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特別支援学校からの発信「マルチ知能を活用した多様な学び方」

『「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して(奈須 正裕/伏木 久始/大豆生田 啓友/加藤 幸次/佐野 亮子/松村 暢隆)』という本の「第11章 多様な学び方を許容できる協同学習(涌井 恵)」で紹介されていたマルチ知能を活用した授業の実践例が特別支援教育で幅広く活用できそう!と思いましたので紹介していきます。


協同学習とは

協同学習について、今回紹介する涌井先生の本文中では、次のように定義されていました。

ジョンソンら(Johnson,Johnson & Holubec,1993;2002)は,協同学習とは,学習者を小集団に分け,その集団内の互恵的な相互依存関係をもとに協同的な学習活動を生起させる指導技法のことであると定義している。互恵的な相互依存関係とは,目標,報酬(賞やご褒美),教材,役割などについて互いに協力を必要とするような関係のことを指す。

小中学校で伝統的に取り組まれてきた協同学習。僕自身もペア学習や班活動などを経験してきました。

ペア学習

(画像は土庄町立土庄小学校より)

グループ学習

(画像はNITS独立行政法人教職員支援機構より)

最近は「個別最適な学び」という言葉を至るところで目にします。個別最適な学びは、同じ授業の中でそれぞれが違う課題に取り組むことや、自分自身の特性や得意不得意に対応した学び方を選択するなどの内容がイメージされるかと思います。

本の他の章では、子どもたちが自分のペースで学びを進める自由進度学習や、継次処理や同時処理など得意な認知に合わせたワークを用意して子ども自身が選択した課題に取り組むなどの実践がたくさん紹介されていました。

「個別最適な学び」については、「指導の個別化」と「学習の個性化」に整理されており、児童生徒が自己調整しながら学習を進めていくことができるよう指導することが重要性だと、令和3年度文部科学省答申で説明されています。

全ての子供に基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させ、思考力・判断力・表現力等や、自ら学習を調整しながら粘り強く学習に取り組む態度等を育成するためには、教師が支援の必要な子供により重点的な指導を行うことなどで効果的な指導を実現することや、子供一人一人の特性や学習進度、学習到達度等に応じ、指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うことなどの「指導の個別化」が必要である。
基礎的・基本的な知識・技能等や、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力等を土台として、幼児期からの様々な場を通じての体験活動から得た子供の興味・関心・キャリア形成の方向性等に応じ、探究において課題の設定、情報の収集、整理・分析、まとめ・表現を行う等、教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が学習が最適となるよう調整する「学習の個性化」も必要である。

本の中ではそんな「個別最適な学び」だけでなく、それが「共同的な学び」と組み合わさることで、自分だけでない多様な視点の獲得や新たな発見などより深い学びに繋がることが解説されていました。

 多数の協同学習に関する研究を行ってきたジョンソンら(Johnson,Johnson & Holubec,1993;2002)は,単にグループで学習するだけでは協同学習とはいえず,真の"協同学習"を実現するためには,次の5つの基本的な要素を満たすことが必須であると指摘している。
 協同学習の基本的な要素とは,①お互いに恩恵を与え合ったり,お互いに役割を果たしあったりしてこそチームの目標が達成されるなど,学習のめあてや教材、役割分担等に互恵的な相互依存性(positive interdependence)があること,②子ども同士で互いに高めあうような対面的なやり取りの機会が十分にあること,③個人の責任がはっきりしていること,④ソーシャルスキルや協同・協働スキルが教えられ,頻繁に活用できる状況設定がされていること,⑤自分たちはどんなふうに協同がうまくいったか,またどんな改善点が考えられるかといった、チームの振り返りがなされることの5つである。……

文部科学省より

確かに学生時代を振り返ってみても、いわゆるフリーライダー、やる気がなく、真面目な子の成果に便乗しようとしているように思われる(もしくは自力で課題に対応することができない)子たちの問題や、ディベートスキルが習得されていない故に建設的な対話が難しい場面などが浮かんできます。

また積極的でないメンバーや、課題を遂行できないメンバーに対する批判もおこりえます。

それらを踏まえ、とくに発達障がいのある子たちのように課題の遂行や達成が難しいことが予想される集団では、学習の成果ではなく、学習のプロセスに応じた報酬(賞賛、ご褒美)を与えるほうがいいことも説明されていました。

これら5つに加えて、涌井(2016a)は,発達障害等の認知特性の多様性に応え,誰もが積極的に参加し活躍できる学習にするためには,⑥マルチ知能(MI:multiple intelligence)を活用して学習活動や教材を言語的能力だけに偏らないものにすることも重要であると指摘している。

さあ、ここでマルチ知能が登場してきました。

マルチ知能とは

マルチ知能とは,ガードナー(Gardner,H.)が提唱した言語的知能,論理・数学的知能,視覚・空間的知能,身体運動的知能,音楽的知能,対人的知能,内省的知能,博学的知能の8つのことである。

