研究初心者が陥りがちな罠〜なぜ実験の失敗を繰り返すのか
はじめに
研究初心者が実験系の研究室に入って一番最初に立ちはだかる壁の一つは、実験がうまくいかないことです。多くの場合、最初の実験は指導者と一緒に行うことでしょう。まず指導者がデモンストレーションし、その後続けて同じ操作をするか、見学だけという場合が多いと思います。2回目の以降は一人で実験操作を行うことが多いでしょう。そして、大抵は、指導者と一緒にやったときはうまくいった実験が、一人でやるようになった途端にうまくいかなくなります。もしくは、一人でやった最初の実験はうまくいきますが、それ以降はスランプに突入していきます。「実験がうまくいかないあなたのための実験のやり方」のnote記事では、実験がうまくなるための注意点を解説しました。このnote記事では、もう少し細かな、見過ごしがちなTipsを解説します。
罠その1:正しく実験ノートを取らない
実験ノートを正しく取らずに実験を失敗してばかりの人がいます。大きく分けて、実験ノートをまともに取らないタイプと、メモ紙などに書いた記録を後で実験ノートに書き写すタイプがあります。まず、実験ノートをまともに取らないタイプは論外です。すべてのWETの研究活動に向いておらず、PC内にログが残るDRY研究であれば、かろうじてできる?くらいです。それでも、電子的な記録を残す必要があります。一方、メモ紙などに書いた記録を後で実験ノートに書き写すタイプは、実験ノートの意味を取り違えています。しかも、実験が失敗したときは、記録に残さないこともしばしばあります。実験記録は、きれいに清書された実験ノートを取ることが目的ではなく、リアルタイムの一次情報を記録することが目的です。失敗も含めて、プロトコール、実験結果、アイデア、実験上で気づいたこと、指導者とのディスカッション内容など、研究活動のすべての情報を実験ノートに直接書き込むことが重要なのです。そうしなければ、実験が失敗した時の振り返りもできません。いますぐメモ帳を捨てて、すべてを実験ノートにもれなく記録してください。
罠その2:実験操作の意味を考えない
実験において、わけもわからず機械的に操作を行い、各ステップの意味を考えない人は、実験を失敗する確率が高いです。例えば、「2時間室温で保温する」や「サンプルを氷上で保冷しておく」との指示があった場合、それらの操作には何らかの根拠があります。実験操作の根拠を理解していれば、2時間のところを「うっかり」5時間保温してしまったり、「うっかり」室温で放置してしまったり、することはなくなるでしょう。また、実験操作の意味・原理を理解していれば、間違った操作をしてしまったときも、サンプルを捨てずに復帰させることができることも多いのです。
罠その3:サンプルチューブにラベルを書かない
たとえチューブが一本だとしても、ただの番号でも構わないのでラベルは書くべきです。特に、サンプル量が少ない場合、ラベルがなければ空チューブとの区別ができなくなる可能性があります。また、複数のサンプルを取り扱う場合、チューブの位置だけでサンプルを区別することは大変危険です。ラベルを書いていないサンプルチューブを乗せたラックをひっくり返した場合、サンプルの復帰は、ほぼ不可能です。実際、それで実験を何度もやり直している人を見たことがあります。懲りずに実験の失敗を繰り返す人には、失敗を繰り返すだけの理由があるのです。ラベルの記入という少しの手間を惜しんで、貴重なサンプルと実験時間を無駄にするのは割に合いません。
罠その4:サンプルや試薬のラベル・量を確認しない
正しいサンプルに試薬を入れていますか?試薬を取るたびに正しい試薬か確認していますか?マイクロピペットで試薬を取る時にチップの先の液量を確認していますか?試薬がちゃんとチューブに移されたか確認していますか?分子生物学実験や生化学実験では、同じタイプのチューブがたくさん並びます。実験の失敗を繰り返す人は、頻繁にサンプルや試薬を取り違えたり、試薬の量が正確でなかったり、取れてなかったりしています。筆者は、試薬やサンプルチューブの並べ方にマイルールを作って、間違いを極力減らすようにしています。以下に例を紹介します。
試薬は使う順に左から右へ、もしくは、手前から奥へと並べる
プロトコールでは、試薬をチューブに入れる順番通りに書く
試薬を取るたびに、試薬ラベルと取った量を確認する
試薬がサンプルチューブにちゃんと入ったか確認する
試薬を入れ終えたチューブは、一段(一列)ずらして位置を変える
すべて埋まったチップラックからはじめ、チップの位置を試薬およびチューブと対応させる
使い終わった試薬の位置をずらす
サンプルを移し終えた空のチューブは、使い終わったチップをいれて別のラックに取っておく
「そこまでやらなくても」と感じるかもしれませんが、サンプル数が多い場合、このくらいしないと必ずどこかでミスをします。
罠その5:実験の振り返りをしない
実験がうまくいかなかった場合でも、実験ノートを見返して、どのステップが原因でうまくいかなかったのか考察することが必要です。「どこが悪かったのだろうか」と振り返りをすれば、実験経験を積むにしたがって、ミスをしがちなステップがわかるようになります。罠1〜4に注意して、トラブルシューティングを積み重ねることが、実験者の経験値となっていきます。実験の振り返りをせずに、闇雲に実験を繰り返すだけでは、また同じミスを繰り返すか違うステップでミスをして、また実験を失敗するだけでしょう。
おわりに
本来ならば、このnote記事で解説した事柄は、実験指導者が系統だって指導すべきことです。筆者は、上述の内容に加えて、「実験がうまくいかないあなたのための実験のやり方」のnote記事の内容も合わせて学生を指導していますが、同様の指導をシステマティックに行っている研究者を周りで見たことがありません。どこかにいるとは思いますが。「大学院修士・博士課程は自動車学校と同じであるべきだ」のnote記事でも解説しましたが、実験をうまくできるようになるかどうかは、研究の本質以前の問題です。「優秀な大学の先生は「できない」学生の気持ちはわからない」のnote記事で解説したように、初期の研究教育指導に労力をかければ、その後は「まともな」研究の本質に集中できるようになります。このnoteが、放置プレイを受けて実験がうまくいっていない研究初心者や学生の助けとなれば幸いです。