Setagaya in 2015 #1
隣の部屋で、ケンタが「バカっ」と独り言を言っている。
ほぼ20分おきに言っている。
きっと仕事のストレスを、小さく発散させているんだろう。
「バカっ」。
『馬鹿』と言う時、ちょっと破裂音が入って、最後は必ず寸止め。
故に、限りなく『パカっ』に近い「バカっ」。
ちょっと馬の足音っぽくもあり、
これが始まるとモンゴルの草原に意識が飛ぶ。
もしかすると、ケンタ自身もモンゴルの馬に思いを馳せているのだろうか。
わたしは、隣との空間を隔てている、磨りガラスのスリットが2本入った引き戸を見る。
わたしが座っている位置からは、ホコリを被ったフェンダーのドス黒い血みたいな色だけがうっすらと認識できるだけ。
彼がその部屋にいるのかは、見えない。
本当にいるの?
わたしの頭にレコーダーのようなものが浮かぶ。
心がざわつく。
いや、何もかも波のままにしておこう。
世界は収縮させまい。
わたしは机に向き直し、自分の仕事を続ける。
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