第76話 恋文
それからの時期は忙しかった。
高校入試の出願用紙を確認したり、裁判所や役所を巡って必要書類を用意したり。
“あきらの家庭教師役”も大詰めの中、瞬く間に付箋だらけになった離婚の本も隅々まで読み込んでいき、調停で提出するための陳述書もまとめていった。
また忙しいのは受験生本人やその家族だけでなく、3学年の教員たちも軒並み帰宅が深夜に及んでいるとのことで、中には保育園のお迎えのために一旦学校を抜け出して、奥さんの帰宅を待ってから再登校する先生までいるとの話だった。
多忙を極めるスサナル先生には、軽くでもすれ違えればラッキーという程度にしか会えなくなっていたために、それに比例して、次第に淋しさも募っていった。
それらのストレスから来る不満と悲しみは、体にしまっておくには毒すぎた。うっかりすると、離婚準備の合間などに、手に持ったボールペンは勝手に落書きを始めてしまう。その時々で何となくミカエルに繋がったり、イチキシマヒメに繋がったりと、紙の上には自然と天界のガイドたちのラフスケッチが浮かび上がった。
そんなイラストと同じように、抑えられない勢いから生まれる“言葉たち”もまた私を慰めてくれていたのだが、ある時、まるでスサナル先生へのラブレターのような文章ができあがってしまったことがあった。
要らないメモ用紙への書き出しは彼の宛名から始まって、それから続けて、自然に湧き立つ心の想いがありのままに綴られた。
最初は書くことだけでちゃんと満足できていたのに、出来上がったひと文字ひと文字を読み返していたら、困ったことに「これは本人に届けなければいけないものかもしれない」と徐々に思えてきてしまった。
思考の声と、魂の声が攻防していた。
スサナル先生に、ありったけの私の気持ちを後悔なく伝えてしまいたいという感情と、そんな恥さらしは絶対にできないという自信のない情けなさ。
その狭間で悶々としていると、またも私の意思とは関係なく、勝手に右手が文字を書きはじめた。
冒頭の彼の宛名のすぐその下に、「素戔嗚尊様へ」と加筆され、文末まで来ると私の署名の下には「櫛稲田より」と記された。
その文字を見た途端、心が少しだけ軽くなった。
「愛しい人に伝えたいという感情」を、100パーセント私だけのものにした時にはなかなか踏み込めなかったものが、私を介したクシナダヒメが、愛するスサノオに気持ちを伝えるものだと置き換えた瞬間に、なぜだか素直に「告白しよう」と脳が錯覚し始めた。
こんなに純粋なクシナダの想いを葬ってスサノオに届けなかったとしたら、きっと彼女は落胆するし、私だってものすごく後悔するはず。
そしてそれをできるのは、この私しかいないと知っていた。
よくよく思い出してみれば、あの時まおちゃんも言っていた。「まさか自分がこの歳になって、告白するなんて思ってもみなかった。」と。
その時の彼女と同じような葛藤を乗り越えようとしている今、自分の中に、人に想いを告白できるような勇気が眠っていたということが信じられなかった。
答えを聞くのは、怖い。だけど私はこの地球で、本当に好きだと思える人に出会えた。それってとてもすごいことで、それだけで奇跡だと思えた。
だから、悔いなくちゃんと伝えよう。
そんな風に、決意をした。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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→番外編スサナルとあきら3はこちら