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思い込みを全て書き出してみると、どうしてうまくいかないかが分かるよ【恋愛・美容編】

世界は自分の思い込みで創られている。

引き寄せの法則や潜在意識などを学んだことがある方は聞いたことがあるかもしれない。わたしもその1人で、自分の思い込みは何なのかを探る日々を送っている。

その思い込みからどんな現実が創られているのか。それらが文字として可視化されることで見えてくるから面白い。

ちょっと恥ずかしいけれど、今回は自分の思い込みを書き出して公開してみることにする。そして、実際にわたしから見える現実世界がどうなっているかも共有しちゃうね。

この記事から、「自分にも同じ思い込みがあるなあ」とか、「そういうことだったのか」とか、何か気付きの手助けになれば嬉しい。

あくまでも、わたし自身の思い込みであって、この世の中にそんなルールがあるわけではないから誤解なきよう。あと、もしかしたらわたしと共通した思い込みを持っている方がいたら、ちょっとグサッとくることがあるかもしれない。物事を客観視できるタイミングに読んでもらえたらありがたい。傷つける意図はないからね。

読みやすくするために【恋愛・美容】とカテゴリ分けしてみる。恋愛と美容を括るのはなんだか不自然だけど、個人的にはその2つがリンクしちゃってるから1記事にまとめちゃうね。

可愛くないとモテない・好かれない

「可愛い」の基準は人それぞれだけど、自分が自分の可愛さにOKを出せているかが重要。「わたしなんて可愛くない!」「こんなんじゃダメ!」「違う自分にならなきゃ」って否定して、モテない現実を作り続けてきた。

別に「可愛い」と「モテ」に因果関係なんてなくって、自己採点基準に「可愛さ」が入っているかどうかだけなんだと思うけど。それによって「可愛くないわたしはダメ!」「減点!」「市場に出せません!」って、やってきちゃったのよね。

そしてね、これ途中で気が付いたの。可愛くないから好きになってもらえないんじゃなくて、好きになってもらったら困るから可愛くしないの。

好きになってもらったらどうして困るかというと、

  • 嫌われることもある

  • 嫌われたときに絶望感・無価値観を感じるかもしれない

  • 無理をしている偽りの自分を肯定しなきゃいけない(摩擦)

  • 可愛さをずっとキープしなきゃいけない(条件つきの愛だから)

  • 自分で自分を見張り続けなきゃいけない

などなど、とにかく疲れそうなことが盛りだくさんに思い浮かんでしまうのよね。これらを避けるために「だったら初めから好きになってもらわなければいいじゃん!」という思考になり、自分が可愛いくいることを許せなくなる。だって可愛くなったら好かれちゃうから。“自分ルール”ではそうでしょ?

加齢と反比例して愛され度・美しさは減少していく

増えてきた白髪を隠すために続けていたヘアカラーを今はやめた。

年齢を重ねるたびに美しさは失われていき、それと並行して愛されにくくなっていく。頭ではそう思いたくないよ?でもわたしの潜在意識にはこれが刻まれているんだ。

「若いうちに」「キレイなうちに」「結婚できるうちに」

よく考えたら「なんなの?そのルール」って感じじゃない?だけどわたし自身はそれを信じてきちゃったんだよね。

若くてきれいなほうが愛されてずっと好きでいてもらえるって思っているから、年上男性×年下女性のカップルが一般的で、その逆は可能性が低い・難しいって信じ込んでいた。

だけどね、姉さん女房とか年上彼女って、結構いるんだよね。20代後半のころのわたしは10歳以上年上のお姉さん達に遊んでもらうことが多かったんだけど、結構な割合でいたのよ、年下彼氏がいるお姉さん。

実は現在のわたしもそのひとりで、今のパートナーは7歳下。知り合ったのはわたしが36歳の頃。しかもヘアカラーやメイク、ブラジャーなど、今まで「しなきゃ無理!外に出られない!」と思っていた美容のアレコレを手放したタイミングだったの。

髪は白髪混じりだし、眉毛は半分ない?ってくらい薄いし、ストレスニキビで肌はボロボロだし、胸も盛れてない。

これまで大事にしてきた美容Myルールをぶっ壊したのに、「それがいい」と好きになってくれたパートナー。

感謝してもしきれない。大好き。

わたしの運がいいとも言えるのだが、自分の外の世界が変わるには自分を変える必要があるよね。だからわたしの内側は変わったのだということ。

ハッキリは覚えてないけど、それまでは彼氏いない歴10年くらいだったと思うの。

とにかく美容ヲタクで小学校の頃から「美しくあらねば」「そうでなければ愛されない」というルールを採用して、見た目に気を配って生きてきたのに。

見た目を整えてても、心がずっと自己否定を繰り返していたら意味がないんだなって、気付いたのよ。ここらへんは掘り下げると長くなるから、また別記事でまとめたい。

パートナーは1人に絞らなければならない

ポリアモリーは肯定派なのだが、わたしの潜在意識には「2人以上のパートナーと交際してはいけない」がインプットされている模様。

だから、パートナー以外の異性と会ったり連絡をとったりしたら罪悪感が湧いてくる。

2024年10月現在は同棲しているパートナーがいて、極力異性の話題は出さないようにしている。それはすごく不自然。と、自分では思っているんだけど、イヤな気持ちにはさせたくないからね。 

