盲学校からの発信「触ってなんぼ、社会科の授業」
今までも盲学校のアレコレを紹介してきましたが、今回は自分の教科である社会科の授業についてといろいろな教材を紹介していきます。
はじめて盲学校に来て
初めて盲学校の高等部に転勤してきたのは、もう10年以上前の話になります。当時は全く教えたことも、自分が網羅的に学んだこともなかった世界史Bを週4コマ進めること(つまり1年間で世界史Bの全てを終わらせないといけない)と、自分の両親よりもかなり年配の生徒さんにも世界史を教えないといけないと言うことで、毎日遅くまで予習とプリントづくりをしていたことを思い出します。
その当時は、僕の知識も指導力も不十分で、かつ当時の社会科教員が盲学校1年目、2年目の教員だけで専門性の引き継ぎもなにもなかったこともあり(後にいろんな教材を作成したり発掘したりしました)、今と比べると良い授業ができていなかったなぁと反省する次第です。
こんな授業をしていました
盲学校には、視覚単一障がい児が在籍する、通常校と同じ教科の内容を学習する準ずる教育課程の社会科の授業(高等部では、現代社会や世界史B、日本史Bを教えていました)と重複障がい児が在籍する知的障がい支援学校代替の課程の社会科の授業がありました。
前者の準ずる課程では、僕自身は、歴史を担当すること多かったです。日本史については大学時代の塾講師のアルバイトで講義をしていた経験もあり、いろんな豆知識も含めた内容を伝えつつ、「歴史のなんで(why)、どうやって(how)」を論理的に自分の言葉で説明する授業を目指していました。
プリントや地図などの教材は自作していました。生徒は弱視の子、全盲の子が入り混じっていたので、個人の見え方に合わせた墨字プリント(文字のフォントやポイントを調整したもの)と点字プリントを作っていました。地図は、既存の点字地図帳を読み取りにくい生徒が多く、立体コピー(カプセルペーパー)という印刷した部分が盛り上がる特殊な用紙を使って自作したものや点字付触察地図パネルなどを主に使っていました(途中から『基本地図帳』が出版され、とても便利になりました)。
一方、後者での社会は、地理、歴史、公民の分野を生徒の実態に合わせた内容で行なっていました。世界史Bのように予習に追われることはなかったのですが、反面、教科書がないのでどんな内容にするかには苦労させられました。また見えないが故に、言葉は知っていても、それについての詳しい内容や経験のない子がたくさんいました。そんな子たちに、弓矢や鎧兜、火縄銃を説明するのはとっても苦労しました。というか、言葉で全てを説明するのは無理だったので自作しました笑。それ以外にも音声教材やYouTuberの動画には助けられました。
こんな教材があります
1 基本地図帳
この『基本地図帳』は、点字の地図帳です。各地域の地図を「国・都市」「自然」2種類のテーマにわけて作られ、統計資料も付いています。どの地図にも地図の範囲を示す枠があり、地図のタイトルや緯度・経度などの付随情報と位置などの情報が枠の外に示されるなど、触って確認しやすい工夫がされています。
(画像は視覚総合支援センターより)
2 みんなの地図帳
以前、別の記事でも紹介した、必要な情報を厳選したシンプルで見やすく使いやすい弱視児のためにつくられた地図帳です。『基本地図帳』に対応しています。
3 点字つき立体地球儀
点字付きの地球儀もあります。点字案内板などを手がけるサン工芸さんが販売されていた国境や大陸と海の境界線、緯度経度が触って識別できる地球儀ら残念ながら生産中止になっています。
(画像はメリーの地球儀より)
(画像は秋田県立盲学校より)
レハ・ヴィジョンさんか既存のしゃべる地球に国境と点字をピンで手打ちした「しゃべる地球儀」もあります。
(画像は画像電子学会第5回視覚・聴覚支援システム研究会より)
4 点字つき地図パズル
公文から点字付きの地図パズルが販売されています。
(画像はKumon shopより)
余談ですが、この公文日本地図パズルを使って盲牌のように何県かを当てるゲームをされている人の記事がとっても面白かったです。
他にも点字付き地図パネルや熊本大学工学部「音声点字教具」プロジェクトの音声式可動触地図などもあります。
(画像は熊本大学工学部「音声点字教具」プロジェクトより)
5 立体コピー
立体コピーとは、カプセルペーパーという印刷された部分が熱に反応して盛り上がる特殊な用紙を使うものです。点字地図の触読が難しい生徒用に地図を作ったりと図やグラフ、あとは書道の作品なんかを触って確認するために使用していました。
(画像はアメディアより)
(画像は福井県立盲学校より)
最近では立体イメージプリンター「EasyTactix」という、カプセルペーパーではない専用用紙を使い、カラーにも対応した機器も販売されています。
