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第95話 舳先に降り立つ女神たち

(へさきにおりたつめがみたち)


それから間もなく、けーこがボトルシップの置き物を手に入れた。フリマアプリで見つけたというその船は、ガラス製の深いピンク色の帆を張っており、精巧に瓶に収まっている。そして台座には、『カティーサーク号』と英語の表記が書いてあった。

「……魔女の船じゃなかったっけ。」

子供の頃、親戚が営む酒屋で同じ名前のお酒の瓶を前にして、大人達がそんな会話をしていたのを薄っすら思い出した。

そこできちんと調べてみたところ、「カティーサーク号」とはスコットランドの高速帆船とのことらしく、検索時に一緒に出てきたウィスキーのラベルにも確かに船がデザインされていた。
そしてこの高速運搬船はまた、船首には胸も露わな美しい魔女の像を据えており、「カティーサーク」の名前自体は、今だとスリップのような下着を指す古語だということがわかった。

かつて一人の酔っ払いが、その妖艶な魔女をからかったことで命を追われる羽目になり、馬で逃げる男まで即座に追いついたカティーサーク姿のその魔女は、掴んだ馬の尻尾を引っこ抜いてしまったとのことだった。
そんな逸話に「これ、私みたいじゃない?」とけーこも言うが、ある意味容赦なく命まで奪えるほどの力のある、風のような早さを持つ魔女であることは間違いないと思った。

そんな船の模型が来たことで、この短期間で私たちの元には二艘の船が揃うことになった。


…………


「次はどこだった?」
「今度こそどうよ?」

けーこのスマホに入っている“行き先ランダムアプリ”はさっきから、いまいちピンとこない場所ばかりを指し示していた。
『神奈川県内』『レジャー』など簡単な条件を打ち込むと、ダーツのごとく適当な場所をいくつかピックアップしてくれる。言ってみれば私たちにとってのタロットのようなものだったが、その日はなかなか「当たり」の感覚が来なかった。

けれどもやがて、どの行き先にも周囲に同じ共通点が含まれていることに気がついた。
表示される目的地には、必ず近くに「弁財天」もしくは「弁天」と名のつくもの……たとえば弁天橋や弁天通り、○○山弁財天などが見て取れた。

神道でも仏教でも、実に多くの神仏が「弁財天」とされているが、おそらく一般の人がパッとその名を聞いた時には、七福神の紅一点で、宝船に乗っている女神を思い浮かべるのではないだろうか。
日本中に縦横無尽に出現し、もしかしたら祀られる数の上でもダントツかもしれない弁財天とは一体何者なんだろうと二人で色々妄想しながらも、結局その日のスタートは、県内のとある弁財天社に決定した。

最初に写真で一目見て、「ここに行きたい!」とそう思った。初々しい緑の木々の中に映える、朱塗りの社が美しかった。けーこも賛成してくれて、早速車を走らせる。

ところがその弁財天社の前まで実際に足を運んでみると、今は立ち入り禁止テープが貼られ、完全に封鎖されてしまっていた。まだ明るい昼間だというのに、写真のエネルギーとは似ても似つかずどことなく影が差していた。
そこの神社の元々の起源としては、多くの女性達が力を合わせてお社を建てたのが始まりだったと立看板に紹介されていた。それが一体、何が原因でこんな風になってしまったんだろうか。

けーこが言うには、今までそこにエネルギー体として存在していた女性達の多くは、現在は各地の神社などに散って、今後はそれぞれ別の場所で暮らし、祀られることになるという。
そして、ここの地場の守りの力が弱くなったことを示すように、痴漢への注意喚起を促すまだ新しい貼り紙が、近くの電柱に貼ってあった。

悲しい話だけど、それでもこの朽ちゆく神社に残ると決めた美しい姫神は、僅かばかりのお付きの侍女と共に、これからもその土地を細々と守っていくということだった。
栄枯盛衰、いつか見たビジョンでも、いかな文明であっても必ず衰退する時が来る。形あるものはどんなものでも壊れる時が来るというのは、わかっているけど悔やまれる。

この女神も長い歴史の隆盛の中で、ここの土地という船首に立って、人間達の営みを見守り、たくさんの女性達と共に笑い合って仲良く暮らしていた時代があったことだろう。

今は中に入って会うことすらままならない彼女の寂しさを思いつつ、敷地の外側から丁寧に挨拶をすると、私たちは次の場所へと向かった。




written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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肉体を持っていようがいまいが、どんな人のどんな生き方でも、すべてが愛おしいと思えてきませんか。
やがて消えゆき、人々の心からも忘れ去られるかもしれない場所に一人最後まで残る彼女に、真の強さと美しさを感じませんか。

痛みを知るから優しくなれる。
闇があるから光となれる。

この場所に行ったからといって、確かに他の神社に詣でた時のようにパワーをもらえたわけではないし、行く必要があるかないかで判断してしまえば、他の場所を回ったほうが、損得の上では得だったとは思います。

でもね、私は彼女に会えて、心からよかったと思っています。私はとても大切なことを、たくさん彼女に教わりました。

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