【森岡 周先生:インタビュー第2回】専門家として必要な情報を手に入れるための多様な情報源の活用法
——現代社会で情報収集をするうえでのメリット・デメリットを教えてください。
森岡:
メリットはたくさんありますよね。
特に,自分たちがアナログで情報を手に入れていた時代に比べると,精度も効率も上がっていて,羨ましいと思います。
一方で,大量の情報が手に入ることで,逆に専門領域に関する情報の取捨選択が容易ではなくなっていることがデメリットでしょうか。
若手のセラピストは,自分の専門領域をどのように確立していくべきか,頭を悩ませているのではないかと感じています。
文献の内容は必ず自分の目で確かめる
——若手のセラピストが論文から得られる情報を取捨選択していくための方法はありますか。
森岡:
自分の専門領域について,キーワードと人物の両方から文献を検索する方法を身に付けたらよいと思います。
若い頃はその領域のキーとなる研究者を知らないので,例えば脳卒中(stroke),半側空間無視(unilateral spatial neglect)のようなキーワードから文献を検索すると思います。
若手にぜひ身に付けてほしいのは人物(研究者)から文献を検索する方法で,脳卒中の運動障害であれば,その研究を世界的に牽引しているグループや関連する研究者の文献を徹底的に調べていきます。
この方法によって,自然とその領域に関する縦のラインの情報(特定の研究グループや専門領域内の情報)ができあがるので,まずはその人物・グループの論文だけを読むようにします。
横のラインの情報(異なる研究グループや専門領域間の情報)となるキーワードで検索していると,各国の論文が大量に出てきてしまうので,どの論文が重要かわからなくなります。
ただ,キーワードの場合もさまざまな論文の引用文献を見ると共通して引用されている論文があるはずなので,その領域のルーツとなる重要な論文を見つけることが可能です。
ルーツとなる論文を辿っていくと,必要な情報が得られ,その分野について理解を深めることができます。
——先生が情報を扱う際に気を付けていることはありますか。
森岡:
自分の目で確かめることが大事だと思っています。
論文で引用されている文献の内容を確認したり,記載されている研究方法が再現可能か試すことで,その情報の信憑性がみえてきます。
同様に文脈も大事にしています。
例えばテレビの場合,僕が20分話しても実際に放映されるのは3分で,放映されていない部分に重要な文脈があるにもかかわらず,その結論の部分だけが情報として放映されます。
複数人が話したことを繋いで,本来とは別の文脈を作ることもありますよね。
放映される内容は,僕が言ったこととは別の言葉に変化してしまいます。
ただ書籍の場合も同じで,論文を引用していたとしても,その論文の本質ではないイントロダクションの一文を引用して文脈を作っている場合があります。
文脈が勝手に作られて,言葉遊びが進んだ結果の情報が書籍に掲載され,患者さんへのリハビリテーションにおいて実践されることもあると思います。
信憑性のない情報に基づいたリハビリテーションが実施されることで最終的に迷惑を被るのは患者さんなので,書籍を執筆する際は,自分で確証を得たうえで情報が正しく伝わるように気を付けています。
発信される情報にはメディアごとの特徴がある
——書籍というメディアにはどのような特徴があるとお考えでしょうか。
森岡:
書籍はあくまでもある情報を最初に手に入れる際に読むメディアで,最終的には読み手がその情報を自分なりに解釈することが必要になる点が特徴だと思います。
膨大な情報を収束させてまとめることに書籍の意義があると思います。
一方で最近では,「学生のためにわかりやすく長い文章を書かないでほしい」「箇条書きにしてほしい」というような要望を付け加える出版社もありますよね。
これは逆に文脈を読めない,文章化できないセラピストを生み出す一因になっていると思います。
臨床では,患者さんに起こっている現象の原因がまったくわからない場面に遭遇することも多いです。
そのときに,アプローチのやり方だけを学んでいても患者さんの特徴をとらえることはできません。
自分なりに現象を解釈して文脈を作り原因を考えることが改善のためには必要となりますが,文章化ができない人には難しいと思います。
——書籍以外のメディアとしてYouTubeやSNSといったソーシャルメディアが存在する現状をどのように感じていますか。
森岡:
僕は多様なメディアが存在することについては,肯定派です。
自分がまったく無知な領域についてYouTubeで検索すると,簡単に入り口となる情報を説明してくれますよね。
学生もリハビリテーションについて初めは無知なので,YouTubeで検索するのも当然です。
一方で,ある程度自分が専門的な知識をもっている場合には,YouTubeで検索して得られる情報はうわべだけでわかりやすく単純化されていて,自分の知っていること以上の新しい知識はないと思うでしょう。
視聴数を稼ぐために,キャッチーに説明している場合もあるかもしれません。
リハビリテーションの専門家であれば,神経や運動器に関する情報を単純化できるはずがない,もっと複雑で自分の臨床の基盤となるような情報で勉強しないといけない,と思うべきです。
