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【第32回】正直TKA,未来-2:THAを追いかけるのはもう止めよう;膝と股関節は違う
阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳
その発祥から見てもTKAは常にTHAを追いかけてきた。1960年代のCharnley Hipの成功がTKAにとって偉大な先達となり,その後もずっと目標となってきたことは間違いない。あまり知られていないことだが,最初の表面置換型TKAは,Charnleyの施設(Wrightington Centre for Hip Surgery)で行われている(@1968, by Gunston)。このように歴史的にもTKAがTHAの後追いをしてきたことは認めざるをえない。
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本邦でのTKAの立ち位置について考えてみると,THAとの格差(落差)は諸外国よりずっと大きかったし,今も状況はあまり変わっていないと思う。Charnley型THAがWrightington病院への見学者たちにより,本邦に導入されたのは1960年代後半に遡る。それから10年あまりが経過した私の研修医時代(@大阪労災病院1983〜1985年)における超個人的な記憶,感想としては,
●股関節外科が骨切り術も含めて整形外科の花形であり王道であった
●医局の本棚には多くの股関節関連の日本語の本が並んでいた
●THAは優れた除痛効果と長期成績が実証され,その地位を確立していた
●THAは週に4~5例コンスタントに行われていた
●研修医終了時に執刀させてもらって嬉しかった
学会などでも,股関節のセッションでは大御所といわれる先生方が並び,活発な(時に激しい)論議がなされていた。当時の私には内容は「???」であったが,皆のTHAに対する思いや情熱は肌で感じられた。
ではその時期のTKAはどうだったのだろう?
●股関節外科医,リウマチ外科医,スポーツ整形外科医の片手間仕事であった
●医局の本棚には数冊の英語の本があった(Surgery of the knee)
●TKAの長期成績はまだ実証されていなかった
●TKAは週に1例程度,リウマチ科ではもっと頻繁に行われていたが見る機会なし
●自分で執刀することなど夢のまた夢
このように,THAとの格差(落差)は大きく,当時が私のTKA遍歴としては暗黒時代になってしまったことは他で書いた。(興味があれば正直TKAの過去シリーズを始めから読んでいただきたい)。だから歴史的に見ても,わが国ではTHA surgeonが幅を利かせていて,TKA surgeon(そういう人が存在したならば)は肩身が狭い状況だったのである。
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人工関節全体を俯瞰してみると,そのパフォーマンスという意味では,股関節が頭一つ(数個かもしれない)抜けた存在で,膝関節がそれを追いかけ,他の関節(肩,肘,足)とはかなり差があるという構図が見えてくる。 確かにTHAは“20世紀で最も成功した術式”と言われるだけあり,除痛効果や愁訴の少なさではTKAはやや分が悪い。“人生変わりました”と術直後に言ってもらえるのはやはりTHAなのである。その意味でTKAはTHAに必死で追いつこうとしながら追いつけないでいる二番手の位置に甘んじていると言える。
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TKAの成績がTHAに及ばないとすれば,その原因はなんなのだろうか? さらにそれが特定できればそれは改善可能なものなのだろうか? それを考えることは大きな意味のあることだと思う。まず関節自体の特性に大きな差異があることを認識することが重要であろう。膝関節を股関節と対比して眺めてみると,
●内外側の大腿骨脛骨関節面及び膝蓋大腿関節面を持つ複合関節である
➢特性,キネマティックスが異なる
➢大腿骨脛骨(FT)関節
✧回旋も含めた三次元的運動
✧滑りと転がりの複合運動
➢膝蓋大腿(PF)関節
✧謎が多い(Unknown & Often neglected joint)
✧画像所見と痛みが必ずしも一致しない
●体表面に近く,軟部組織(筋肉,脂肪)の被覆が少ない
●関節可動域・関節表面積が大きい
などの大きな違いがあることに気がつく。
