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第194話 火焔


(かえん)


 古来より日本の各地に多く残る、八岐大蛇神話とよく似た形の龍神譚。伝説ではその昔、箱根の地とは大小様々な地獄であり、かつてはその芦ノ湖(あしのこ)にも女こどもを攫う(さらう)毒龍が棲んでいたという……。


「おはようひみ。寝れなかったぞ。
私、さくらが扇子で払ってくれてようやく、この時間になって少しだけ寝れたんだよね。」

 けーこからのLINEには、彼女が半覚醒状態でメモした夢の内容のスクショが添付されていた。

『さくらが黒龍(黒と赤のツートン)出して、けーこの邪魔をする者を喰いされーって払ってた(午前6:05編集)』

 現在時刻、朝の八時。やはり奴らは夜中に来ていた。
直感的に、額装したククリを寝室のドア横に置いておいたのがよかったらしい。お陰で意識の深部までは侵入されず、こちらはギリギリ運転できる程度には睡眠が取れていた。


 何日か前に次の行き先を“箱根”に決定した時には、当初はどこか半分、私もけーこも観光気分だった。ところが出発前日に、合わせたように二人同時にアートを額に仕上げると様相は一変した。気楽なパワースポット巡礼だと思っていたその表の顔が豹変し、隠し持っていた牙と共に本当の目的が暴かれる。
 通話中にけーこが言った。

「覚えてると思うけど、私は私でしばらくずっと、桃太郎の猿と雉と犬に当たるアイテムを集めさせられてたのあったじゃん。それが大山で揃ったから、きっと近いうちに“戦う何か”があるって思ってたのね。
 あのね、明日行く箱根芦ノ湖って、鬼ヶ島だ。」

 ガシャーンと、スマホの向こうで音がした。
けーこ自身の高次元体を具象化した額が、壁から落下して破損したらしい。

「あー、こっちが気づいて拾ったこと、向こうにバレた。バレたから多分、遠慮なく攻撃してくると思う。
えー?鬼と戦うのー?私、非力なのになー……。
 ああ、とりあえずもう十二時近くじゃん。ほら、ひみちゃんは早く寝なさい。」

……

 神奈川県を西に向かって、静岡との県境近くまで運転していく。途中から徐々にトンネルが増えてくると、その都度けーこが隣で霊障を訴える。

「トンネル入るたんびに寒みぃ。さっきから袖のない部分、腕掴まれるんだけど。」

 インターを降りてすぐの赤信号で停まると、車の鍵に付けていた筈の桜神宮の守りの鈴がいつの間にか無くなっていることに気がついた。仕方なく、ルームミラーにぶら下げている、あまり音の響かないガムランボールを何度もシャンシャン手で鳴らして邪気を追い払う。

 やがて霧が深くなってきた。
箱根の旧道に入り山道のカーブが増えてくると、今度は何故だか車のギアが入りにくく、それと同時にまったくスピードが出なくなった。ほんのなだらかな上り坂なのに四速まで入れると全然上れず、さらに緩い直線で三速に落としても空回り感が否めなくて、交通量が少ない道にもかかわらず後ろに数台追いつかれてしまった。ぴったりと、煽られている気分になってハザードを点けて道を譲ると、ここが敵地なのだと改めて感じてため息が出た。

 都心部と違い所々にだだっ広い無料の駐車場があることに驚きつつ、一旦車を停めてから目的地を再確認することにした。
 すると、運転中には気づかなかった、「ボンッ、ボンッ」という音が山に谺(こだま)している。

「なんだろね。」

 気になったけーこが検索したところ、その日、芦ノ湖と富士山のほぼ真ん中に当たる静岡県御殿場(ごてんば)市では、陸上自衛隊における実弾を使った『富士総合火力演習』……通称、総火演(そう“かえん”)が行われていることがわかった。
 LIVE映像をタップすると、クリアな音質の発砲音がまず聴こえ、続いて車の外からも、かなりこもった同じ音が遅れて耳に届いてきた。
 そして画面の中では戦車から放たれた砲弾が火を噴いて、ちょうど目標となる的を大破させたところだった。

 二人で顔を見合わせる。
私のチャネリングの精度のせいか、あるいは芦ノ湖の自然霊たちによる撹乱か、それとも、そんな試練すらもギフトと見なす天の意向によるものなのか……。
 忘れていた訳ではなかったが、琵琶島からのこの一週間を余裕で過ごしたその“時差”に、最初は嵌められた気分になった。
 ……けど違う。おそらくあの場で私の剣を頂いた時点で、とっくに火焔の中へと足を踏み入れていたのだろう。

 大山から“三週間後”の今、私たちは紛れもなく火傷の中にいた……。




written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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「サルゲッチュ!」二人ではしゃいだ阿夫利神社笑
(なぜ七五調に…)
その数か月前、確か雉はけーこが一人で鹿島でゲッチュしてました。犬はどこから連れてきたのか、私、覚えてないです。
このころ、タケくんから桃太郎のサインがけーこの元にやって来ていて(当時のけーこによるとタケくん=鬼だったらしい)、そこから連想して、芦ノ湖が鬼ヶ島だって気づけたって。
恐ろしい話です笑。タケくん鬼どころかファインプレーすぎる。

そこから今日は、桃太郎の豆知識。
昔、中国で鬼のいる方向に桃の木を植えることで鬼避けにしたのが桃の霊力と見なされたそうで。その、鬼がいた方角がね、鬼門です。つまり北東。
で、裏鬼門に当たるのが南西で、干支で言うと、未申(ひつじさる)。この未申の猿から順に、申、酉、戌が、桃太郎のお供です。

そして桃はさらにこの霊力から、イザナギが黄泉の国の追手を払う時にも投げつけたことで有名で、邪鬼が桃を食べている間にイザナギは逃げましたとさ。

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←今までのお話はこちら

→第195話 火龍、水龍、毒ノ龍


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