働き方ノート Vol.11 織部祐介先生
人生と仕事に迷い、シンガポールへ。自分の時間を持ち、メリハリがつけれるようになった。
■仕事編
・診療放射線技師になった動機、やりがい
私が診療放射線技師を目指したのは、今から15年前の 高校3年生のときでした。ちょうど進路に悩んでいたときに新聞で読んだ記事がきっかけだったと思います。文部科学省の「21世紀医学・医療懇談会の報告」に関する記事 でした。本邦におけるメディカルスクール構想の内容だったと思います。いま思い返せば、小さな頃から人の助けになる仕事がしたいと考えており、小学生ぐらいまでは警察官にもあこがれていた気がします。純粋に医学の道に進まなくても、将来メディカルスクールが本当に誕生するなら少し医療に関する分野かつ、自分がそのころ好きだった数学や物理を生かせる分野、ということで診療放射線技師を目指す学科を選択しました。
診療放射線技師免許取得後にも、大学院修士課程に進学することを大学在籍中に早々に決めていました。将来、ど うなるか見通しもありませんでしたが、文章をしっかり書 く力や物事を多角的に考える力がほしいと感じたからです。あとは、ここで書いていいのかわかりませんが、やはりプ ライベートを楽しむ時間を働くまでにもう少し作りたいと 簡単に考えてしまっていた部分もあるかもしれません。しかし、研究を始めれば研究が楽しく、プライベートよりも 研究が優先の毎日を過ごしていました。
修士課程修了後は、生まれも育ちも縁もゆかりもない、関東方面の小児専門病院に就職しました。実は、大学院を修了するまでは放射線治療と医学物理分野しか頭になかった私にはかなりの衝撃を受けた現場でした。それこそ、小児疾患や先天性疾患の名前は知っていても、こんなに多くの患者がいるのかと驚きました。また、山のように多くの症例を見ることができたこと、小さな命の生命力の強さを肌で感じる日々が続きました。職場環境や人間関係に恵まれ、様々な診療科の医師や看護師さんともたくさん交流させていただきました。気づけば、診療放射線技師という仕事にしっかりとはまっていました。
私の診療放射線技師としてのやりがいは、数えきれないぐらいいっぱいあります。患者さんと会話することも楽しいですし、一般撮影の検査だったらきれいな画像を撮れただけでもいまだに嬉しいと感じています。研究面でも放射線を扱った研究は未解明な部分が多いのでわからないことが少しずつわかってくる日々の全てがやりがいに満ちていると思います。
・数ある国の中から、シンガポールを選んだ理由
いまお話をした小児専門病院での勤務は、多くの経験を得ることができましたが、それと同時に診療放射線技師の仕事についても見直す機会をもらったと思います。仕事を変えようと思ったきっかけの1つ目は、Ai(死亡時画像診断)という業務です。小児領域では比較的多いのかもしれません。検査や治療をきっかけに仲良くなった患児のAiを担当する日が連続して続いたのが最初のきっかけでした。人を助ける仕事がしたいと思っていたのに、なぜ亡くなっ てしまった人を撮影しなきゃいけないんだろう、と考えて しまって、気持ちの切り替えが下手だったのかもしれませ ん。ひとまず、人生や仕事を考えるために日本の現場から 離れようと考えました。もう一つのきっかけは、修士課程 時代に海外で学会発表をしたことです。英語はそもそも得 意ではないのですが、学会発表で訪れた海外の自由な空間、海外の空気がどことなく自分自身の肌に合っているなとず っと感じていました。1つ目のきっかけを機に海外で生活 をしたいという思いが呼び起され、海外で生活をする決意 をしました(決意したものの英語に対する抵抗感はすごい ありましたが)。
最初はシンガポールに行く、と決めていたわけではなくいろいろな国の病院のホームページの求人欄を探し、何か自分に合うポジションがあると思うとメールや直接履歴書を送るなど、できることを毎日繰り返していました。シンガポールいいな、と感じたのは小児専門病院勤務3年目の夏にアジアオセアニアを10日間ほどのバックパック旅に 出たときのことです。シンガポールに寄った際に、交通が整っていること、食べ物がおいしいと感じ、働きたい国の候補に入りました。最終的にシンガポールの病院の医師に目をつけてもらえたのが幸いでした。どこにでも日本人の医療従事者はいるもので、まだスマホも十分に普及していない世の中、手当たり次第に様々な国に送っていた私の履歴書は、日本人ということでシンガポールの病院の日本人医師の目にも入ったようです。思い立ったらすぐに行動あるのみ、と感じた瞬間でもあります。