膝関節は,その構造からしてきわめて複雑である。内外側のFT関節面はその形態や役割が異なり,それを補助する構造として十字靱帯や半月板が存在する。単一な球関節である股関節とはエラい違いである。キネマティックスの複雑さという意味では両者はまったく比較にならない。さらにPF関節面が問題をより複雑にしている。FT関節が荷重伝達を担うのに対して,膝蓋骨は大腿四頭筋の種子骨であり機能的に大きな差がある。あまり意識されないことだがPF関節面はFT関節面とは本来別個の関節であり,区別して考えるべきなのだ。私はヒツジのPF関節がFT関節と独立して存在しているのを見たときにとても驚いた(C.B. Little et al.: The OARSI histopathology initiative-recommendations for histological assessments of osteoarthritis in sheep and goats Osteoarthritis and Cartilage Vol.18. S80–S92, 2010, Fig1(B)にヒツジの膝関節の解剖が掲載)。ちなみに我々のMRIを用いた解析では,深屈曲すると膝蓋骨は大腿骨遠位部(FT関節)とも接するようになる。(S. Nakagawa et al. JBJS-Am)。これは進化なのだろうか? やむをえない適応と考えるべきなのだろうか? 人類がより最適な形態への進化の途中にあるのか?という論議にもつながるが,その答えは多分誰にもわからない。
現実的な問題として考えてみると,この複雑(怪奇な)膝関節の形状と機能を両立させるインプラントデザインは可能なのだろうかと思えてくる。THAでは“摺動面のデザイン”というのは基本的に存在しない(変数は骨頭径ぐらいである)。しかし,TKAでは3つの機能的に異なる関節面を複合的にデザインするという意味で自由度が高いが,それはとりもなおさずきわめて難しいということになる。 “あちらを立てればこちらが立たず”というtrade-offが必ず存在するからだ。このように理論的に考えてみると膝関節と股関節(THAとTKA)はそもそも“比べられない”し,“比べてはいけない”のではないかという気がしてくる。
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その意味でNeglected jointというのは当たらないのかもしれないが,
私(そして大多数の整形外科医)にとってUnknown jointであることには変わりはない。
この膝関節と股関節の相違を反映しているのだろうか,日常生活を考えてみても,膝の痛みや違和感を覚えることはまれにあるが,股関節のそれを感じることはほとんどない。これは読者の皆様もそうだろう。この膝と股関節への意識の相違に関して,あまり知られていないが興味深いデータがあるので紹介しておこう。Forgotten Joint Score(FJS)をご存じだろうか? 患者立脚型の臨床スコアとして,最近はよく学会でも耳にするのでご存知の方も多いだろう。これは2012年にBehrendらにより提唱された(The Journal of Arthroplasty. Vol.27 No.3, p430, 2012) もので,“関節痛がないだけでなく,日常生活でなんの違和感もなく関節を意識しない状態”をForgotten jointと定義し,それを数値化したものである。100点満点で点数が高いほどよい:関節を意識しないことを示している。
そのオリジナル論文での数値を見てみると,下に示すように男性の方が高く,THAは60点前後,TKAは50点前後であり,確かにTHAの方が高得点である。そして健常コントロール群の点数も記載されているが,平均すれば80点を超えるぐらいの値であり,決して100点,つまり“日常生活でなんの違和感もなく関節を意識しない状態”ではないことがわかる。
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注目すべきは,この健常コントロール群での,膝関節と股関節の点数の相違である(これは表に数値では示されておらず,グラフにだけ表示されている)。それを見ると,股関節のFJSは90点以上であり,ばらつきも小さいが,膝関節のそれは70点前後で,比較的ばらつきが大きい。これは見逃されているデータであるが,TKA後の成績をTHA後と比較するに当たり,とても重要なポイントだと思う。股関節の異常(痛み・違和感)は膝関節に比べて非常にまれなのだ。なんのことはない,関節を意識するという面からも“膝と股関節はもともと違う”。だから,少々術後成績に差が(もし)あったとしても“仕方ない”のである。
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私はHip & Kneeも同じような関係だと思う。
(つづく)
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