怪談ともつかぬこと パーテーションの上
よくある怪談話のように何か触りがあったり、追い回されたりした
記憶はない。
ただ、怖いものをみてしまったことはある。
気付くのは、大概過ぎ去ってからだが。
もう20年近く前になる。
氷河期世代で最初の会社はいわゆるブラック企業だった。
(ちなみにもう倒産している)
朝から終電ギリギリまで働いていたものだ。
団地の一階。普通なら街の不動産屋さんが入るような事務所。
本社の社屋は別にあって、経営企画部という名の零細企業の
なんでも屋的部署の総勢6名程度が勤務している事務所だった。
大概は全員が割と遅い時間まで残っているのだが、その日は
たまたま上司(社長夫人の役員)がナイター観戦に出かけて行き
鬼の居ぬ間にと先輩達が定時で上がり、同僚は簿記の学校に通う
ために残業を切り上げ、19時半には事務所に1人になった。
一人きりの残業。(といっても残業代は出ない)
良い塩梅までやったら早めに帰ろうと、仕事を片付け
21時前に、いつもより1時間以上も早い時間帯に帰る目処をつけた。
ちなみに定時は9時から18時だ。
事務所の奥、パーテションで区切られた水回りの設備や、
使用頻度の低い書類が収納されているバックヤード的な
スペースに設置された私物ロッカーで帰り支度をしていると
何やらおかしな気配を感じた。
おかしなものに遭遇する時の、鼻の奥がじわりと沁みる感覚。
あれ・・・疲れているのかな・・・とそのまま支度を終わらせ
ふと見上げると。それはあった。
いや、いたと言うべきか。
パーテションの上部。天井とパーテーションの間に横向きになった
男性の首。閉じた目。生気なく青白いと言うより土気色の肌。
肩から下はないが別に切断された風ではない。
ギョッとして視線を背け、もう一度見るとまだそこにいる。
また視線を背け、また見ると今度はいなくなっていた。
疲れているのかな・・・と思いながら足早に会社を後にした。
帰りの電車に揺られながら、あれは悲鳴をあげて飛び出す位の
リアクションをしても良いのではないかと反芻した。
思い出すと結構恐ろしい光景だ。
怖いな・・・と思いながら、つり革に掴まり爆睡し、気がつくと
乗り換え駅だった。
勤務先は都内。震災や戦災の歴史はあるが、特に凄惨な
事件の現場ではない。あれは一体なんだったのだろう。
今はもうあの首の顔は朧げで思い出せない。
覚えているのは、社畜ライフ辛かったと言うこと。
思考が萎縮するブラック企業での社畜労働は、時に恐怖を麻痺させる。
そんなお話。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?