逆に言うと,YouTubeの説明が勉強になったと感じるうちは,自分が専門家ではなく素人だと自覚しないといけません。
また,YouTubeの情報は,発信者本人以外の他者の目を通さずに公開されていると思います。
論文では編集者や査読者が目を通して,書籍でも出版社が文章を校正して,編集者が科学的に正しい内容か,書籍全体のテーマに沿う内容か,各章で矛盾しない内容か確認したうえで,公開されますよね。
それに対して,YouTubeの情報はそのような過程を経ていません。
YouTubeやSNSを見ることは,僕もやっていますし,素人が入り口となる情報を手に入れる媒体としては適しているので,反対しません。
けれども,それが正しい内容かどうかは専門家であれば裏付けを取って確かめる必要があります。
——多様なメディアや媒体から得られる情報の正確性・信憑性について裏付けを取るにはどのようにすればよいですか。
森岡:
言葉のニュアンスやリファレンスの有無,リファレンスの中身について,やはり自分の目で確かめることが重要です。
また,より信頼のおける情報を選び取るためには,発信者のこれまでの業績やそのクオリティーが1つの基準になると思います。
主に大学で信憑性の高い研究をしている人たちはYouTubeやSNSといった電子メディアを敬遠する傾向にありますが,これからはセラピストの世界も電子メディアが主流になると思います。
僕は,今まで論文や書籍など,いわゆるアナログのメディアで情報発信してきた研究者がこれからは電子メディアを活用して,情報を発信・提供する役割を担わないといけないと言っています。
学会に所属している研究者は,自分たちの学会がマジョリティーと思っているかもしれませんが,セラピストが何万人といるなかで学術大会に参加するのは多くて2千人ほどの状況では,圧倒的にマイノリティーです。
自分たちは学会で主導権を握っているかもしれませんが,ほとんどのセラピストは学会とはまったく無縁で,目の前の患者さんに対して仕事をしているわけです。
結局学会に携わる人たちの活動は,セラピストの世界全体をよくするには至っていないということを,僕は他の先生たちに伝えています。
——先生がそのように考える理由として,現状に対する懸念があるのでしょうか。
森岡:
現在の電子メディアは,キャッチーだけど信憑性の低い情報を発信する人たちがたくさん現れて主導権を握っている状況で,バイアスに満ち溢れた世界ができあがりつつあります。
動画配信サービスのように,自分の好きな映画を見るという趣味の世界であればいいですが,セラピストの世界ではあらゆる情報から自分の好きな情報を選んでしまってはいけません。
最近ではさまざまなセミナーがインターネット上で開催されていますけど,モラルをもって教養として学んで患者さんに悪影響が出なければいいんですよ。
ただし,毎回間違ったことを発信しているような人や,日々の臨床に携わることなく発信しているような人の情報がインターネットや書籍にあると,その情報を選択したときに最終的には患者さんの不利益になります。
患者さんに直接関係するような情報もわかりやすくキャッチーに解説することで,カリスマのような存在になっている者もいますが,それを崇めるわれわれセラピストの世界にも課題があると思います。
それであれば,自分たちで電子メディアを活用して他人に文脈を作られることなく,正しい情報を発信するのがよいと研究者の先生たちには言っています。
セラピストの世界においても,SNSをうまく活用して正しい情報を発信してもらえればと思っています。
入念な準備が生んだ学術大会に関するSNS上での盛り上がり
——先生が大会長を務められた第20回日本神経理学療法学会学術大会は大いに盛り上がりました。SNSも積極的に活用されていましたね。
森岡:
多くの方々に参加してもらうためには,本当に面白い手法だったなと思います。
コロナ禍が続いていたなかで,僕たち主催者側にも危機感があったので,広報活動には熱心に取り組みました。
ただ,SNSの広報によって学術大会が成功したと言われますがそれは結果論で,参加者に必ず来てよかったと体感してもらうためには,まずは学術大会のプログラムが完璧でなければならないという使命がありました。
学術大会のプログラムが充実したものになったので,学術大会の準備委員の方々も自信をもってSNSで広報活動に取り組めました。
主催者側が単に学術大会の情報を発信するだけでなく,熱意のある言葉を発信することで,多くの参加者が集まったと思います。
最終的には,主催者側の準備委員以外の参加者同士がSNS上で盛り上がっていましたね。
神経学において,神経のネットワークを形成していくときに,大元から離れたところでも興奮が持続する現象がありますが,それと同様に参加者同士で盛り上がったのが成功だと思います。
僕は注意機能を研究する立場でもあるので,どうやったら人の注意を惹きつけられるかにとても興味をもっています。
臨床では注意障害の患者さんたちに向き合って-15から0にする治療をしますが,学術大会の広報では健常者の注意を0から15にする活動を行うことになります。
両者を比べると,ベースラインがゼロである分,健常者のほうがはるかに取り組みやすいです。
ただし,SNSではよい評判だけでなく悪い評判もすぐに拡散されるので,学術大会であれば内容が伴っていることが大切ですよね。
(第3回につづく)