パシフィックメディカルが取り組む「地域医療情報連携ネットワーク」とは
はじめに
こんにちは。メドレー取締役の豊田です。
今回は、2021年にメドレーのグループ会社となった株式会社パシフィックメディカルが取り組んでいる、「地域医療情報連携ネットワーク」についてご紹介したいと思います。現在、私はパシフィックメディカルの取締役としても、この後に紹介するシステムの全国的な普及を担っています。
パシフィックメディカルのご紹介
パシフィックメディカルは、高知県宿毛(すくも)市を拠点に、20年以上にわたって中小病院・有床診療所向けの電子カルテ「MALL」を開発しており、約200の医療機関にご利用いただいています。メドレーが病院向け電子カルテ領域にも進出を検討する中で、優れた技術力で開発をしてきたパシフィックメディカル社が、グループの一員として加わりました。
さらに電子カルテに加えて、地域の病院、診療所、薬局、介護施設等の情報連携を可能とする「MINET(ミネット)」というシステムも開発しています。もともと、地元の高知県幡多(はた)地域で利用されている「はたまるねっと」という地連ネットワークを開発・運営をしてきたのですが、このシステムをベースに他の地域や法人でも活用できるように開発したのが「MINET」です。
地域医療情報連携ネットワークとは
この記事を読んでいただいる方の中にも、
「新しい病院に行くたびに、アレルギーや過去の病歴を伝えなければいけない」
「薬局で薬をもらうときに、病院と同じ質問をされる」
「病院を変えたら、最近受けた検査をまた受けることになった」
といった不便や手間を感じたことがある方は多いのではないかと思います。
こういった課題を解決するのが「地域医療情報連携ネットワーク(以下、地連ネットワーク)」です。
「1地域・1患者・ 1カルテ」を実現する地連ネットワーク
地域の医療機関や薬局などが地連ネットワークを導入することで、患者の診療情報(患者の基本情報、処方歴、検査データ、画像データ、診療録等)を共有することができます。いわば「1地域・1患者・ 1カルテ」という構想で、これが実現すると以下のようなことが可能になります。
診療情報の共有による、効率的で質の⾼い医療の提供
患者さんのアレルギーや既往歴、他院で出されている薬、最近の検査結果などが地域で共有されることで、診察が効率化される、また処方や検査の重複がなくなるなどが期待できます。さらには、個別の医療機関だけでは得られなかった情報をもとに診察することができるので、医療の質の向上にもつながる可能性があります。
救急や災害など、緊急時における迅速で適切な医療対応
救急で患者さんが病院に搬送されたときに、持病があるのか、今飲んでいるお薬があるのか、といったことが分からないと、検査や処置の判断に迷ってしまう場面が数多くあります。診療情報が地連ネットワークで共有されていれば患者さんの通院状況などが確認でき、迅速に適切な対応が医療現場で取れるようになります。また、災害などでカルテが見れなくなってしまった、避難所で医療対応しなければいけないといった場面においても、地連ネットワークに保存されたデータを参照し、適切な医療を継続することができます。
システム上での多職種連携による業務効率化
患者さんが転院したり在宅医療を受ける場合、医師が紹介状を書き、地域医療連携室の方が退院の調整や患者情報の申し送りのための書類を作成し、FAXや電話で伝達する、といった作業が通常は発生します。しかし、地連ネットワークがあればシステム上から必要な診療情報を確認することが可能なので、医師の紹介状や返信を作成する手間も大幅に削減されます。
また在宅医療においては、個別に患者宅に訪問する医師、看護師、薬剤師、介護士などのさまざまなスタッフが、共有される情報をもとに患者さんへのケアを実施することができます。
実際には手間やコストが課題で普及が進んでいない
ここまで地連ネットワークの便利な点をご紹介してきましたが、実際のところ地連ネットワークの導入は思うように進んでいません。少し古い報道になりますが、2019年の日経新聞の記事 ( 「医療IT」かけ声倒れ 診療データ共有、登録1%どまり」「診療データ共有、形骸化 公費530億円投入も利用者1% 」 ) では、全国で210以上の地連ネットワークに500億円以上の多額の公費が投入されながらも、有意義に活用されていないことが指摘されています。そして同年に、会計検査院からの指摘を受けた厚生労働省が、全国の地域医療連携ネットワークの実態調査を行う事態となっています。
地域医療にとって有益なはずの地連ネットワークですが、なぜ活用が進んでいないのでしょうか?
