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第82話 子鶴のひと声


簡単なトリックなのに、迷子になりそうだなと思った。
おんなじ扉がズラッと並んでいる裁判所の「ロの字」のフロアを、決められた一方通行にぐるっと一周することによって、係争相手と顔を合わせることなく目的の部屋へと辿り着ける仕組みになっている。慣れないと、自分が今どこを歩いているのかさっぱりわからない。
そんな迷路の中ほどにある申立人の控え室では、約束通りけーこが待っていてくれた。

男女一組の二人から成る調停委員に対し、初めに「申立人」が対話をし、その退出と入れ替わりで「相手方」が入室する。
その二度目の入室時、困り眉毛の年嵩(としかさ)の男性担当者から、『陳述書への返答』と書かれた用紙を手渡された。私が挙げた十数件の、離婚を希望する事由の一つひとつすべてに対して「申立人が書いている通りです。間違いありません。」との記述があった。

そうでしょうね。ここに書いていることに、旦那が反論できるわけがないよね。
本人も「間違いない」と認める通り、私からの主張に非はないはずだ。それならば、すぐに離婚も成立になるだろう。

ところが言語が通じないのか旦那はごねて抵抗していた。書類の一番下には太々(ふてぶて)しくも、「これからは申立人の言うことをちゃんと聞きます。離婚ではなく円満解決を望みます。」などと書かれていて、大の男の甘ったれぶりに気持ちの悪いものを感じた。
「道理」を突きつけられても折れない相手に正攻法では成す術がなく、双方譲らず平行線となってしまった。

調停委員というよりも、仲人に見えてしまう二人から慰められつつ部屋を出ると、控え室でけーこに抱きつきわんわん泣いた。第一回目の話し合いは、決着が着かないまま終了となった。

その夜は、早いうちから寝室にこもって避難していた。しかし調停の後、残りの仕事を終えてから帰宅した旦那はすぐさま私の元へ来て、「これから変わるから、見ていてください!」と子供みたいに言い放った。思い切り掴まれた腕に痛みが走る。

「見ていてくれって何なんだよ!あんたのママじゃないんだよ。それから腕!痛いから。」

自分のものじゃないみたいな太い声でそう叫ぶと、今後の展開に不利になると気づいたのか、急ぎ腕を解放された。まだ赤くジンジンしている皮膚を摩りながら扉を閉めると、ベッドに潜って泣き喚いた。

しばらくして少し冷静になると、あきらに対しての責任が必要だと気づく。親として、夫婦の問題に巻き込んでしまったことへの謝罪のLINEを急いで入れると、水分を欲して階下へと降りるために部屋を出た。そしてその時、空間が異様な状態にあることに驚いた。
廊下の扉を開けただけで、隣の部屋の隙間から漏れてくる電子タバコの匂いに押し返されそうになり、なかなか足が進まない。低いエネルギーは床に沈澱し、いつまでも重苦しく動かないで私の行く手を阻もうとしていた。

慌てて窓を二か所開け、風の通り道を作ったのにもかかわらず、結局翌朝になってもその重たい空気は殆ど変わらずに残ってしまっていた。


……


本来ならば7日ほどあった学年末の登校は、規模を縮小した卒業式を含めても、残りたったの3回に変更になってしまった。
午前中だけの短縮時程をこなして車へと戻ってくると、昨日の結果を引きずって、未だ張り詰めている様子の私を見たあきらが心配を寄越した。それから突然何を思ったのか、「あのさひみ、どうせ明日は学校ないし、今日は今からおばあちゃんちに一晩逃げよう。」と提案してくれた。

「え?今から?」

「そう、今から!
ひみきっと今日は、あの家にいるよりいいと思うんだよね。まぁおばあちゃんも面倒臭い人だけど、父親が帰ってくる中で過ごすよりは全然いいと思わない?ね、そっちのほうが絶対いいでしょ。
はー、鶴のひと声鶴のひと声。」

最初こそ、この子は唐突に何を言い出すんだろうと私のエゴが拒絶反応を示したが、ここまで現実を動かしてきたのだから、その提案に無抵抗に乗ってみるのもひとつかもしれないと腹を括った。

「あんたそれ、いいけど日本語の使い方ちょっと間違ってるよ。」

ようやくプッと吹き出して、それから二人であははと笑った。そして帰宅すると、今晩一泊のための帰省の準備をした。




written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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裁判所って、敢えてこういう造りだってけーこから教わったの。逆上した人とかの侵入に備えたり色々らしい。だから案内板も最小限で、すぐにフロアを把握するのが難しいの。

この時けーこから見た私は、ガチガチだったらしいんだ。控え室で泣いた時、私の体が固かったんだって。
で、けーこはその前から「ひみについてく。」って言ってくれてたんだけど、裁判所なんて念の渦巻いてる場所だし、「本当は行きたくねーな。」って思ってたって。
それでもいざ来てみたら、私が調停室に行くたびにけーこは寝落ちして、戻る前には起きてしまう。
私が中で話し合ってる間に寝ることで、エネルギー体で私をフォローしに来てくれてたの。
だから終わってから、「ひみ、連れてってくれてありがとね。」ってけーこに言ってもらえたの。“あなたの助けに、ここに来られてよかった”って。

あきらもね、もちろんこの時、助け舟なんだよね。顕在意識のあきらには、「夜にドライブしたいし」っていう思惑もあったんだけど、エネルギーで見ると、ちゃんと私のことを助けてる。

特に統合に向かう人って、いろんな所からサポートが入ることになってるんだよね。

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↓間違って違う写真一緒にアップしちゃったからそのまま貼っておきます笑

meetooメニューはちゃんと踏んでね!
(注:2025年現在はほぼ空っぽですが)
そしてmeetooへと来てください。
「それもう知ってる、わかってるし。」っていうのが
一番危ないエゴの作用。
本当に今、大切な変化の途中なの。
って書いてもなかなかちゃんと伝わらない!
わかってるつもりになるからこそ、成長止めちゃってるってことに気づいてない。
目の前に繰り返し現れるサインってちゃんと、
必要だから現れる、シンクロニシティなんだよ!

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