特別支援学校からの発信「マルチ知能を活用した多様な学び方」
『「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して(奈須 正裕/伏木 久始/大豆生田 啓友/加藤 幸次/佐野 亮子/松村 暢隆)』という本の「第11章 多様な学び方を許容できる協同学習(涌井 恵)」で紹介されていたマルチ知能を活用した授業の実践例が特別支援教育で幅広く活用できそう!と思いましたので紹介していきます。
協同学習とは
協同学習について、今回紹介する涌井先生の本文中では、次のように定義されていました。
小中学校で伝統的に取り組まれてきた協同学習。僕自身もペア学習や班活動などを経験してきました。
(画像は土庄町立土庄小学校より)
(画像はNITS独立行政法人教職員支援機構より)
最近は「個別最適な学び」という言葉を至るところで目にします。個別最適な学びは、同じ授業の中でそれぞれが違う課題に取り組むことや、自分自身の特性や得意不得意に対応した学び方を選択するなどの内容がイメージされるかと思います。
本の他の章では、子どもたちが自分のペースで学びを進める自由進度学習や、継次処理や同時処理など得意な認知に合わせたワークを用意して子ども自身が選択した課題に取り組むなどの実践がたくさん紹介されていました。
「個別最適な学び」については、「指導の個別化」と「学習の個性化」に整理されており、児童生徒が自己調整しながら学習を進めていくことができるよう指導することが重要性だと、令和3年度文部科学省答申で説明されています。
本の中ではそんな「個別最適な学び」だけでなく、それが「共同的な学び」と組み合わさることで、自分だけでない多様な視点の獲得や新たな発見などより深い学びに繋がることが解説されていました。
確かに学生時代を振り返ってみても、いわゆるフリーライダー、やる気がなく、真面目な子の成果に便乗しようとしているように思われる(もしくは自力で課題に対応することができない)子たちの問題や、ディベートスキルが習得されていない故に建設的な対話が難しい場面などが浮かんできます。
また積極的でないメンバーや、課題を遂行できないメンバーに対する批判もおこりえます。
それらを踏まえ、とくに発達障がいのある子たちのように課題の遂行や達成が難しいことが予想される集団では、学習の成果ではなく、学習のプロセスに応じた報酬(賞賛、ご褒美)を与えるほうがいいことも説明されていました。
さあ、ここでマルチ知能が登場してきました。
マルチ知能とは
本では、マルチ知能に8つの観点と、やる気、記憶、注意の3つの観点(「やる・き・ちゅ」)概要マルチ知能をピザの形に示してわかりやすく説明したマルチピザポスターが紹介されていました。
(画像はresearchmapより)
学習という言葉を目にすると、日本の学校システムで学んできた僕たちはつい全員が机に座って前を向き、講義を聞くスタイルが思い浮かんできます。現在の学校教育は言語的能力に対する偏りが大きい面がありますが、言語的能力だけが学習ではありません。
海外では詩や表現、あるいは演劇といった授業がありますし、リベラルアーツのもとになった古代ギリシャ・ローマの自由七科(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)には音楽も含まれています。
マルチ知能の視点をもつことで、1つの指導法を全員に当てはまるのではなく、それぞれの子どもたちに応じた複数の学び方のアプローチを用意するという方法がでてきます。また自分で学び方を選択することは学習活動への動機づけや自己調整学習の観点からも重要であると本では記されていました。
マルチ知能を活用した実践例
本では子どもたちがマルチ知能に対応した課題を選択して取り組む実践例が紹介されていました。
国語 物語文「スイミー」
「スイミーの行動や場面の様子について、想像を広げながら読み、感想を書くことができる」という目標に向けて、①挿絵を描く(「え」の力)、②音読・ペープサート劇(「からだ」や「ひと」の力)、③お魚ボーン図(思考ツール:海のなかのものについて、すばらしい理由や根拠を書き入れる)(「え」や「ことば」などの力)という3種類の活動を用意します。子どもたちは自分でどの課題に取り組むのかを選択し、授業の最後にふりかえりカードで自己評価します。
(画像は好学社より)
(画像はほいくisより)
(画像はNHK for Schoolより)
国語 「漢字」
こちらは『学び方を学ぶ(涌井恵)』で紹介されていた「マルチピザの力を使って、漢字をおぼえよう。」の内容です。
その他 国語
それ以外にも、「お手紙」や「スーホーの白い馬」なとの他の題材での、気持ちの浮き沈みなどを一本線を引いて表現する心情曲線のプリント(「え」や「すうじ」の力)や、4コマ絵のプリント(「え」や「ことば」の力を主に使う)などの実践も紹介されていました。
