第64話 平行世界
後部座席でイヤホンをつけ、車窓にスサナル先生を想う。目的地までの道路と並走している線路の後方から、いつも彼が通勤に使っている電車が追い越していった。
「……あーもう、悪かったよ。」
そう言いながら旦那がご機嫌取りに連れてきてくれたお出かけは、よりにもよって先生の家からそう遠くない場所にある天台宗のお寺だった。すべてが少しずつずれていると感じた。
少し前から旦那には、「男の先生に好かれてしまって怖いから近くにいてほしい」とはっきり伝えておいたのに、5月の体育祭の時も6月の修学旅行の集合の時も、結局ふらっとどこかに離れ、気づくといなくなってしまったていた。
特に、修学旅行当日の朝は酷かった。
新幹線で京都まで行くため、行きの集合場所は新横浜駅の待合所に指定されていた。
学級担任は列の前方に、副担任はそれ以外の場所に配置されていたようで、我が家のように駅まで同行した一部の保護者達に対しては、通行人の妨げにならない後方にいるようにと伝えられた。
ものの数メートル先では、ヤマタ先生がこちらを何度も振り向きながらうろついていた。その遥か先、スサナル先生からやってくる視線に気づいてはいたけど、妨害電波のようなヤマタ先生の念に邪魔されて、その視線すら絡ませられない。
「配偶者」という存在感でヤマタ先生を牽制してほしかったのに、肝心な時に旦那は一体どこへ行ってしまったのか。私は一人で奮闘していた。
そんな中、たまたま近くを校長先生が巡回してきた。バスツアーの中間報告を伝えると共に、都合よくヤマタ先生との間の盾になってもらえたことで、ようやくホッとひと息つくことができた。そして、この人のほうがよほど旦那よりあてになると思い至ると、自分たち夫婦の関係性を情けなくも思ってしまった。
出発時刻を迎え、子供たちの列が移動するころになってようやく、喫煙所に行っていた旦那が戻ってきた。
…………
そんな具合で、落胆して詰る(なじる)私の様子にまずいと思ったのか、機嫌を取ろうと提案されたお出かけが、スサナル先生の通勤経路とほとんど並走する道を経由しての、風光明媚なお寺だったのだ。
入り口まで到着すると、確かに歓迎を受けているのは伝わった。不動の滝も弁天池もエネルギーに満ちていて、本堂の釈迦如来像も優しかった。
けれども私にとって馴染みの薄い天台宗。こちらも遠慮がちだったけど、寺もどこかよそよそしくて、珍客をどうしたものかと、その扱いを考えあぐねているようだった。
名物だと言われる紫陽花は見頃をとっくに過ぎていて、蓮も蓮でお昼を回り、咲いてるものは一つもなかった。
「……葛餅か。ひみ食ってく?」
お寺の横の甘味屋さんのショーケースを見つけた旦那が店へと誘う。それじゃあと答えて店内に入ると、席に案内されるなり、「葛餅二つ。」と私の分まで注文されてしまった。
本当はあんみつにしようと思っていたけどなんだか訂正する気も失せて、ただ黙って、運ばれてきた葛餅を食べた。
その晩、夢を見た。下の階から子供の泣き声が聞こえていた。
頭がつっかえそうなほど天井の低い、薄暗い階段をしばらく降りて玄関まで行くと、一歳くらいの男の子がハイハイをしていた。
あらあら迷子ね。間違って入ってきちゃったのね。
脇を捕まえて外に出してあげると、その男の子は二本足で立ち上がり、「帰るおうちがわかんない!」と癇癪を起こしながらどこかに行ってしまった。そのセリフを聞いた瞬間、この男の子の正体が旦那だと気がついてしまった。
長い階段をこんなにもたくさん降りないといけないほど、私とあなたの居場所はズレてしまったんだ……。
「私は散々忠告してきたんだよ。どうしたらいいかも教えてきたよね。だからもうこれ以上は、私からあなたを無理に引き上げることはしないし、あなたに合わせて降りることもしないよ。
それでもタカくんが私と一緒にいたいなら、頑張って自分でここまであがっておいで。」
心の中でそう伝えたが、顛末は何となく、予想がついてしまっていた。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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私にとって、真言宗…空海さんとこのお寺が実家のリビングなら、最澄さんの天台宗のお寺は、滅多に会わない親戚んちの客間みたいって言ったら感覚伝わる?
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