・シンガポールの臨床現場で得た、新たな知見
シンガポールの臨床現場で得た、新たな知見というか日本との違いになりますが、放射線を使った検査にかなり慎重という点でしょうか。それは、医師だけでなく患者家族も医療被ばくへの問題意識も大きく、患者自身が本当にその検査が必要なのか医師との対話がされている点に感動を覚えました。医師が慎重に検査方法を選び、あまり積極的 でなかったのは検査費用が高額になることで患者への負担 が大きくなることを知っているからだと思います。シンガ ポールには、日本の国民皆保険制度に近い保険制度があり ますが、それでも放射線を用いた検査はかなり高額なので、可能な限り患者の負担(精神的にも金銭的にも)ならない 診療をしていたのだと思います。
医療被ばくに対する考え方にプラスアルファで、患者の負担する費用を意識すること(日本では最終的に医療費の問題に繋がります)を学びましたし、最初に小児専門病院で働いていたこともあり、海外での経験は、それまで以上に本当に無駄(実際は臨床的には役に立つけど)かもしれない被ばくは可能な限り減らすべきと思うようになりました。
・日本で活かせる、シンガポールでの経験
これはシンガポールに限ったことではないとは思います。海外で過ごすと母国語以外のコミュニケーションが必要です。最初はとてもストレスを感じることが多かったのですが、慣れてくるとかなり心も快適です。シンガポールは多民族国家ですので英語はあくまでもコミュニケーションのツールの一つでしかならないと知ったこと。そして、言いたいことも聞きたいことも6割ぐらいを受け取れればいいと判断できるようになったことです。この良くも悪くもすべてを伝える、すべてを受け入れるをしないという術を知ったことが仕事や私生活の快適さを上げてくれています。
・海外での臨床現場に挑戦して変わったこと
人と無理して付き合うことをしなくなったこと、自分の時間をしっかり持つメリハリをつけることができるようになったことです。
・不安や葛藤
毎日不安しかありません。なので、不安の倍以上に楽しいことを探そう、楽しいことをやろうと日々仕事に取り組んでいます。
・これからの展望
これからの私の仕事に関してですが、すでに次の計画というかやりたいことが見つかっています。より多くの人々の生活が豊かになるように次の一歩も頑張りますので、ぜひ、応援よろしくお願いいたします。
・「いまの自分をつくった」と思う学生時代の出来事
学生時代には、本当にいろいろあり思い出が山のようにあります。その中でも恩師との出会いが「いまの自分をつくった」と思います。放射線治療を主に学んでいたときには、岐阜医療科学大学(旧・岐阜医療技術短期大学)の内山先生と仲良くさせていただきました。そのおかげで、大学院の時代も含めると4年ほど臨床現場で放射線治療を学ぶことができました。ここでは、やはり現場に出る重要さや人とのコミュニケーションの大切さを体験・認識できたと思います。
また、自分の専門分野ではないのですが、 名古屋大学の教授であった小寺先生との出会いというか、飲み会での言葉がいまも結構残っています。診療放射線技師を目指すだけでなく、国の中から医療を考えることができる人が育ってほしい。そんな話だったと思いますが、私の中では常にそのスタンスが残っていると思います。現場も重要だということは常日頃から思っていましたが、目の前のことだけでなくもっと大きな視野を持つことが重要だと知ることができました。大きな視野を持つこと、これが海外にでるときの後押しにもなったと思います。
ある一日のスケジュール
6:00 起床、メール、LINEの確認をしながらコーヒーを淹れる。
9:00 卒業研究生、修士大学院生の研究の補助、動植物の世話
12:00 ランチ、職場の方へコーヒーの振る舞い
13:00 大学講義、実験、委員会や学会のオンライン打ち合わせ
18:00 帰宅
20:00 音楽を聴きながら、インターネット等で世界情勢のニュース確認
23:00 就寝
■ プライベート編
早寝早起き、規則正しい睡眠を取りたい、と思っているので早めの起床を心がけています。朝にバタバタするのも嫌なので、朝はゆっくりコーヒーを淹れながら夜にたまったメールやLINEの確認から始めます。8時ごろには勤務 先の大学の研究室に入るようにしています。学生が登校するよりも早くに出勤、ここでもコーヒーを淹れて同室の事務の方に飲んでいただき仕事モードに切り替わります。診療放射線技師には珍しい動植物を扱った研究をしているので午前中に世話や学生の研究の補助をしているとあっという間にお昼になってしまいます。お昼にもコーヒーを振る舞いながら午後の気合を入れます。午後には、学部生への講義や実験実習、学内委員会などの業務が入っていることが多いです。休む時間ができたらここでもコーヒーを淹れながら糖質補給をしてラストスパートがよくある一日の流れです。
