ずっと誰にも言えなかったことを言葉にする旅/映画『四月の永い夢』
あなたには誰にも話さず秘めていることはありますか?
あなたにはまだ言葉にできない過去の体験はありますか?
あなたには言葉を受け止めてくれる人はいますか?
言葉は感情とセットになっているという。だから、人は語り始めたときに感情や気持ちをやっと取り戻すのだろう。その感情や気持ちが私固有の私らしさだったりするんじゃないかな。
もしあなたが生きているのがしんどくなっていたとしたら、言葉にできず、感情を忘れ、だから、あなたという人そのものを失っているからなのかもしれない。
映画「四月の永い夢」は、大切な人・大事なものをなくしてしまった人、傷ついたり悲しい思いをして立ち尽くしている人にぜひ観てほしい作品です。
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amazon prime videoで知った、中川龍太郎監督の「四月の永い夢」。
レビューをみて見ると「なにごとも起きない」「ドラマがない」などと書かれていて。確かに宇宙から異星人が襲ってくることはないし、殺人事件も犯人も探偵も刑事も出てこない。
描かれるのは、大切な恋人を亡くし時が止まったままのひとりの女性。彼女のもとにある日届いた一通の手紙。そこから始まる物語。
亡くなった彼から届いた手紙をかわきりに、働いていたアルバイト先の閉店、元教え子との再会、教師への復職への誘い、新しい恋の予感ーー、けれど、主人公・初海(はつみ)の心は今もまだ彼が亡くなった四月の桜の季節のまま止まっていた。そこは夢なのか現実なのかあいまいではっきりとしない世界。
意を決して、初海は彼の実家へ足を運ぶ。彼女はそこで「ずっと誰にも言えなかった」ことを語る。その言葉を彼の母が受け止めてくれた。
翌日、今自分がいるのは蝉が鳴き、汗ばむほどの暑い盛りであったことをその体全身で感じ入るのだった。
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僕には「なにごとも起きない」どころか、とてつもない変化が起きているじゃないか!と心躍らせながら見終えた。
「ずっと誰にも言えなかった」ことを言葉にする。言葉と感情はセット。言葉を取り戻すことは感情を取り戻すこと。感情を取り戻すことは自分を回復すること。そうして、初海は止まったままだった時間から進み出すことができた。
「そのことをずっと誰にも言えないできました……ごめんなさい」
言葉にするに至るまでの初海のひとり抱えてきたその年月を思うと、思わず涙をこぼしている自分がいた。そして、でも、やっと言えたんだね、言葉にできたんだね、受け止めてくれる人がいたんだね。よかったよかったあ〜。と、一緒に喜んでいる自分もいた。
初海の言葉を受けて、彼の母も静かに静かに語り出す。
「人生とはなにかを獲得していくことだって思ってるかもしれないし、私にとってもある時期まではそういうふうに見えていたけど。
でも本当は、人生って失っていくことなんじゃないかなって思うようになった。その失い続けるなかで、その度に本当の自分自身を発見していくしかないんじゃないかな、って」
「でも、これだけは言わせて。賢太郎と同じ時間を過ごしてくれたこと、本当にありがとうございました」
「ずっと誰にも言えなかった」ことを言葉にするとは、感情の発露であり、それはまわりの人の感情にも強く強く響くものがあるのだろう。
だから、受け止めてくれた彼の母もまた、息子と過ごしてくれた初海に対して、それまで言えてなかった気持ちを言葉にして返したんじゃないのかな。
このふたりのやりとりが僕にはとてもとても濃密で豊かな時間に感じられて、胸がいっぱいになっていた。
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彼の母の言葉を借りるなら、人生って失っていくことであり、その喪失を言葉にしていくことなんじゃないかな。簡単に言葉にすることはできない、何年もかかるかもしれない、忘れたくなったり、思い出すのが嫌にもなるだろう。
けれど、とてもじゃないけれど言えない気持ちをどうにか自分の言葉で表せたとき、その言葉を受け止めてもらえたとき、人は少しだけ時を進められるのかもしれない。その先にまたなにかを失うことがあったとしても。
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大切な人・大事なものを失くしてしまった人、傷ついたり悲しい思いをして立ち尽くしている人にぜひ観てほしい作品でした。
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