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第68話 齟齬

(そご)


我慢はもう、とっくの昔に限界に達していた。今まで何度もやめてほしいと言ってきた。だけどこの叫びが届くことはなく、真っ黒く染まった手に連れ出された私は、その手に操られるままに強硬手段に出ていた。

…………


毎朝旦那が家を出るのは6時半から7時くらい。支度にかかる時間から逆算し、大体6時頃になると、私より先にベッドから出てリビングへと降りていく。その、6時に起き出すはずの旦那の目覚ましは何故か度々、早いと4時台から鳴り出すことがあった。

4時20分、30分、40分……と、自動停止と自動スヌーズを繰り返す日もあれば、止まらず延々鳴りっぱなしの時もあった。なのに当の本人は、アラーム音に気づくこともなく大きないびきをかいている。

そんな時は苛立ちから、殴ってでも叩き起こしたい衝動に駆られもしたけれど、それでも例え指先だけでもこの人には触れたくないという、生理的な嫌悪感のほうが上回っていた。

仕方がないので一旦ベッドから起き上がると、ぐるっと足元から回り込み、スマホの置いてある枕元まで移動する。自律神経がおかしくなりそうで画面など見たくはなかったけど、操作しない限り忌々しい音も鳴り止まらない。
冬に差し掛かったこの時期、外はまだ真っ暗。泣きたい気持ちが膨れ上がり、惨めさから溜め息しか出てこなかった。

「どうして6時に起きれば間に合う人が、4時とか5時から目覚まし鳴らすの?」

「だって、俺が起きられないから。」

質問の答えになっていない。それによって睡眠障害で苦しんでいる事を繰り返し説明しても、それより“俺様が”起きられないから仕方がないのだそうだ。

慢性的な倦怠感は一日を通して続いており、そしてまた私の活力を奪っていた。家事すらまともにできないのは、体質的にも精神的にも自分が無能なせいだと思っていた。
これほど理不尽な状況であっても、「長く一緒にいる夫婦だから」というフィルターによって、人はそれが、異常なことだとなかなか気づけなくなっている。ところが何かの拍子にひとたび気づいてしまったら、今まで受けてきたあらゆる出来事に対してまでも、一気に我慢ができなくなってしまうらしい。

例えば、旦那は帰宅するなりテレビをつけて台所の流しに向かうと、ちまっとした小皿におかずを盛って、その場に立ったまま2〜3分で食事を終えた。
例えば、そのうちオークションで売れるからと、どこかから集めてきたガラクタで自室を埋め尽くし、寝る時間がないと文句を言いながらも深夜遅くまで梱包作業を続けていた。

食器に垣間見える“器”の小ささ、隣で寝ている人への配慮、自分の部屋をゴミ溜めのようにしていること、そして何より旦那自身が、旦那本人をぞんざいに扱っていること……。
そのあらゆる一つ一つから、「私は大事にされていない」という確信へと繋がっていった。

…………


日差しが気持ちよかった。早くから光が差し込む二階の寝室は、その暖かさによって、縮こまった身体を優しく解きほぐしてくれる。
真っ黒い手は隣のベッドの布団をすべて丸めると、なるべく顔から遠ざけるようにそれらを運び、そのまま旦那のガラクタ部屋へと放り込んだ。
続いてクローゼットを開け放ち、洋服やら季節外の寝具なども次々と適当に投げ込んでいった。

今頃になって気づいたけれど、私は誰かのリモコンじゃないのに、私という人間性は旦那に黙殺され続けてきたんだ。

もう、そんな生活は嫌だった。
勝手にぶちまけた布団に対して何の説明もしなかったけど、何かを聞かれるということもなかった。
私の強硬は暗黙に受理され、その日の夜から家庭内別居が始まった。


※齟齬…噛み合わないこと、食い違うこと


written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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今回のは、「なっつかしー。」って思いながら書いてた話。波長がずれちゃってる人とは、残念だけど長く一緒にはいられない。お互いに居心地が悪くなってくるんだよね。
今これを読んで、チラッとでも私の旦那に怒りが湧いた人や、過去の話で私の母やけーこやヤマタ先生なんかにもイラついた人は、残念だけど「自己統合」できていないということ。
それってとても、生きづらい。
その状態で生きてもいいし、変える決意をしてもいい。自分で選んでね。

今日のは重たかったけど、次回!!
65話でズキュンだった人、期待しててね笑


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