第84話 嫉妬
教師という職業に嫉妬していた。
いや、それは正確ではなくて、「彼スサナル先生が何かに夢中になっていること」が私にとっての大きな嫉妬であり、それがたまたま教師であったということのようだった。
現に私も教職を取れる環境にあったのに、昔から教えることには全く興味がなく、初めから単位の履修すらしなかった。それに、大学を卒業して何年も経った後、同じゼミだった友人が転職して教師になったと聞いた時にも特に何とも思わなかった。
それなのに、毎日生き生きと仕事に打ち込み、生徒たちみんなに慕われながら充実する姿を見せつけられて、人生で初めて“教師という職業”に嫉妬していた。
また男女を問わず彼のクラスの教え子や、面談や懇談会を共にするその母親たちにまで、私の嫉妬の矛先は向いていた。
どうでもいい他人によって、少しでも彼が笑顔になるだけで嫌だった。彼を笑顔にさせるのは、どんな些細なことでも全部私だけがいいのにと思った。
その彼が、壁際にもたれかかった女子生徒の横に並んでいる。腕を伸ばし、これ以上ない甘く優しい眼差しを注ぎながら、その彼女の髪に絡んだゴミか何かを払ってあげていた。
その日は車椅子ではなくて、クラッチ(杖)をカツンカツンと響かせながら目の前を通り過ぎていくあきらにも、彼は全く気づいていなかった。
すぐに、何かがおかしいと胸騒ぎがした。
廊下にいる他の先生も生徒達も、それに通過していくあきらも含め、誰一人として彼ら二人が恋人のような雰囲気を醸し出していることを気にも留めていない様子。私だけが唯一の目撃者であり、遠足の帰りと同じように、また異空間にいる感覚。
よりによって今日という日の朝一番に、一体何を見てしまったんだろう。
最後の登校だからと、廊下を歩くあきらの姿の見納めにとエレベーターで付いてきたのに、なんだかとんでもないものを見てしまった。少し離れた廊下から、普段着と違ってスーツでおしゃれをしている私が見ているとわかったら、スサナル先生、あなたは一体どんな顔をするのだろう。
何を見間違ったんだろうと、脳味噌が、今までの知ってる情報をフル稼働して答えを出そうとしているのに、納得のいく明確な解答には行きつけなかった。もやもやとした、悲しみみたいなものだけが残った。
重くなった足取りで西階段からPTA会議室へと向かうと、最後の仕事の割り当て表に目を通した。クラス担任と副担任への花束贈呈係では、名簿順でギリギリ一人差でヤマタ先生を回避しており、その安堵感でさっき見た光景はすっかり頭から消えていた。
生き霊化するほどのヤマタ先生の念よりも、もっと強い天意によってニアミスが避けられた。こういうとき、ついてないことのほうが圧倒的に多かったのに、今回ばかりは本当に助かった心地がした。
今年一年、委員を引き受けた3年生の保護者達は、一般とは別のルートで体育館へと案内されて、最前列で我が子の卒業式を見ることができた。毎年よりも大幅に短縮された式典は、せっかく練習していた歌や後輩の出席が削られてちょっとだけ残念だったけど、それでもとても感動的だった。
小学校の卒業時のあきらは、多少ならクラッチを使って歩けはしても、壇上に上がることまではできなかった。それが今回は階段を登り切り、会場の一段高い場所から全体に向かって一礼する。
誇らしかった。ステージの中央で堂々と振る舞う我が子の姿に、毎週嫌々続けてきたリハビリの日々の記憶が重なって、感慨深いものを感じた。
…………
「3年1組、全員起立!」
退場を促すための、スサナル先生からの最後のクラス号令がかかった。
一斉に椅子から立ち上がり、そのまま退場口へ向かうと思われた子供たちだが、牽引する男子生徒の1組コールの声に合わせてクラス全員が踊り出した。そして最後には、「スサナル先生、ありがとうございました!」とお揃いのポーズを決めていた。
それを受け取り、目の前で彼が破顔(はがん)した。
教師冥利に尽きるといった表情で、一瞬、感無量となり動きが止まり、そして再び我に返り、喜びを胸一杯にして花道を歩き出す。
愛する人の最高の瞬間に立ち会えた喜びは、特等席から見ていたこちらにも瞬時に伝わって、私の顔までたくさんたくさん綻ばせた。
それからすぐに、それと同じ分量以上の、教師という職業に就いている彼への嫉妬を溢れさせていった。
拍手で列を見送りながらも、嫉妬がチクっとするのを感じた。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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昨日けーことワッフル食べながら、「感情消しちゃうの、マジもったいなーい!」っていう話をしていました。
嫉妬もそう。感情が美味しいなーって思えるのって、悠久の時の中でほんの一瞬だし、たくさんの感情にまみれてる時って、それ以外にもノイズが多くて阿鼻叫喚すぎる。苦しいとしか思えない。
「この比率、もうちょっとなんとかならないの?」って高次元に直談判してみたけどさ、まぁさ、駄目って言われるのはわかってたけどさ…。
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同じく昨日、「meetoo読んでると途中で眠くなっちゃう人」に向けて、アドバイスを書きました。
波動域が違うと、ついてけなくて気当たりして眠くなるの。
だからこのアドバイスは、「アセンションを望む人が脱落、挫折をしないためのコツ」でもあります。