(画像は子どものアート彩美館より)
僕自身も特別支援学校の現場で、物語文を読むときなど、本文を読んで考え、解説していく以外の方法をいろいろと試してきました。
全員で「おおきなかぶ」や「はしのうえのおおかみ」の劇に取り組んだときは、登場人物のお面や、おおきなかぶ、いっぽんばしなどの小道具を作るときにも子どもたちのそれぞれの個性ややり取り(「どのくらいの大きさのかぶにしたらいいかな?」)なども内容理解に繋がるなぁと感じました。音読ではなく、劇にすることで、子どもたちは与えられた作業から、自分自身で考える表現になり、声の大きさや声色などの工夫が始まりました。
(画像は6月30日(水)3校時 1年2組 古澤先生 授業報告より)
物語文の場面や登場人物の絵を描いてみることもしたことがあります。コミック会話のようにセリフときもちを表したこともあります。紹介されている4コマ絵の課題に目をキラキラさせて食いつくであろう子の顔が何人も浮かんできます。
音読のBGMを考えるなんて「おんがく」の力を生かした取り組みをしてみてもいいかもしれませんし、登場人物の感情の温度を「すうじ」で表してもいいかもしれません。
本の別の章(第7章 個が自律的に学ぶ授業づくり)では、算数の図形領域で町の立体地図をつくる、国語の物語の一場面を模型で再現する、理科の「消化と吸収」を寸劇で表現する、「てことつりあい」で「ピタゴラ(からくり)装置」をつくる、社会で天下統一をテーマにカードゲームを考案する、県の特色をトリックネタにした推理小説を書くなど魅力的な発展学習も紹介されていました。
教科書の内容に縛られず、得意な力を生かすを考えるといろんなアイデアが湧いてきそうです。
理科「こん虫のからだのつくり」
粘土でこん虫をつくる取り組みが紹介されていました。この単元では「(ア)こん虫の成虫は、頭、むね、はらからできている」「(イ)あしは6本ある」「(ウ)あしやはねは、むねにある」ことを理解するのが目標になりますが、ペーパーテストでなくても理解できているかを評価することができます。
確かに昆虫のからだのつくりを理解していないと再現できませんもんね。それに手でつくる感覚は記憶の定着にもつながると思いました。
調べてみると粘土などで昆虫のからだのつくりを学ぶ教材が販売されていました。
(画像はお茶の水大学 理科教材データベースより)
(画像はゆめ画材より)
粘土に限らず、何かで再現する、表現するという視点も大事にしていきたいです。
こんな視点もあるかも
『本能寺の変』や『千利休』なんかのエグスプロージョンの曲とダンスや、『SHIKIBU』などのパンチの強い曲を歌っているレキシなんかも参考になる視点ですよね。
ドラゴン桜のダンスエクササイズをしながら英語が浮かんできます。
(画像は三田紀房公式サイトより)
高校のときの塾で語呂合わせをたくさん紹介してくれた恩師の思い出も浮かんできます。
(画像はSK総合進学塾のブログより)
盲学校時代は触って学ぶをたくさん重ねてきました。
座って話を聞く授業スタイルから一旦離れると、いろんな学び方の可能性が広がってくる気がします。
まとめ
それぞれの得意を生かした学び方の紹介でした。僕にとっては読んでいてワクワクしてくる内容でした。
それに子どもたちが自分で学び方を選択するということ自体が、学習への意欲や自分自身を知ること、さらに将来にわたって自分で学んでいく力をつけることに繋がるように感じました。
自分で自身の学習を調整する葛原先生のけテぶれ(計画、テスト、分析、練習)とも相性がよさそうです。
多様な学び方の考えが広がれば、教育はもちろん社会の価値観や在り方も変わっていくんじゃないかななんて思います。
手前味噌ですが、僕自身は支援学校というフィールドで、それぞれの目の前の子たちが力を発揮したり、得意を生かして理解できるような授業づくりを模索しながら積み上げてきたつもりです。
その実践が間違いでなかったと認めてもらったような、そして新しい視点をいただき、これからも頑張ってと背中を押されたような気持ちに勝手になっています。涌井先生ありがとうございます。
微力ですが、またマガジン教材の紹介を中心に、いろいろと今までの一斉授業とは違った角度の実践を紹介していければと思います。
今後ともよろしくお願いします。
そして著者の涌井先生のnoteを発見しました!
7+7=14を表現するダンスなんて面白いアイデアも紹介されていました!
こちらもぜひ覗いてみてくださいね。
参考にしたサイト
1.メガホン「“マルチ知能”を生かして「ちがってあたりまえ」を教室の文化に」
2.『特別支援教育にアクティブ・ラーニングは追い風? 涌井恵先生(白百合女子大学人間総合学部 准教授)』
表紙の画像は涌井先生のnote「はじめまして ー ふろしき忍者 修行日記 ー」から引用した、マルチ知能のピザとやる・き・ちゅ(やる気・記憶・注意)のイラストです。