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あなたは本当に「研究」がしたいのか

 このnoteは、一人の生命科学研究者・指導者としての愚痴である。

 研究結果について議論していると、『あなたは本当に「研究」がしたいのか』と問い詰めたくなる学生がいる(たまに、教授もいる)。以下は、事実を元にしたフィクションである。

 野生型マウスと病態モデルマウスのトランスクリプトーム解析を行なっている。常套手段としては、DEG(Differentially Expressed Genes、異なる条件やグループ間で発現量が大きく上昇または減少した遺伝子のこと)をとって、GO(Gene Ontology)解析やGSEA(Gene Set Enrichment Analysis)を行い、候補遺伝子やシグナル伝達系を絞り込んでいく。

「発現量が有意に変化した遺伝子のリストは次のとおりです」
「ふむふむ」
「GO解析とGSEAでは、脂質代謝に関係するものが、有意に出てきています」
「ほうほう」
「以上です」
「・・・それで、発現変動量が一番大きな遺伝子は、どのような機能を持っているのですか?」
「わかりません」
「機能が未知の遺伝子ということですか?」
「調べていないので、わかりません」
「・・・」 

『あなたは、この研究(実験)の目的を本当に理解しているのか?』という言葉をグッと呑み込み、「それでは、つぎのミーティングまでに調べておいてください」と締めるが、次回のミーティングで調べた結果は報告されない(つまり、調べていない)。

 マウスの24時間の身体活動量の解析をしている。埋め込み型の活動量計で、40 Hzのデータが取得できる。学生は、意気揚々と「パワースペクトル解析をしてきました」と報告してくる。どのようなことがわかったのかと聞くと、「はっきりとした周波数パターンは観察されませんでした」と言う。マウスはフラッシュ(アメコミのスーパーヒーロー。超スピードで疾走することができる)じゃないんだけどな、と思いながら、その解析方法は、時間解像度的に適切でないので、別な解析方法を検討してくださいと提案するが、つぎのミーティングでは「適切な方法はありませんでした」と報告してくる。類似研究ではどのような解析方法を使用してるかと問うと、「類似研究は調べていません」とのこと。

 このような学生に共通した特徴は、以下のとおり。

  • 先生から指示された事を行うのが研究だと思っている

  • 研究対象に対する興味がない、または、非常に浅い

  • 「放牧」型の研究室で、まともな初期教育を受けてこなかった

  • あるいは、「工場」型の研究室で、与えられた単純作業だけをこなしてきた

 こう書くと、初期教育の問題のように思えるが、学位を取って将来はどうしたいですか?と尋ねると、だいたい、つぎのように答える。

  • 大学教授になりたい

  • 〇〇先生みたいになりたい

  • 国際会議で発表してみたい

 そこは、『「〇〇を研究してみたい」と言うところではないのか?』と思ってしまう。つまり、モチベーションが研究そのものにないのだ。「研究へのモチベーションが自分の外にある人は基礎研究には向いてない」のnoteでも解説したが、モチベーションが自分の外にある人には、基礎研究はつらい。研究に対するモチベーションがない人には、もっとつらい(主に指導する側が)。

 それでも、自主的に実験をバリバリこなしてくれればよいのだが、自主性に任せると、研究室に遅く来て、雑談ばかりして、早く帰る。指導側がスケジュール管理をしてあげないと、まともに研究が進まない。そして、指導者から「もっと他に向いた道があるのでは?」と言われるか、「とにかく学位を出して卒業してもらおう」となる。

 別に、研究に対する強いモチベーションがなくても構わない。研究対象に対する知識を身に着け、実験をこなし、スケジュール管理ができ、研究が進みさえすれば。逆に、いくら研究に対するモチベーションが高く(見え)ても、勉強せず、実験量が足りず、締切を守らず、研究が進まないならば、その人は科学研究には向いていない。

 研究室は学生にとっての思い出づくりの場所ではない。研究者になるための、もしくは、科学的・論理的な思考・技術を身につけるためのトレーニングの場所である。楽しく過ごすことは構わないが、最低でも、研究には真摯に向き合ってほしいものである。学生も、指導者も。

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