本では、マルチ知能に8つの観点と、やる気、記憶、注意の3つの観点(「やる・き・ちゅ」)概要マルチ知能をピザの形に示してわかりやすく説明したマルチピザポスターが紹介されていました。

(画像はresearchmapより)

学習という言葉を目にすると、日本の学校システムで学んできた僕たちはつい全員が机に座って前を向き、講義を聞くスタイルが思い浮かんできます。現在の学校教育は言語的能力に対する偏りが大きい面がありますが、言語的能力だけが学習ではありません。

海外では詩や表現、あるいは演劇といった授業がありますし、リベラルアーツのもとになった古代ギリシャ・ローマの自由七科(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)には音楽も含まれています。

マルチ知能の視点をもつことで、1つの指導法を全員に当てはまるのではなく、それぞれの子どもたちに応じた複数の学び方のアプローチを用意するという方法がでてきます。また自分で学び方を選択することは学習活動への動機づけや自己調整学習の観点からも重要であると本では記されていました。

マルチ知能を活用した実践例

本では子どもたちがマルチ知能に対応した課題を選択して取り組む実践例が紹介されていました。

国語 物語文「スイミー」

「スイミーの行動や場面の様子について、想像を広げながら読み、感想を書くことができる」という目標に向けて、①挿絵を描く(「え」の力)、②音読・ペープサート劇(「からだ」や「ひと」の力)、③お魚ボーン図(思考ツール:海のなかのものについて、すばらしい理由や根拠を書き入れる)(「え」や「ことば」などの力)という3種類の活動を用意します。子どもたちは自分でどの課題に取り組むのかを選択し、授業の最後にふりかえりカードで自己評価します。

絵本『スイミー』の挿し絵

(画像は好学社より)

ペープサート

(画像はほいくisより)

お魚ボーン図(フィッシュボーン図)

(画像はNHK for Schoolより)

国語 「漢字」

こちらは『学び方を学ぶ(涌井恵)』で紹介されていた「マルチピザの力を使って、漢字をおぼえよう。」の内容です。

「ことば」…おぼえたい漢字を使って、短歌や詩や文をつくる。
「すうじ」…部首や形のまとまりの画数ごとに数を出し、画数のたし算をつくる。(例:「林」=木偏の3画+3画で合計6画)
「え」…おぼえたい漢字を色を使って部首などのまとまりに色を分けて書く。漢字がもつ意味の絵を添えるなど。
「からだ」…漢字をおしりで空に書いてみる(しり文字遊び)。砂の上に漢字を書いてみる。ねん土で漢字をつくってみる。
「おんがく」…おぼえたい漢字の書き順を歌で歌う。(例:「キラキラ星」のかえ歌で。♪木偏にもう一つ木、これで林になりますよ〜)
「ひと」…何人かで一緒に漢字を人間プラモデルでつくってみる。
「じぶん」…自分で漢字をつくってみる。すきな漢字を選んで調べる。
「しぜん」…似ている漢字を分類する。おぼえたい漢字を自然や動物と結びつけて作文する。(例:「ぼくは、カブトムシをかうことにした」)

その他 国語

それ以外にも、「お手紙」や「スーホーの白い馬」なとの他の題材での、気持ちの浮き沈みなどを一本線を引いて表現する心情曲線のプリント(「え」や「すうじ」の力)や、4コマ絵のプリント(「え」や「ことば」の力を主に使う)などの実践も紹介されていました。

心情曲線

(画像は子どものアート彩美館より)

……心情曲線のプリントでは,書字や言語理解に課題のある子どもでも,線が描ければ十分に参加・活躍できるし,4コマ絵のプリントでは,言葉の表現がやや劣っていても、絵が得意な子どもが活躍することができる。心情曲線のプリントについては,学年相応よりもかなり言語能力の低い子どもが,線だけでなく,線にふきだしをつけ,そのときの登場人物のセリフを想像して描いたりする様子も見られた。また,落ち着きがなく,これまで途中で課題を投げ出してしまっていたADHD傾向のある子どもが,自分が学びやすい「え」の力というルートから学習課題に取りかかり,集中して4コマ絵を描き続けるなかで、主人公の気持ちに深く迫っていき,それを表現しようと言葉が湧き出てくるような様子が見られたりもした。 マルチ知能や「やる・き・ちゅ」の観点から、学習活動の多様性を確保することにより、これまで学習に参加できていなかった子どもたちも、深く学べる可能性が示唆される。

僕自身も特別支援学校の現場で、物語文を読むときなど、本文を読んで考え、解説していく以外の方法をいろいろと試してきました。

全員で「おおきなかぶ」や「はしのうえのおおかみ」の劇に取り組んだときは、登場人物のお面や、おおきなかぶ、いっぽんばしなどの小道具を作るときにも子どもたちのそれぞれの個性ややり取り(「どのくらいの大きさのかぶにしたらいいかな?」)なども内容理解に繋がるなぁと感じました。音読ではなく、劇にすることで、子どもたちは与えられた作業から、自分自身で考える表現になり、声の大きさや声色などの工夫が始まりました。