今後もしも他に好きな人ができるようなことがあったとしたら、わたしはどんな行動をとるのか。観察してみたい。

不機嫌(泣いたり怒ったり)でいると嫌われる

いつも笑顔でいなければ、相手が離れていく。
泣くこと・怒ることが=不機嫌だと思っている。

そう思い込んでいたものだから、パートナーとの生活や職場での人付き合いなども極力笑顔でいるようにして、不満は口や表情に出さないように気を付けていた。

だけどね、それってすごく不自然。自分の周りにそういう人がいたら結構不気味じゃない?「いつも笑顔で素敵!」っていう考え方もあるけど、わたしは喜怒哀楽を全部表面化させちゃうくらいオープンな人の方が人間らしくて素敵だと感じる。羨ましくて泣けるくらいに素敵だと思うよ、そういう人。

以前は「いつも笑顔でいる人は素敵!そうじゃない自分はnot素敵」ってジャッジしている時期もあったの。それやってるときは、もんのすごく辛い。きっと他人にもその辛さって伝わっちゃう。またこれも別記事にまとめるけど、自分の気持ちや感情を表現するほうが他人から好かれちゃうんだよな。

言い方を変えると、“表面化されているあなた”を見て好きになった人が、あなたに寄ってくるって感覚かも。だからね、偽りの自分でいると、偽ったあなたのことを好きな人が寄ってきちゃうの。そうすると、その偽りを解くのが怖くなるわけ。本当の自分を出したら、今まで周りに居てくれてた人がいなくなっちゃうかもしれないからね。

だったらさ、そんな回りくどいことしないで、初めから自分をオープンにして、その自分を好きになってくれる人と一緒にいたほうがお互い心地良くないかい?

ここ1、2年はそのように考え方が変化してきたから、ありのままの自分でいることにOKを出せるようになってきた。正直まだ恐怖心はあるし、「誰もわたしの周りから居なくならないでぇ~!」っていう気持ちもあるのだけど、ちょっとずつちょっとずつ、恐れを手放して変化を受け入れているところ。

最近はパートナーの前でも涙を我慢しないようにしている。今度は怒っている自分をパートナーに見せることを宿題にしよう。

好きなタイプの人からわたしは選ばれない

異性に限らず、何かと“2番目”を選びがち。それはなぜかって、1番を手にしたらそれを失う恐れも同時に得てしまうから。そしてその1番が失われた時の絶望感を味わいたくないから。“落ちる”のが怖いから。

そんな絶望感や惨めさを避けるために2番目の“好き”を選んでいるとしたら…

そうやって、1番大好きな人と付き合って得られるメリットよりも、1番大好きな人と離れるデメリットに重きを置いてるなんてさ。だせぇな、自分。って思いました。笑

これは「可愛くないとモテない・好かれない」という思い込みも関係するんだけどさ、美しい人はモテると思い込んでるのよ。女性に限らず、男性もね。てことは、美しい男性はモテるわけだ。わたしの世界のルールでは。

美しい男性はモテるからライバルが多い。選べる女性の数が増える。美しくないわたしはその競争に勝てない。つまり、好きなタイプの男性とは付き合えない。そういう構図ができてしまう。

勝てる可能性もあるけど、わたしがわたしの価値を見出していないから、勝てるとは思えない。だから“負け戦”には挑まない。勝負しない。傷付かない安全な道を選ぶ。そんなことを繰り返してきてしまった。

今のパートナーの外見は正直好みではない。だけど、そこにあまり重きを置いていないし、すごく好きなの。彼氏がいない時期に「こういうパートナーがいい!」って挙げた項目26個中19個も当てはまっている。

当てはまらなかった7個は「望み方を間違えたなぁ」と思ってるから、これから修正していこうと思ってる(今のパートナーと別れたいわけではない)。

相手に条件を求める前に自分の前提条件を知ろう

彼氏が欲しいと思っているとき、「こんな人がいいな」とか「どんな人が自分に合うかな?」って色々考えてたんだけど、そんなことよりも何よりも“自分を知る”ことが1番重要!何よりも!

とはいえ、恋愛をスタートさせていない段階で、その学びを得ることはなかなか難しいものがあるなと。だからこそ、恋愛を通して、相手を通して自分を知っていくんだと思う。その学びのために相手とハッピーエンドにならなかったとしても、お互いにとって必要だから出会った、尊い存在なんだよね。

そのことに感謝して、自分の素を、ありのままを見せていく。自分を知るためにも、お互いがもっと幸せになるためにも。




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