第83話 万物は意識
出発の準備が整うと、実家の母に電話をかけて簡単な経緯を説明をする。意外なことに、母は私たちの急な帰省をあっさりと歓迎してくれた。それから急いでメモ帳に置き手紙を残し、車に荷物を運び込んだ。
最後に鍵をかける時に、あきらにも玄関ドアに手を添えるように言って、二人で“家の意識”に祈りを込めた。
「いつも、雨風を凌げる快適な屋根の下に住まわせてくれてありがとう。これからもあなたの下(した)で暮らしたいので、私たちが帰ってこられるように応援しててね。それじゃあ、行ってくるね。」
万物は意識であるとわかっていることは、どんなお守りよりも今、自分にとっての味方だった。
置き手紙には、「昨夜は腕を掴まれて、とても怖い思いをして寝つけなかったので、今日はあきらとホテルを取りました。」とそのように書いてきた。両腕にはまだ、うっすらと青く指の跡が残っていた。
コンビニの駐車場で軽く温めてもらったおにぎりを頬張り、セルフスタンドでガソリンを満タンに入れると、おかしな高揚感に少しばかりドキドキした。けれども「ここは慎重さが大事」とそれらを振り払い、久しぶりの首都高の運転に向けて気を引き締め直した。そのころには日が落ちて、たまにしか使わないナビアプリは慣れない夜間モードを表示していてちょっとだけ不安になった。
まだこの当時の私にはわからなかったが、その後の人生で何度も乗ることになる高速道路の運転など、こんなことでもない限り、自分の人生には無縁なものだと思っていた。
高層ビルの合間に見えるスカイツリーと荒川沿いの夜景に、助手席から「非日常感の夜のドライブ、やばいたのしー!」と興奮の声が上がる。
身障者ゆえの条件はつくけれど、あきらでも運転できる車なら今の世の中にいくらでもある。これから私が一人親になっても免許を持たせてあげられるよう、この子が自分の足で行きたいところに行けるよう、ちゃんと育てないとと改めて心に誓った。
…………
父の入院からお葬式や納骨など、去年から走り続けてきた母は意外に元気そうだったけど、それでもあちこち通院しているのだと聞かされた。
父の時もそうだったけど、離れて暮らしている分余計に、母のことも知らないことが増えていく。
だけどその全部を把握するのは不可能だし、その必要も、本来無い。
私もあきらも、母も弟も。やがてはみんなどんな人生でも「頑張って生きたね、経験したね」と藤のトンネルに迎えられ、源へと帰っていくだけなのだ。だからきっと、私たち夫婦のこの不協和音の苦しみも、魂にとっては自己成長の経験としての通過点でしかないのだろう。
「あんたにさ、謝らなくちゃね。」
母がぽつりとそんなことを呟いた。
「よっちゃん、お葬式の時にいなかったでしょ。あんたの従妹の……。聞いたらね、よっちゃんも去年、離婚してたんだって。今、どこかお勤めしながら4年生の女の子を一人で育ててるって言ってたかな。
イクコさんからこないだ初めてその話聞いてね、あー、よっちゃん色々辛かったんだなってその時わかって、やっとあんたにも、きっと色々あったんだろうって思ってね……。」
ああ、それでだったのか。だから今日は、離婚が不成立だったことへの私の失望を汲んで、電話でも多くを聞かずにすんなり迎えてくれたんだ。
そんなことを思っていたら、スマホに一件のメールが届いた。
「置き手紙読みました。怖い思いをさせてしまってすみませんでした。
離婚には応じます。ひみはあの家に住み続けてください。なるべく今月中に出ていけるようにします。」
隣であきらが「わーっ!」と叫んで、ハイタッチをしてきた。二人で何度も、「おめでとう」と「ありがとう」を繰り返した。できればもうちょっと最初から円満離婚を望んではいたけど、だけどこれでも上出来だった。
鞄から玄関の鍵を取り出して両手で包むと、「明日、帰るからね。」と、“わが家”の意識に報告した。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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たとえ顔が見えない相手であっても、動植物といった生命以外のただの「物」でも、それらにも立派に意識ってあります。
そんな意識を持った彼らを敵にするのも味方にするのも自分次第。相手にもしてほしいことは、まずは自分から。
ゴミ捨ての時なんかもね。
定期的に持ち物を点検して、今回捨てるって決めたゴミを袋に詰めることを、私とあきらは「ありがとする。」って呼んでるの。もうこれ、ありがとさんだねーって。
車を運転していて譲ってもらったりすれば、その人の意識に向かってありがとねって言うのもひとつ。
コンビニの店員さんから商品を受け取る時に、心の中で声をかけるのもひとつ。
(あ!憑依体質の方は、境界線を引けるように練習してからがいいかな。)
目には見えなくても、意識ってちゃーんと循環してるから。
(ちなみに昨日運転中に、ごく普通に譲ってあげた後から運転手の男性と目が合ったんだけど
「俺がかっこいいから譲ってくれたんだな」って意識が飛んできて、笑わせてもらったよね。
全力で否定しておいてあげました笑)
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