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第88話 鹿島立ち


「ひみ、歩き行こう。」

近所の買い物のためにぐるっと回るというけーこから、散歩に誘われた。

「どうせ先生のことでへこんでるんでしょ?だったらちょっと歩き行こうよ。」

春先の冷たい風の中、彼女と並んで歩いている間も寂しさからの支配は続き、時々ガクンと気持ちが下がる。それでも人と話をしながら外にいることで、ちょっとずつだけど心が軽くなってきた。
現実の話も天界の話も区別なく交錯する会話は、彼女以外とだと成立しない。郵便局を出て狭い路地を横断している今も、そんな話題が尽きなかった。

大通りへと戻るために赤信号を待っている時、けーこが「そういえば」と切り出した。

「あのさ、ひみがたまに通ってる鹿島神宮っていつもどんな感じ?ちょっと前から気になってるんだけど、あそこって基本ミカエルじゃん?アイツかよって思うと若干腹立つけど、でも少し行ってみたいって思ってるんだよね。」

ええ本当?いいねいいねと盛り上がり、一気に話が飛躍する。彼女の口からそう言われるとは思ってもみなかったが、あの神聖な鹿島の杜(もり)を想ったら、こちらもちょっと気分が乗ってきた。

「いつ行けそう?」
「せっかくだから近いうちに出かけたいよね。」
「急だけど、明日って年度の晦日(みそか)だし、ノリで明日とかに本当に行っちゃう?」

流石に明日は急すぎるのではと逡巡(しゅんじゅん)したタイミングで、パパーンと軽快なクラクションの音がした。“八十八”と書かれた車が通過していくのを揃って目撃すると、それぞれ真逆の反応になった。

「うっ。」とけーこは言葉に詰まり、私は隣でケタケタと笑った。
“ミカ様”からの、キザで優雅なウィンクみたいと嬉しくなった私に対し、彼女は「ウゼェ」と悪態を吐いた(ついた)。
そんなお互いのリアクションを確認すると、それこそが「天界込みの満場一致のサイン」だと双方が受け取った。

うわー、そうか、わかりました。
私たち明日、鹿島に呼ばれているんですね。お邪魔させていただきますね。


…………


つい先日、十数年振りに首都高に乗ったことで度胸がついた私は、今回は最初から、気合を入れて車での移動を選択した。運転は大変かもしれないけど、移動時間が一気に半分ほどになる。

実はこの世界には、普段よりちょっとだけ高速移動をすることは、“いつもの時間軸を超えた時間軸”に繋がりアセンションの起爆剤になるという仕組みが存在している。
高速道路はそういう意味で“拡大解釈の宇宙船路”であり、家の中でクサクサしていた私が散歩で変化したことも、元の原理は一緒である。

電車とバスを駆使して通ういつもの移動と違って、お昼より前に到着したことに驚きながら、さっそく本殿へと向かう。

……うーん、どうしてだろう。今日はさっぱり何も感じない。けどけーこは相変わらずバンバン上と繋がっていて、やっぱりなんだか羨ましい。

これはかなり後になってから、けーこというサイキックな人と一緒にいることによる“比較から来る劣等感のせい”だとわかったのだが、この時はまだ、自分で自分の感度を下げていることにまで気づけなかった。
「全部けーこが拾ってくれるからいいや」といった投げやりな依存心と、「どうせ私にはわからない」といった卑屈さが、この時の私の奥底にあった。

ひと通りの参拝のあとは、柔らかそうな色合いの新芽に変わった紅葉を眺めながら、境内の食堂でお蕎麦を食べた。それからぶらぶらと敷地内を歩き、剣神のお膝元で剣道の稽古をする子供達の声を聞きながら、遅くなる前にそろそろ帰ろうかと出口のほうへと移動した。

「けーこ、ちょっと……最後にもう一回だけ寄ってもいい?」

朝から晩までスサナル先生のことしか考えられない勢いのまま、鳥居の側の須賀社(※)にいるスサノオに、名残惜しさを伝えに行った。
手を合わせ、不確定要素となってしまいそうな先生との未来を「代わりに埋めてほしい」というように、ここに御坐す(おわす)彼に執着して甘えた。

「よっ、花嫁。」

唐突にけーこに茶化される。

「よっ、花嫁、こないだからひみの周り、ウェディングベルばっかり聞こえるぞ。
まぁさ、大丈夫なんじゃないの?そのスサナルティーチャー。もうはいはい、ごちそうさま。」

ウェディングベルとは嬉しい話だったけど、それでもこの前の彼の様子を思うと、あまり慰めにはならなかった。
多くの男神に導かれてここにいるのにもかかわらず、それでも自信など持てるはずもなく、須賀社の前で、一人で卑屈になっていた。






※須賀社……以前の話に出てきたのは、同じ鹿島神宮内でも熱田社に祀られているスサノオ。今回は須賀社。
ちなみに須賀=スサノオを指すのは、クシナダを妻にしたスサノオがその心境を、日本で初めて「清々しい」と形容したから。



written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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まーたこうやって、88話と八十八を高次元はかぶせてくるよねー。書いててわりとビビるのよ。まぁ結局自分の仕業ではあるんだけどね。
ちなみに通り過ぎていったのはトラックで、あとで調べたらそういう会社がちゃんとありました。

今日は解説もあって、なんなら本編にも解説っぽいものあって長いから(え?いつものほうが、もっと長くない?)
……以上、解散!

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