怪しいインフルエンサーほど、フォロワーを獲得する理由
■怪しいインフルエンサーほど、人気?
YouTubeなどの個人メディアの発展に合わせて、影響力を持つインフルエンサーが多数登場しました。テレビなどのマスメディアよりも、インフルエンサーの発信に信頼を置いているという人も少なくありません。 それでは、信頼できるインフルエンサーとは、どういったものなのでしょうか。信頼できるインフルエンサーの特徴を挙げると、
・自身の発信に対して言い切る形を取らず
・いくつかの可能性を提示し、メリットデメリットを挙げ
・最終的な判断は受け取り手に委ねる
というのが、信頼できるインフルエンサーの特徴ですが、この通りに情報を発信すると、まずコンテンツが伸びません。精度の高い情報を発信するインフルエンサーは、人気が出ない構図になっているのです。
ですから、フォロワーを獲得しやすいインフルエンサーは、この逆になります。
・自身の発信に対して断言をし
・1つのメソッドを行えば、確実に報酬が獲得できると煽り
・その論説に対する反論を認めない
これが、信頼はできない(=怪しい)けれども、SNSでフォロワーを獲得しやすいインフルエンサーの特徴になります。
■問題を解決する「絶対の正解=具体的メソッド」を求める人が多い
なぜこのようなインフルエンサーが台頭しやすいかといえば、コンテンツの消費者がそれを求めているからです。まず、コンテンツ消費者のマジョリティとして「絶対の正解」を求めている人が多いということが挙げられます。 人々は何かをする際に、失敗したくないという損失回避バイアスが強く働きます。だから「これさえしておけば、確実に報酬を受け取ることができる」という正解を求めるのです。 そしてそれは、誰でもすぐにできるような「具体的メソッド」である必要があります。
〇〇〇さえやれば、モテる
〇〇〇さえやれば、仕事で成功できる
〇〇〇さえやれば、美肌に
という風に、この「具体的メソッド」さえやっておけば、うまく行くという単純化された論法が展開されます。これは、消費者の「絶対の正解」が欲しいという幻想を提示しているのです。
かつ、こういった言い切りが増えるのは、消費者が抽象概念ではなく「具体的メソッド」を求めるからです。 料理に例えると、包丁ではなく「ゆで卵スライサー」を求めています。 包丁(抽象概念)は耐久性が長く、転用が可能です。様々な食材や切り方に対応できます。対して卵スライサー(具体的メソッド)は、用法・用途が限定され、転用ができません。しかし、消費者が求めているのは耐久性が長くて転用可能な包丁(抽象概念)ではなくて、ゆで卵スライサー(具体的メソッド)なので、これさえやれば成功できる何かを求めているのです。
■複雑系の世界を無視している
では、そういった具体的メソッドが本当に役に立つのかというと、立たないか、あるいは立ったとしても、ゆで卵スライサーのように、包丁に比べて使える期間は短くなり、得た情報というのは陳腐化しやすいのです。
よく考えてみれば分かりますが、1つの現象の背景にはいくつもの因果関係があるわけで、これをやったからこうなったという単純な論法であることは少ないのです。
例えば、何か特定の病気にかかったとしても、その背後には遺伝や生活習慣、年齢などのいくつもの要因が合わさっています。 しかし、正解が知りたい人にとっては、これをやったから病気になった、これをやったら病気が治るという、絶対の真実が知りたいので、冒頭に挙げた良いインフルエンサーのような情報の提示では納得しないのです。
冒頭の情報の提示は、専門家であればあるほど「言い切れない部分が多く」「抽象概念ほど役に立つ」ことが分かっているため、冒頭のような言い方になります。
例えば、特定の治療薬に対する説明を例に挙げると
・自身の発信に対して言い切る形を取らず
ーその効果は服用グループの〇%に恩恵があることが判明している
・いくつかの可能性を提示しメリットデメリットを挙げ
ー作用としては〇〇の緩和だが、〇%程度に腹痛などの副作用が出ることがある
・最終的な判断は受け取り手に委ねる
ー服用を勧めるが、判断は委ねる
といった具合です。 しかし、このように情報を提示されると、受け取り手はメリットデメリットの比較をして自身で判断をするという作業が加わるため、自分の判断を相手に委ねられる「絶対的正解」をくれる人を求めがちなのです。
■ワンイシューに絞った情報の伝達は、成功事例が多い
