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理学部の生物学は「ヒト以外」生物学である
筆者は某国立大学理学部生物学科の出身である。同じ大学院で博士(理学)まで取得した。学位取得後は、複数の大学・研究所の基礎系の研究室を渡り歩いた。縁あって某国立大学の医学部で生理学や解剖学の講義を担当したことがあるのだが、その際、自分の知識が、いかに偏っていたかということを実感させられた。
生物学科では、生物全般における知識を得るため、分子生物学や細胞生物学をはじめ、生化学、遺伝学、生理学、発生学、生態学、進化学等を(建前上は)系統的に学ぶ。各項目では、例えば遺伝学ではショウジョウバエや線虫など、発生学ではウニやイモリなど、モデル生物についての知識を中心的に学ぶことが多い。そのこと自体は問題ではない。問題は、生物としてのヒトについての情報が圧倒的に少ないことだ。
理学部の生物学は「ヒト以外」生物学なのである。これは、非常にもったいないことではないだろうか。一方、医学部では、当然、人間の生理学、解剖学、生化学、遺伝学、発生学を学ぶことになる。医学部で講義を担当して改めて実感したことは、生物としてのヒトはおもしろい、ということである。医学部での講義は、どうしても疾患との関連に偏りがちであるが、例えば、解剖学において人間の身体の構造とその発生学的・進化学的な関連を考えたりすることは、実におもしろい経験だった。
私たち人間にとって最も身近な生物は私たち自身である。たとえ無脊椎動物や植物などのモデル生物を研究対象としていたとしても、ヒトとの関連性の中で研究対象を捉え直してみると、また新しい発見があるだろう。別のnoteでも書いたが、残念ながら、医学部の教育は創造性を潰すようにできている。創造的な医学研究を発展させるためには、医学とは別の「ヒト生物学」を理学部で展開する必要があるのではないだろうか。