これまでの地連ネットワークには大きく3つの課題がありそうです。
1つ目は、これまでの地連ネットワークの多くが、大学病院などの大病院の情報を他医療機関が参照することを目的とした「1:n型」の一方向のネットワークであったことがあげられます。これによって、地域をまたいで複数のネットワークが乱立してしまい、1地域・1患者・1カルテが実現できていない地域が多いことが挙げられます。一人の患者さんについて、複数のネットワークを参照する必要がある場合も少なくなく、現場にとって必ずしも便利とはいえない状況がつくられてしまっています。
2つ目は、地連ネットワークへの医療機関と患者の参加・登録を促す活動が十分でなかったことが挙げられます。地連ネットワークは、「参加する施設数」と「登録する患者数」の双方が伸びることで、地域のために役立つシステムとなっていきます。しかしながら、これまでの事例を見ると、導入した後に積極的に医療機関と患者の双方の数字を伸ばす積極的な活動をしている地連ネットワークはあまり見当たりません。「登録患者が少ないから参加施設が増えない」「参加施設が増えないから登録患者が増えない」という負の連鎖に陥ってしまっている地連ネットワークが多いのです。
3つ目は費用の問題です。システムを継続させるために必要なランニングコストや更新コストの負担が問題になっています。多くの地連ネットワークがオンプレミス型のサーバで動いているため、更新時に一定費用がかかってしまうのですが、その費用負担が約7割の地域で未定となっており*、長期での継続的な運用を見通しづらいのが現状です。
*参照 「ICTを利用した全国地域医療情報連携ネットワークの概況(2019・2020 年度版)」
「はたまるねっと」の実績と「MINET」の進化
非常に有用であるにもかかわらず、その活用については課題が多い地連ネットワークですが、パシフィックメディカルが開発している「はたまるねっと」は、全国でも屈指のシステムとして活用されています。はたまるねっとの実績と特徴、はたまるねっとをベースに開発された「MINET」の進化について、簡単にご紹介します。
宿毛市に住む70歳以上の約6割が登録する「はたまるねっと」
「はたまるねっと」は、高知県幡多郡(3市2町1村)で利用されている地連ネットワークで、多くの施設と患者が参加・登録しています。特に中心となっている宿毛市においては、70歳以上の約6割の方がシステムに登録されています。さらにはたまるねっとは、令和3年度のデジタル田園都市構想推進交付金(以下、「デジ田交付金」)の対象となっています。この補助金を活用し、現在、地域住民向けのアプリと連携したPHR(Personal Health Record)の実現にも取り組んでいます。
「はたまるねっと」と「MINET」の特長
なぜ、「はたまるねっと」はこんなにも活用して頂けているのか。さまざまな特長がありますが、大きく3つの要因があると考えています。
1) データの自動収集・突合
「はたまるねっと」では、セキュアな回線を通じて電子カルテやレセコンの情報を15分ごとに収集しています。さらに、氏名や保険番号等をもとに、複数施設の情報を自動的に突合し時系列に表示します。これにより、現場に負担をかけることなく「1地域・1患者・1カルテ」を実現できています。
2) 積極的な医療機関と患者への働きかけ
「はたまるねっと」は、幡多医師会が中心となっている協議会によって運営されています。パシフィックメディカルも協議会に協力しているのですが、そこで重視しているのが、参加医療機関と登録患者数を増やすことです。実際に、地域の医療機関、薬局、介護施設等へ継続的に説明を実施し、参加を促しています。また、新型コロナ流行前には、中核病院の待合室などに患者向け説明ブースを設置し、登録患者を増やす活動も積極的に行っていました。その甲斐あって、前述したとおり、高い患者登録率を実現することができています。
3) クラウドベースで開発されたシステム
「はたまるねっと」をベースに開発された「MINET」は、完全クラウドベースで開発されています。そのため、災害時のデータバックアップとしての役割や、運営費用やサーバ更新費用の負担軽減など、「はたまるねっと」からさらに進化した、地域医療に貢献できるシステムとなっています。
このような特長から、「MINET」はさまざまな地域でその導入をご検討いただいています。
地域医療連携ネットワークの今後
以前にご紹介した通り、いま国としても医療情報の標準化と共有の必要性を謳っています。電子カルテの普及率の向上や標準フォーマット活用の推進はとても重要ですが、国全体となるとどうしても共有される情報が限られたり、介護や訪問看護などとの多職種連携までは対応が難しかったり、情報共有に2-3ヶ月程度のタイムラグが出ることが想定されます。
このような課題を補うものとして、地連ネットワークは引き続き、地域医療において重要な役割を担います(日経SDGフェスでも、議論されています。参考:医療DX 実現へ加速 データ共有・標準化推進
シンポジウム「医療DX〜令和ビジョン2030の実現に向けて」)。
これまで課題が多く、なかなか活用が進んでいない地連ネットワークですが、質が高く無駄のない医療を実現するためには「1地域・1患者・1カルテ」の実現は必要不可欠です。今後も、メドレーとパシフィックメディカルは、「MINET」の普及を通じて地域医療へ貢献していきたいと考えています。