(画像は株式会社ラビットより)
6 実物模型
視覚障がいの子どもたちは、見ていろいろな情報を集めることが難しいため、耳から聞いた言葉など限られた情報のみで実際の経験や知識を伴わずにいろいろなモノを理解したつもりになってしまうバーバリズムがあり、間違った理解をしてしまうことも少なくありません。ただ言葉で全てを説明することは難しい場面もあります。そのため実物の模型があると説明がとてもわかりやすくなります。
僕のいた盲学校にもいろいろな実物模型がありました。旧石器や縄文、弥生、古墳時代の模型セットは今でも販売されているようです。実物模型ではありませんが、校庭の石で打製石器と磨製石器を作ったのもいい思い出です。
(画像はウチダ教材総合カタログ中学校より)
弓矢を自作した話は紹介しましたが、ダンボールで鎧兜具足も自作しました。後に先輩教員がAmazonで買ってくれました。
歴史関係では、先輩教員が模造刀や火縄銃レプリカ、化石、大仏マスクなども買ってくれました。Amazonはなんでも売っていてすごいですね笑。僕自身も博物館などを訪れて買った土偶や埴輪、金印や仏像などを寄付しました。歴代の教員が寄付したであろう中尊寺や大阪城の模型や、自作されたであろう前方後円墳やピラミッドの模型もありました。
触れるモノがあると子どもたち反応が違います。各地の盲学校で触れる教材が受け継がれてきているのはそのためです。
(画像は筑波大学附属視覚特別支援学校より)
(画像は筑波大学附属盲学校幼小学部「通常の学級等に在籍している視覚に障害のある子どものためのサポーターブック」より)
7 サーモフォーム・バキュームフォーム(真空整形器)
特殊な機械を用いて、プラスティックを整形して図形を表現するものです。詳細は国立特別支援教育総合研究所の『真空整型法による立体教材作成ガイド』をご覧ください。
(画像は鹿児島市視覚障害者協会公式Webサイト「視覚障害者とパソコン」その歴史をたどるより)
(画像は福岡県立福岡視覚特別支援学校より)
(画像は「触図の作成法と、 科学教育における活用について」筑波大學 鳥山由子より)
8 3Dプリンター
視覚障がい教育における3Dプリンターの活用も期待されています。うちの盲学校にはありませんでしたが笑。大きさの制限はありますが、触地図や触って確認できる模型が増えるのはとても便利だなぁと思います。詳細は国立特別支援教育総合研究所の『視覚障害教育用触察立体教材作成のための3Dプリンター活用ガイドブック』をご覧ください。
(画像は「さわって感じる教材づくり -山形盲学校との連携-」山形県立寒河江工業高等学校
情報技術科 齋藤映理子より)
(画像はGigazineより)
国土地理院ホームページには立体模型や触地図の制作について掲載されています。
(画像は立体地図(地理院地図3D・触地図)より)
9 実物教材
子どもたちが触って確認できる実物の教材も色々と集めました。
歴史分野の実物教材は古道具屋で購入した銅銭や、草鞋、紙製の傘などもありました。
地理分野では、こけしや博多織などの各地の伝統工芸品やアポリジニのブーメラン、国立民俗学で購入した民芸品や、石炭や鉄鉱石、コークスなどの工業素材、蚕の繭や絹織物、綿花、羊毛、麻袋などの繊維素材、稲や小麦、大麦、豆類などの穀物などを集めました。
(画像はCLOTHCHORDより)
(画像はParsTodayより)
公民分野では、世界各国の硬貨や紙幣、点字投票用紙の見本もありました(各地の選挙管理委員会に依頼すれば、実物の投票箱もお借りすることができます)。
(画像は日本選挙センターより)
(画像は岡山市より)
実物に触れるその体験は、多分視覚障がい教育だけでなく、すべての子たちに大きな影響を与えるものだと思います。
10 音の社会科
山川出版社が出している「音のシリーズ」の中学校社会科版です。小学校社会科や高等学校日本史、世界史、地理版もあります。銅鐸や平曲、念仏、題目、能、狂言、人形浄瑠璃などの音源を聴くことができます。オッペケペが耳から離れなくなった子もいたとかなんとか笑。
最近はYouTubeなどの動画が気軽に検索できるのでそちらも重宝しています。
(画像は山川出版社より)
11 写真パネル
学校にある大きな写真パネル教材は弱視の子たちが学んだり観察するのに役立ちます(すべての子が拡大すれば見やすくなる訳ではありませんが)。最近では電子黒板やタブレット端末のお陰で、見やすいサイズに調整して見ることができるようになりとっても便利になりましたね。
(画像はウチダ 教材総合カタログ 小学校より)
博物館との連携
触って学べる体験ということで、博物館との連携も各地の盲学校で行われています。「盲学校なのでぜひいろいろなモノを触られてもらえれば…」とお願いすると普段触らないものを触らせてもらえたりすることもあります。博学連携やユニバーサルミュージアムの取り組みから、積極的に応えてくれるところが増えてきている印象です。
