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「どうしたんだろう」五百旗頭真さんの憂い
※見出し画像は、五百旗頭薫編『父・五百旗頭真と遺稿「戦う自由主義者・猪木正道」』(五百旗頭家発行、非売品)の表紙より
今年3月6日にひょうご震災記念21世紀研究機構で執務中、大動脈瘤解離で倒れ、そのまま亡くなった碩学・五百旗頭真さんの最後の言葉は、「どうしたんだろう」だったという。このことを知った長男薫さんは、暗い気持ちに包まれた。「体の異変にとまどったこの言葉が、悪化する世界情勢へのとまどいをも暗示するかのようだった」ためだ。
青山学院大学で11月24日に開かれた「猪木正道記念・安全保障研究会」での五百旗頭さん追悼座談会で知った事実である。米国のことを大切に思ってきた五百旗頭さんが存命だったなら、米大統領選挙が終わった今この時、トランプ氏返り咲きという結果について尋ねられたらどう答えるだろう。「どうしたんだろう」と漏らしただろうか。
座談会では、五百旗頭さん逝去後に書斎の整理に当たった薫さんが、幾つも興味深い話を披露してくれた。
2003年の米ブッシュ(子)政権によるイラク攻撃について、五百旗頭さんは私的なメモで、米軍は速やかに勝利を収め、攻撃の根拠とした大量破壊兵器も見つかるだろうと予測していた。一方で、米政府は外交を捨て軍事力行使に傾斜していると分析し、「米国はこうなったら止まらない」と記した。本質的には内向きであるものの、何かのきっかけで――この時は米同時テロだが――一気に逆方向に突っ走る米国の振れの激しさに対する不安であったろう。
薫さんは、03年当時にボストンのハーバード大の客員研究員だった五百旗頭さんが、同大のレターヘッドを使って小泉純一郎首相と福田康夫官房長官宛てに送信したファクスも示してくれた。
冒頭、「次のようなメッセージを送られるものと拝察」とつづり、メッセージの中身として、「ブッシュ大統領の重大な決断を尊重したい」と表明し、日本は米国と共にあるという姿勢を打ち出すとしている。日本政府から米国に伝えるべき見解に関する政策提言でありながら、「拝察」と述べているところに違和感を覚える。米国支持を明らかにするのは当然だという確信ではなく、それ以外の選択肢はないだろうという諦念がにじむ。
座談会では話題に上らなかったが、五百旗頭さんはトランプ氏の台頭を経て、日米同盟の行く末に危機感を抱くに至っていた。
20年11月の大統領選でトランプ氏再選の可能性が取り沙汰されていた同年2月、五百旗頭さんは「米国が一方的に日本を守っているとトランプ大統領は考えている。全くの間違いです。(中略)『日本人はソニーのテレビで見ているだけ』というのは許せない発言です」と憤った。「米国がアジア地域にいる間はいいが、長い歴史の中で必ず同盟関係は終わると考えるべきです。永遠の友も永遠の敵も国際政治の中ではありえないのです」とまで述べている。
五百旗頭さんの憂慮をかき立てる出来事は続いた。22年2月のロシアによるウクライナ侵攻がその代表だろう。薫さんによると、五百旗頭さんの死後、書斎にあったレポート用紙から書きかけのメモが見つかった。
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ウクライナ危機――WWⅡ後最大の危機
しかし、まだ世界秩序崩落or復元力 未だ決らず
さらに、五百旗頭さんの死後のことになるが、トランプ氏が今年11月の大統領選で4年前の屈辱を晴らした。トランプ氏勝利の背景にあるのは、既存の政治・社会の在り方への怒りであり、トランプ氏にどこまでも批判的な既存メディアへの敵意だ。こうした怒りと敵意はSNSを通じ増幅、拡散し、トランプ氏への支持拡大に貢献した。
日本でも、兵庫県知事選で似た現象が見られた。知事選で斎藤元彦氏の「復活」を後押しした人たちは、斎藤氏のパワハラについて報じ、同氏を失職に追いやった「既存メディア」への勝利を祝った。同氏再選という結果は、「正統」と見なされてきた手続き、権力、社会の在り方に対する「大衆の反逆」とでも呼ぶべきかもしれない。
兵庫県西宮市出身の五百旗頭さんは、兵庫という土地を深く愛した。日本と米国双方の政治を見続けてきた知の巨人は、泉下で民主主義の現状をどう考えているだろうか。