帰宅後は、音楽を聴きながら料理をしたり、インターネットで世界情勢のニュースを確認します。ニュースは可能な限り英語サイトから情報を収集するようにしています。日本のニュースだとどうしても日本寄りの意見ばかりになってしまうことがあるので、様々な観点を学ぶという意味も込めて、日本以外からの情報を得る努力もします。
就寝2時間以上前からスマホは遠くに置くようにしているのでよほどの連絡で電話が鳴らない限り連絡には気づきません。プライベートを大切にすることが、最終的に仕事時間の仕事への集中につながると思っています。
・仕事とプライベートの両立
仕事とプライベートは可能な場面で重複するようにしています。例えば、職場では私は朝からコーヒーを淹れることが日課になっています。お気に入りの焙煎屋から購入したコーヒー豆を家で挽いて、その挽きたてを職場の方に飲んでいただく。これを毎日の楽しみにしつつ、自分自身の仕事モードのスイッチにしています。
・これから診療放射線技師をめざす方に向けて一言
放射線を使った検査や治療はこれから増えるのか、減ってしまうのか、考えながら診療放射線技師を目指してほしいと思います。私の考える最善の検査、治療は、ドラえもんの世界です。ライトを当てれば、病気が分かり、薬を飲めば病気が治る。きっとそんな世の中にいつかなってくれると思いますが、当面はいまの世界が続くと思います。このいまの世界を全速力で走り続けるだけでなく、いろいろな可能性(医療も社会も含めて全て)を想像しながら、診療放射線技師を目指してほしいと思います。
・趣味
運動ならテニス。家の中ならコーヒーを淹れることがいまの趣味です。また、外に出るときには常に一眼レフカメラを持ち歩いているので、そもそも写真を撮ることが大好きです。テニスは一時期テニススクールのコーチをし、スポーツ協会の資格も取得しました。飲食に関しては食品衛生責任者の講習会を修了し、いつでも趣味を仕事にできるようにしています。趣味も趣味で終わらせないレベルまで上げることが趣味かもしれません。
■ 織部先生に聞きたい!
・大学生のうちに、やっておくといいこと
本気で遊び、本気で勉強。この2つを毎日やってほしいと思います。どっちかに力を入れるのってよくないと思うんです。学生のうちは体力もあるし、学んだことを吸収する力もあります。中途半端に物事を行うことが一番もったいないことだと思うので、とにかくいっぱい遊んで、その分いっぱい勉強をしてほしいと思います。健康には当然気を付けてほしいですが、一日中元気なときに元気よく過ごすことをお勧めします。
また、現在の勤務先の学生にも質問されるのですが、海外に行きたいなら迷わず行ったらいいと思います。相談したい、誰かに不安を聞いてほしい気持ちもわかりますが、海外に現地採用で働くことを簡単にOKと背中を押してく れる人も少ないと思うので、本気で行きたいと思ったら、すぐに行動。これが重要で、大学生のうちならワーキングホリデービザなどもあるのでどんどんチャレンジしてほしいです。
・この先、取り組んでいきたいこと
実は、これからまた新しいことに挑戦することが決まっ ています。詳細に関してはここで書くことはできませんが、多くの人のためになる仕事だと思って頑張っていこうと思 います。教育の現場からは少し離れてしまいますが、これ まで学んだことを活かすことが私に与えられた役目だと思 って頑張ってみようかなと。自分が頑張ることで、診療放 射線技師の歩む道の選択肢が一つ増えるなら最高なことだ と思います。取り組む、というほど大きなことではないか もしれませんが、これまでと同じように楽しく進みます。
・お仕事をするうえでのこだわり
医療、教育に関係なくどのようなことでも、頼まれたことを断らないことを大切にしています。きっと私に声をかけてくれた人は、私に何かを望んでいるわけなので、できる限り応えようというスタンスです。だめかも、時間がないと言うのは簡単ですが、信頼関係や自分の成長にもつながると思えば「OK」と返事をすることほど簡単なことは ないと思います。これからも、二言返事で「OK」と笑顔 で返事ができる日々を繰り返し、楽しく仕事をしていきたいと思います。