を音声情報に変える機器やアプリを活用する。
④高熱や燃焼など近づいて見ることが危険な場合は、ビデオカメラやiPadなどの撮影録画機能を活用する。
5 作業すること(図工、家庭科、理科など)
①実験や調理実習では時間をかけて丁寧は事前説明を行う。
②ハサミやカッターは使いこなすまでに時間がかかる。
→最初に慣れるまでの指導を丁寧にする。慣れればひとりでできるようになることが大半。
便利なグッズについては、別の記事、見えにくい人のための便利グッズ その1などで紹介しています。
また板書やプリントなどについては、別の記事、板書・プリントとノートの話「赤のチョークはダメですよ」「シンプル イズ ベスト」でも紹介しています。参考にしてください。
まとめ
一番伝えたかったのは「見えないから、全くできないことはほとんどない」ということです。
もちろん困難はあるし、子どもによって到達できるゴールは異なります。
けど、環境を整えたり、便利な機器を使ったり、具体的な方法を身につければ大抵のことはできるようになります。
怖いのは視覚障がいをよく知らない初めての人が、善かれと思って手助けをしてしまい、子どもが学習したり練習したりする機会を奪ってしまうことだと思っています。
でも、視覚障がいに慣れるにつれ、きちんと配慮せず、なあなあで子どもに無理を求めてしまうようになってしまうこともあります。
要はバランスの問題なのですが、「そのバランス感覚が一番難しい。これこそが一番大事な専門性かもしれない」と全盲の先輩教員と話して盛り上がりました。
弱視の方の見え方は、視力や視野、色覚、羞明、夜盲など一人ひとり違います。
この記事が、一人ひとりに合わせた配慮の参考になればと思います。また進学や企業就労を目指す場合は、それらの配慮を本人が求めていけるようになっておくことも必要になります。
最後に、日本盲人会連合の「見えづらい・見えにくい人のくらし」では実際に見やすい文字や日常で困っていることの具体例とその違いが記載され、弱視の見え方が一人ひとり違うことがリアルに実感できます。参考にしてみてください。
表紙の画像は株式会社イナミホームページより引用しています。