第61話 咲くや此の花
その年何度目かの大型台風だった。
丘の途中の、北西の擁壁上に建つ我が家は、遮る物なく真っ先に風を受けるので、かなりの勢いで家が揺れる。真夜中、あまりの揺れと轟音で、すっかり目が覚めてしまった。
一人リビングに小さな明かりをつけて、先週買った古事記関連の本の続きで眠気を誘い込もうとしたが、そこからページをめくる手が止まらなくなり、結局午前4時前には読み終えてしまった。
外はまだ真っ暗で、吹き付ける風の音が凄まじい。まだまだ眠れる気がしない中にも、なんとなくスサナル先生の気配を感じていた。その彼が眠りの世界へと誘ってくれているような感覚がして、もう一度布団に潜り込んで軽く目を閉じる。先生のエネルギーに誘われてそのまま天界まで導かれると、目の前にはセオリツヒメが待っていた。
目の前ではコマ撮りアニメーションのように、パタパタと多重ビジョンが展開していた。地上にあるどんな映像技術でも、これを再現するのは不可能だろう。
さっきからこの女神に「セオリツヒメ」と話しかけようとする度に、コノハナサクヤヒメと呼びそうになってしまうのは、彼女の背景に桜が舞っているせいだろうか。そのセオリツヒメの心の奥には、男神アマテルのパラレルである、ニギハヤヒが共に息づいているのが感じられた。
なんだ、私ももっと、彼への好きという感情に素直になろう。そして私の性を盗った最低な人間には、現実の世界ではもう、愛想笑いで取り繕うことはやめよう。あきらの内申に影響したらと我慢して挨拶してたけど、自分で自分を閉じ込めることはもうやめよう。
彼女と対峙するうちに、なぜだか自然とそんな考えに至っていた。
セオリツヒメが消えてからもしばらくの間、桜の花びらがハラハラと舞い続けていた。
翌朝はやはり寝不足で、これ以上ないほどに朦朧としていた。雨は降ったり止んだりだったが、風は少し弱まっていた。
結局明け方から軽い眠りしか取れずに、ボヤボヤの脳みそのままでパンだけかじって学校へと送迎する。その車内で私はあきらに、西階段で待ち伏せされていた先生の正体と、その人から夜中に、幽体で性被害に遭っていたことを告白した。
ここまで睡眠不足でなければ、親のこんな汚い話をわざわざ登校前に切り出すことなどなかっただろうと、後になってからあきらに申し訳なさを感じた。
けれどもその時のあきらは私からの話に驚きもしたけど、この子なりに腑に落ちるものがあったらしく、こんな風に言って受け止めてくれた。
「なるほど理解。道理でなんか、妙にヤマタに気に入られてて、『何で自分がこの人に？』って前から不思議に思ってたんだよ。あいつにやられたなんて最低最悪じゃん。ヤマタのことで、一切気を遣う必要ないからね。」
あきらにすべてを話せたことで、心が一気に軽くなった。
校舎を出て駐車場に戻る道すがら、台風の見回りのためか、雨がっぱ姿のヤマタ先生にすれ違ったけど、もう動じることはなかった。
「おはようございます。」
ねっとりとした低音が嬉しそうに口を開いた。いつもであれば、自分を殺して引きつった笑顔で挨拶を返していたところを、嫌悪感丸出しの表情を作って一瞥すると、そのまま盛大に無視してやった。
心の中で、「やった！」と叫んだ。ものすごく晴れ晴れとして爽快だった！雨粒だらけのヤマタが一瞬たじろいで、その場で少し、呆然としたのがわかった。
そしてすれ違ってから気がついた。
この雨かぜの中でも負けないくらいの強烈な香水の匂いが、ヤマタからプンプンと放たれていた。「いい匂いだと思われたい」なんていう安い理由で私の気を惹こうとしていたなんて、どれだけ舐められていたのかと思うと、無性に腹が立った。
あんなにキツすぎる香水って教師としてもどうなの？あれじゃあ生徒たちもかわいそうに……。
例え幽体レベルでは拒絶されているとわかっていても、実体の私からの挨拶が返ってくれば、ヤマタのエゴセルフはバグを起こして自分に都合のいい解釈を採るだろう。
そこを現実的に無視することで「嫌われている」とわからせて、ヤマタにとっての失恋という形で決着がつけば、この問題は解決に繋がるはず。そう、これでやっと、憑依からも解放されるだろう……。
けれども実際のところ、事態はそんなに甘くはいかなかった。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説（笑）、ぜひお楽しみください。
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香水にしても匂いのあるクリームとかにしても、「自分の嗅覚で感じたい」「この匂いが大好き」という、自分のため前提で使うなら全然いいと思うんだ。
だけど、意中の人や不特定多数の異性、あるいはツインレイであっても、「誰かにいい匂いって思われたい」は、バリバリ他人軸だということを意識してみてほしいの。
コマーシャルの目線って、他人軸増幅装置だよ笑
『愛され』って何だよ気持ち悪りーな笑
まあそれ自体を否定したりはしないけどね、エゴで惹き合った異性には、“自分にも”相手にも『打算』が含まれていること、ツインレイであっても『条件づけ』が含まれていることはちょっと覚えておいてね。
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