これが「絶対の正解」だというワンイシューで最も成功を収めたのは、2005年に行われた衆議院選挙ではないでしょうか。小泉首相が郵政民営化を掲げて自民党が圧勝しました。 その際に小泉氏が繰り返したのが「自民党をぶっ壊す」と「郵政民営化」の2つの単語で、郵政民営化をしたら国民にどういうメリットデメリットがあるのかというのを理解していた人は、あまり多くなかったのではないでしょうか。それでも、結果的に勝利をおさめたのは、ワンイシューに絞り、郵政民営化が絶対の正解であると強調した情報の伝播戦術によるところが大きいでしょう。 その後もN国党など、ワンイシューに絞った新進の政党が議席を獲得するという事例もあり、一定のマス層にリーチするには、ワンイシューに絞り込むことが有効であるように思えます。
■さらに損失回避バイアスを突く
このベースがあった上で、さらに巧みなインフルエンサーは、損失回避バイアスを突くことを心得ています。〇〇をやった方が良いというよりは、〇〇をやってはいけない、の方が何倍も人を引き付けることができるのです。 人は、得をするよりも損をする痛みを避けるように設計されているからです。
ネットに出回る記事や動画が「成功したいなら、やってはいけない習慣5選」や「40代でやったら痛いファッション5選」など、損失回避バイアスをつけているのはそういう理由からです。
実際に、かつてIT業界向けのYouTubeを運用していたとき、損失回避バイアスを突く動画タイトルはそうでないものに比べて、1.5~2倍近いクリック数を記録していました。
■インフルエンサーにとっても、情報コンテンツの作り方は難しい
実際に、1つのメソッドをやればOK型(かつ損失回避バイアスを突く)コンテンツは数字が伸びやすいので、インフルエンサーにとってはこういったコンテンツを提供した方が成長が早いことが分かっています。 しかし、良心に則って可能性を提示し、メリットデメリットを提示しても、対象がマス層にリーチしないのでまず伸びません。 ですので、ここで言い切り型のコンテンツを提供するかどうかのジレンマに悩まされます。
自身がYouTubeコンテンツの支援をしていた際、メリットデメリットを提示して損失回避バイアスを突かない動画は伸び悩んでいました。 そこで考えたのが、1つ1つのコンテンツのテーマを狭めることです。例えばエンジニア向けのコンテンツがあったとして「JavaScriptさえ覚えれば、フリーランスで稼げる」は言い過ぎですが「JavaScriptさえ覚えれば、未経験採用の門戸が叩ける」は言い過ぎではありません。先ほどの例でいえば、「ゆで卵スライサーで、ゆで卵をスライス出来る」と言っているようなものだからです。 このように小さなテーマで言い切り型のコンテンツを作り、中級者向けに別途抽象概念を扱う大きなテーマのコンテンツを作成します。 このようなバランスで、コンテンツの品質と集客のバランスを取っていました。
■正しい情報を伝えるには、情報の伝え方を模倣する
ここまでインフルエンサーの情報の伝え方について解説してきましたが、情報を伝えたい際は、ある程度このやり方を模倣することが有効かと思います。例えば、子宮頸がんを予防するHPVワクチンは、一定期間接種が止まっており、接種が再開した現状は、多くの産婦人科医の先生方が接種を推奨しています。 しかし、病院の先生というのは正しいインフルエンサーであるため、メリットデメリットをブログなどのテキストコンテンツで伝えるなどの正攻法での伝達方法をしがちです。しかし、幅広い 情報の伝達を目的にするのであれば、TikTokなど対象年齢層が多いSNSにて「とにかく接種しよう」と連呼した方が、有効なのかもしれません。
■良いインフルエンサーを見つけるには、自分の頭で考える
ということで、良いインフルエンサーの条件を解説してきましたが、良いインフルエンサーの共通点とは、コンテンツの受け取り手に判断を委ねているということです。 良いインフルエンサーを見つけるには、絶対的な正解を求めるのを止めて、メリットデメリットを提示してくれるインフルエンサーの情報を、自分で取捨選択して判断するということが必要になってきます。
しかし、ツイッターやインスタグラム、YouTubeなどフィード型かつレコメンド型のプラットフォーマーが台頭して以降は、コンテンツの受け取り方が極めて受動的になり、このアーキテクチャ自体は「絶対の正解を求める」消費者の姿勢とリンクしているように思えます。 最近ではググれるのも一つのスキルと言いますが、能動的に信頼出来るインフルエンサーを探すのも、また一つのスキルと言えるかもしれません。