(画像は6月30日(水)3校時 1年2組 古澤先生 授業報告より)

物語文の場面や登場人物の絵を描いてみることもしたことがあります。コミック会話のようにセリフときもちを表したこともあります。紹介されている4コマ絵の課題に目をキラキラさせて食いつくであろう子の顔が何人も浮かんできます。

音読のBGMを考えるなんて「おんがく」の力を生かした取り組みをしてみてもいいかもしれませんし、登場人物の感情の温度を「すうじ」で表してもいいかもしれません。

本の別の章(第7章 個が自律的に学ぶ授業づくり)では、算数の図形領域で町の立体地図をつくる、国語の物語の一場面を模型で再現する、理科の「消化と吸収」を寸劇で表現する、「てことつりあい」で「ピタゴラ(からくり)装置」をつくる、社会で天下統一をテーマにカードゲームを考案する、県の特色をトリックネタにした推理小説を書くなど魅力的な発展学習も紹介されていました。

教科書の内容に縛られず、得意な力を生かすを考えるといろんなアイデアが湧いてきそうです。

理科「こん虫のからだのつくり」

粘土でこん虫をつくる取り組みが紹介されていました。この単元では「(ア)こん虫の成虫は、頭、むね、はらからできている」「(イ)あしは6本ある」「(ウ)あしやはねは、むねにある」ことを理解するのが目標になりますが、ペーパーテストでなくても理解できているかを評価することができます。

確かに昆虫のからだのつくりを理解していないと再現できませんもんね。それに手でつくる感覚は記憶の定着にもつながると思いました。

調べてみると粘土などで昆虫のからだのつくりを学ぶ教材が販売されていました。

(画像はお茶の水大学 理科教材データベースより)

(画像はゆめ画材より)

粘土に限らず、何かで再現する、表現するという視点も大事にしていきたいです。

こんな視点もあるかも

『本能寺の変』や『千利休』なんかのエグスプロージョンの曲とダンスや、『SHIKIBUなどのパンチの強い曲を歌っているレキシなんかも参考になる視点ですよね。

ドラゴン桜のダンスエクササイズをしながら英語が浮かんできます。

(画像は三田紀房公式サイトより)

高校のときの塾で語呂合わせをたくさん紹介してくれた恩師の思い出も浮かんできます。

(画像はSK総合進学塾のブログより)

盲学校時代は触って学ぶをたくさん重ねてきました。

座って話を聞く授業スタイルから一旦離れると、いろんな学び方の可能性が広がってくる気がします。

まとめ

それぞれの得意を生かした学び方の紹介でした。僕にとっては読んでいてワクワクしてくる内容でした。

それに子どもたちが自分で学び方を選択するということ自体が、学習への意欲や自分自身を知ること、さらに将来にわたって自分で学んでいく力をつけることに繋がるように感じました。

自分で自身の学習を調整する葛原先生のけテぶれ(計画、テスト、分析、練習)とも相性がよさそうです。

 マルチ知能や「やる・き・ちゅ」を活用した授業を通じて,「問題解決の方法はいろいろある」,「その人の得意なやり方・学び方は一人ひとり異なっている」,「他者それぞれのやり方がおもしろい」,「皆ちがって皆いい」といった価値観を学級内で共有できるようになっていく。
 このような多様性の理解や他者理解,障害理解が進んだ学級では,発達障害等の特別な教育的ニーズのある子どもの「合理的配慮」(たとえば,読字困難なので読みあげソフトを使うなど)も実施しやすくなる。子どもには皆それぞれ違った学習の手立てが必要であり,それぞれ異なる方法をとることは「特別な」ことではなくなるのである。

多様な学び方の考えが広がれば、教育はもちろん社会の価値観や在り方も変わっていくんじゃないかななんて思います。

手前味噌ですが、僕自身は支援学校というフィールドで、それぞれの目の前の子たちが力を発揮したり、得意を生かして理解できるような授業づくりを模索しながら積み上げてきたつもりです。

その実践が間違いでなかったと認めてもらったような、そして新しい視点をいただき、これからも頑張ってと背中を押されたような気持ちに勝手になっています。涌井先生ありがとうございます。

微力ですが、またマガジン教材の紹介を中心に、いろいろと今までの一斉授業とは違った角度の実践を紹介していければと思います。

今後ともよろしくお願いします。

そして著者の涌井先生のnoteを発見しました!

7+7=14を表現するダンスなんて面白いアイデアも紹介されていました!

こちらもぜひ覗いてみてくださいね。


参考にしたサイト

1.メガホン「“マルチ知能”を生かして「ちがってあたりまえ」を教室の文化に」

2.『特別支援教育にアクティブ・ラーニングは追い風? 涌井恵先生(白百合女子大学人間総合学部 准教授)』



表紙の画像は涌井先生のnote「はじめまして ー ふろしき忍者 修行日記 ー」から引用した、マルチ知能のピザとやる・き・ちゅ(やる気・記憶・注意)のイラストです。