「氷山に咲く大輪の花」第10話 新たな挑戦
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そして私は、とうとうピアノの先生に打ち明けることにした。自分が作った歌をしっかり形にしていきたいと。すると先生は、「半年前に言っていたことですよね?」とすぐさま返答してきた。
半年前にすでに自分の思いを伝えていたなんて……。先生に言われて思い返してみたけど、はっきりとは思い出せなかった。
もし、先生にすでに伝えていたとしたら、無意識のうちにこの半年間逃げていたことになる。おそらく、あの過去世での体験がトラウマとなって、今の自分に対して影響を与え、しり込みさせていたのだろう。
その後、先生は、私が自分から動き出すのを待っていたかのように、楽譜作りのためのアドバイスをしてくれるようになった。メロディライン(主旋律)はすでにでき上がっていたけど、伴奏の部分に関しては、まだ自分ではできないから先生が作ってくれた。
自分にとっては、それが本当にありがたく、感謝の気持ちを先生に伝えると、井上さんが主旋律を作ったからこそ伴奏部分が決まるのです、と言ってくれた。
楽譜を書くにあたっての基本的なことをレッスン中に教えてもらって、家で少しずつ楽譜を作成していった。楽譜を書く作業は、基本的に楽しかった。作業中は不思議なくらいに落ち着くし、はじめてなのに、ていねいに書きたいという気持ちもおのずと湧いてきていた。
鉛筆で書き上げた楽譜は見た目にもきれいで、自分でも満足のいく仕上がりだった。しかし、そのころにはまた新たな壁にぶつかっていた。
大輪の花が咲く
ちょうどそのころ、私は整体やカウンセリングの手法、呼吸法などを講習で伝えていて、その受講生や卒業生の方とイベントの企画をしていた。それは、それぞれに自分が得意なことを形にして、商品として販売するというイベントで、講習で習ったカウンセリングや整体のお店を出店する人もいれば、ハンドメイドの作品やハーブ、無農薬の野菜を販売する人もいた。
そして、何人かの卒業生の方に声をかけて、イベントの企画を進めていたのだけど、ある時期から、自分がそのイベントで歌うといいかもしれない、というアイデアが浮かぶようになっていた。
やってみたいという気持ちはあるけれど、怖さが勝ってしまい、なかなか他のスタッフに本心を伝えられない日々が続いた。そんなあるとき、友人でもあるKさんと一緒に舞台に上がっているイメージが浮かんできた。
Kさんはその当時、月に一度のペースで、私のところに講習を受けに来ていた。
彼女はプロのダンサーでもあって、彼女が華麗な舞踏を披露している姿を私は他のイベントで何度も見たこともある。そんなプロの人に声をかけるなんて、簡単にできることではなかったけど、月に一回しか会えないし、時期も迫っていたから、思い切ってイベントに一緒に出てみないかと誘ってみた。
私が自分で作った歌を歌い、Kさんは即興の舞をする。こんなイメージを簡単に伝えてみたが、友人とはいえ、相手はプロだし、こっちはかけ出しの自分に自信がない歌い手だ。どんな返答がくるのか少し怖かったけど、Kさんはまったく正反対。「おもしろそう、やるやる!」と小気味よい返事をすぐにしてくれた。
拍子抜けするくらいの彼女の反応に、私は内心かなりおどろいていたのだが、イベントは3、4か月後でのんびりもしていられない。月に一回の講習のあとに、イベントに向けて練習をする約束をした。
そして、イベントのスタッフにKさんとの企画を相談してみると、不安が入り交じる私の気持ちとはこちらもまったく真逆で、みんなの目は輝いていた。満場一致で賛成してくれた。
声楽のレッスンに通っているときに人前で何回も歌ったけど、そのときとは違う、はっきりとした「怖さ」が私の中にはあった。
しかし、この流れはいたって自然であり、誰一人反対する人もいなくて、心よくさえ思ってくれている。自分の内側からは震えがくるくらいでもあったけど、とにかく前向きに歩みを進めていくほかに選択肢はなかった。
ピアノの先生にもさっそく報告をした。当初は、自分で弾いたピアノの伴奏を録音し、当日にその伴奏を会場に流して歌うことを計画していた。そのため、まずは楽譜の細部を完成させていった。そしてピアノのレッスンでは、伴奏を完璧に弾けるように先生の指導が続いた。
ハ長調で始まるこの曲は、途中でイ短調に変化する。このことを教えてくれたのも先生だった。曲中の調の変化についても音楽的に問題はなく、自然な感じにできていることをほめてくれた。
この曲ができ上がっていく段階では、長調や短調のことを学んでいたわけではなく、自分の感覚の中で曲を作っていたから、そのことがわかってうれしかった。
イベントが近づくにつれ、先生の指導にも力が入ってきた。
一通り弾けるようになったあと、テストをしてもらったが、怖々と弾いていたのか、ピアノの音に意識が乗っていない、エネルギーを感じないと注意された。
意識を乗せていく……。
そのことに注意しながら、もう一度、先生の前で弾いた。曲の途中では、言いようもない怖さが浮き上がってきた。肘から指先まで、力が入っているようでもあり、固くなっていたようにも感じたが、弾き終えると先生は合格点を出してくれた。
そして、イベントを10日くらい前に控えたころ、先生は本番前の歌のテストをしてくれた。
本番の感覚で歌ってみてください、と言って先生はおもむろに伴奏を始めた。急にそう言われて、気持ちの準備もままならない状態で私は歌い出したが、緊張していて声に張りもなく、途中から急に喉が渇いたようになり、大きく動揺してしまった。
伴奏を弾き終えた先生の声は、私にとって少し手厳しい感じだった。
「井上さん、声楽のレッスンでも習ったと思いますが、高い音域の声を出すときは、どんなことが大切ですか?」
普段の調子とは違う先生の意気込みに、私はかなりおどろいた。
しかし、その通りだった。高い音域の声を出すときは、身体の下の方に意識をおいていないと、安定した声を出せない。声楽を習っているときの先生は、凧(たこ)上げをするときの糸を持つ感覚、あの、糸を引っ張る感覚をへその下に置いておくと安定した声を出しやすくなると、教えてくれていた。
急にピアノの先生の伴奏が始まって、あわてながら歌い始めたけど、一度こういう練習を本番前にすると、すごく効果があるらしい。あの動揺した感覚が本番で出てしまったら、どうにもならなかっただろう。
だからこそ、事前にそのための準備ができた。
緊張してあがってしまっても、とにかく意識を自分の中心に合わせておくこと。とくに身体の下の方に意識を定めておくことを大切にして、本番にのぞむことにした。
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