番外編 スサナルとあきら1
あきらが小学校から中学校に上がって驚いたことのひとつに、運動会と体育祭の練習時間の違いがあった。
小学校の運動会が、およそ一か月かけて体育の授業を中心に練習を重ねていくのに対し、中学校の体育祭は、ある一週間の月曜日から金曜日までのたった5日間に突貫で内容を把握して、6日目の翌土曜日に本番を迎えるというなかなかハードなものだった。
例年中学校ではゴールデンウィーク明けの週を丸々潰して練習に当てるのだが、ちょうど天候が不安定な時期なのか、連日の真夏日のような暑さの中に、不思議とどこかで必ず一日だけ「気温が落ち込む日」、もしくは更に「冷たい雨の日」が割り込んでくるようだった。
去年は天気予報が伝えてくれていたその寒さを舐めて、真正面から洗礼を受けて撃沈したあきらは、2年目の今年の“その日”には、体操着とジャージだけだと絶対足りずに凍えるからと、こっそり長袖のTシャツを中に着ることで乗り切ろうとしていた。
競技に出られないあきらを拾ってくれたのは、放送委員を担当しているスサナル先生。車椅子のためにスペースを取り、テント下に並べられた放送機材の使い方を、去年のうちに、あらかた全部伝授してくれていた。
元々機械を臆せず使うあきらは2年目ともなると、体育祭で必要な基本的なミキサー技術をある程度自分のものにしていた。
多くの教師の中でも、一人だけやたらと声が通る利根川先生が喋る時用の「利根Tスペシャル」も、利根川先生と他の人が同時に喋る時の「利根Tミックス」も習得して、ハウリングを防ぎつつ、BGMのボリュームも制するほどにはなんとか形になっていた。
そんな音響関連のみならず、救護や得点なども擁する体育祭の心臓部であるテント席は、校舎の陰を背負って丸一日陽が当たらないという不遇の場所に設置されていた。
基本的には、校庭を行き来しているマイクの主を目で追う必要から無駄話の少ない機材担当者たちだったが、いよいよ寒さに耐えられなくなってきたあきらは、女子のダンスのCDを流し終えてしばらく手が空いたタイミングを見計らってこんなことを言い出した。
「スサナル先生のそのパーカー、改めて見ると素敵ですね。いい感じにふわふわしてますね。」
そうしてまじまじと生地を見つめ、暗に「貸してくれ」と仄めかしはじめた。
「うそーん、これー?
これはねぇ、これは今は、ちょっとぴったり僕に貼りついちゃってるみたいだね。あーほらね、取ろうとしても取れないでしょ?取れたら貸してあげられたんだけどな、すごく残念だなー。」
そしてさらに、短い沈黙ののち。
「……あきらさんさぁ、ミキサーもう全部完璧だよね。利根川ミックスもパーフェクトじゃん。
もうさ、当日も安心して仕事任せられるよね。今度は文化祭でも(注:体育館の中なので、より細かい技術がいる)あきらさんにお任せできちゃうね。もう、僕いなくても大丈夫だね。
……ってことで、じゃ!ここはあきらに任せた。よろしく!」
「あー!?嘘でしょ卑怯者!いたいけな生徒のこと放置して一人だけズルい!せめてそのパーカーだけでも置いてけくださいこのやろー!」
パイプ椅子をテント先1メートルの所に移動させ、寒がる生徒を一人残してひなたで暖をとる教師スサナルと、「だったら自販でコンポタ奢れ」「それが駄目なら午後ティー奢れ」と負けずに引かないあきらのことを、救護テントで毛布にくるまったおじいちゃん先生が優しく見守っていたとかいう、今日はそんな、くだらないお話。
written by ひみ
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注:パーカーをねだった本人からの聞き取りを元に書いています、実話です笑
あきらが中2のこの時期は、私とスサナル先生との絡みが本当になさすぎて、季節が飛びすぎるので書いてみました。(この先もっと飛ぶんだけどね)
それから、利根川先生(男性です)のアナウンスは是非実物をみなさんに聞いてほしい!
ゆらぎ1/fだと思うほんとに笑
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本編の続きはまた明日!