第44話 父性とあきら
あきらの誕生日には、一波乱あった。
とあるアニメが好きなあきらは、本音を言えば5万円もするフィギュアに憧れていたのだが、さすがにそんな高級なものを要求してくるようなことはなかった。
そしてまた、その趣味に付き合い二人でイベントにも行くようになった旦那が、5万出してでも“本物の”フィギュアをあきらにあげたいと言い出した気持ちもわからなくもなかった。
中学1年、13歳の誕生日プレゼントとしては度を越していることは本人も納得していたし、またそういうものは、自分で稼げるようになってからの大人の道楽だとも心得ていた。
結局あきらは数千円で手に入る、個人制作の小ぶりなフィギュアをネットで見つけてきた。だけど一度でも「本物を」と火がついてしまった旦那は、是が非でも自分の意見を通そうと反発した。
「せっかく買うならその5万円するやつじゃないと意味がないから駄目。」
「高価すぎてひみが駄目だと言うのだから、自分でひみを説得したら買ってあげる。」
「誕生日が駄目だというなら、誕生日は我慢して、クリスマスにまたひみを説得すること。」
「他のフィギュアは『本物』ではないから買ってあげない。」
どうしてこんな変な方向に行ったのか、何もかもが支離滅裂だった。
これじゃあいつまで経ったって、あきら本人はどちらに動くこともできない。そもそも誕生日を祝うプレゼントなのだから、与える親にとっても受け取る子にとってもお互いの喜びを形にしたもののはずなのに、旦那の意見はあまりに幼い言いがかりだった。
私はあきらと直接話し合い、今回は、その個人で作られている方の作品をプレゼントにすることを約束した。そしてまた、なんとかお小遣いを増やしてあげる方法も一緒に考えた。
車椅子で外出が難しく、ちょうど通塾していないことを気にしだしたあきらのために、私が家庭教師をすることにした。そうすれば塾代を捻出するより節約もできるし、私自身も学び直しを楽しめる。そして自学の名目にして毎日勉強を頑張った対価に、一日につき50円を積み立ててあげることも重ねて約束した。
今後お年玉と合わせれば、うまくすれば中学を卒業する頃までに5万ちょっとは貯まるだろう。もしその時になっても気持ちが変わらずそのフィギュアが欲しければ、今度こそそのお金で自分で買えばいいと思ったのだ。
この提案にあきらは喜んでくれた。照れを含んだ感謝の言葉は、「母親ガチャ最高」というものだった。
「なんか色々考えてくれてありがとね。」
そう言ってもらえて、私も嬉しかった。
一方この日を境に、あきらは旦那と口をきくことを一切やめた。最初は両者の間に入って説得を試みようともしたが、真っ当なあきらの意見はどこまでも真っ当で、幼稚な旦那の意見は気分次第で一貫することがなく、いつしか私も間に立つのも馬鹿らしく感じるようになってきた。そうして旦那の機嫌を取ることすら、早々に諦めることにした。
家の中が少しギスギスしたこの時期に、あきらが不安定にならずに済んだ理由のうちのひとつを、私は薄々わかっていた。自分の父親の代わりにスサナル先生をからかったりすることで、その実彼に甘えて自分を保っていたのだ。
夏休み前の三者面談で教室内まで入っていくと、七夕の時期に合わせて、生徒たちの願い事が書かれた模造紙が飾られていた。それを見た時に確信へと変わった。
一見独特なユーモアとしか思えないあきらの短冊を見つけた時、実際最初は吹き出してしまった。けどすぐに、この子の心の拠り所がその文章に反射していることと、そしてその拠り所が「自分一人のお父さん代わり」なのではなく「みんなの先生」だということに、あきらは少し、嫉妬している。不思議とそこがわかってしまい、ちょっとだけ複雑な気分になった。
先生を独占したい寂しさが滲む、あきらの短冊にはこんな言葉が書かれていた。
「スサナル先生の眼鏡など
スパゲッティになってしまえ」
旦那とあきらの今後を思い、思わずため息が出てしまった。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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模造紙って、ちゃんとした紙なのになんで模造なの?と思ってwikiったら、明治時代の呼び名のままなのだとか。
それよりびっくりしたのが、模造紙という名前が通じない地域があるということ。(逆にそれ以外の名前で呼ばれても私わからんの。)
小学生が夏休みの自由研究の発表で使う、輪ゴムで丸めて持ってく大きなあれです。
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