ただし、触ってもいい=乱暴に扱ったり壊したりしてもいいという訳ではありません。触るマナーや触察の仕方を事前に確認しておくことが必要になります。
1 体験学習
ということで、歴史博物館などで本物の土器などを触ったり、鎧兜や陣羽織などの衣装を試着したりといった体験ができます。いろいろと近隣施設と交渉してみてください。
(画像は筑波大学附属視覚特別支援学校より)
(画像は岡崎おでかけナビより)
ついでに触れる博物館の記事を掲載しておきます。修学旅行などで各地の触れる博物館を訪れることもあるようです。
2 出前授業
近隣の歴史博物館から出前授業に来ていただいたこともあります。その時は土器や埴輪の触察体験や弥生時代や古墳時代の衣装体験をさせていただきました。各地の博物館でも同様の取り組みがされています。
(画像は高知城歴史博物館より)
(画像は大阪府立近つ飛鳥博物館より)
3 教材貸し出し
博物館などでは教材を貸し出しているところもあります(郵送料などは学校負担になることが多いです)。
例えば国立民族学博物館(みんぱく)では、「みんぱっく」という子どもたちが着ることのできる民族衣装や生活用具や学用品、楽器などがセットになったものを貸し出しています。
(画像は国立民族学博物館より)
それ以外にも様々な博物館が教材の貸し出しをされています。ぜひ近隣施設を調べてみてください。
(画像は高知城歴史博物館より)
こんな実践も参考に
1 科学へジャンプ
視覚障がい教育に携わったことのある方は、科学へジャンプという名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。文部科学省ホームページより説明を引用します。
科学はジャンプは、平成20年から始まった事業で、視覚障害のある生徒達に科学の面白さを知る体験・実習や、IT活用による新しい可能性の広がりを感じ取る機会を提供することを目的として、
①3泊4日の合宿型の全国版「科学へジャンプ・サマーキャンプ」
②日帰りの「科学へジャンプ・地域ミニ版」(全国を10地域に分けて実施)
③最新の支援技術を含むITリテラシー研修(2回ずつ実施)
等を開催しています。同学年の視覚障害のある生徒同士の交流、先輩との交流などの機会となることも目指しています。
この科学へジャンプ地域ミニ版には僕自身も何度かボランティアとして参加し、またワークショップ講師をさせていただいたこともあります。
科学とは言っても、理科的なことだけでなく、社会科のワークショップも開催されています。その中で、筑波大学附属視覚支援学校教員の方が行われたワークショップがとても印象的でした。
一言でいうとブラタモリ的なワークショップです笑。
(画像はマイナビニュースより)
そのときは京都の街中を散策したのですが、川を横断する際の段差から河岸段丘を体感したり、京都の街中にあるローソンの看板や自動販売機などが普通のものとは色が違うこと、キリスト教の教会は外観が寺院のようになっていることなどを一つひとつ確認しながら(参加している全盲の子どもたちが自然とスマホを取り出して色識別アプリで確認して「本当だ!」と言っていたのに驚きました)、確認していくのは、本や言葉だけでなく具体的な経験を伴った知識として子どもたちの中に残ったんだろうなぁと思います。
(画像は京都の骨董&ギャラリー「幾千里のブログ」より)
(画像はぶらりweb走り書き!より)
他にも高速道路を支える鉄筋コンクリートの柱を触り、これが阪神大震災のときは倒壊したことから地震のエネルギーの凄さを体感したりするなどのフィールドワークの取組みもされているとのことでした。
2 盲学校世界史さん(@BshtNobu3)
Twitterで世界史を中心に盲学校での取組みを発信されています。地図や実物模型、動画像などが具体的に紹介されていてとても参考になりますよ。
まとめ
盲学校の社会科授業についての紹介どうでしたか。教科書を読んだり、お話を聞いたりだけにならないように、地図や模型、体験などを取り入れるよう試行錯誤した授業を思い出します。
箒とゴミ箱の蓋でファランクスを説明したのも、地図パネル上のイギリスの最大領土にオセロのコマを置いて触って確認してもらったのも、音声を探して流したのもいい思い出です。
それもこれも、子どもたちに言葉ではない経験として残ったものがその先で何かの役に立てばいいなぁという思いがあったからだと思います。
そんな僕の拙い経験と今回いくつかの事例を紹介したこの記事が、どこかで何かの役に立てばなぁと思います。そのどこかは盲学校以外の場所にも広がればなお有難いです。
参考にしたサイト
表紙の画像は、福井県立盲学校ホームページから引用しました。