セロトニン作動性幻覚剤からシグマ1作動性認知機能改善薬へ~DMTはシグマ1受容体に作用して脳の細胞を増やし認知機能を高める~
概要
最初に今回紹介する文献と、その要約を書きます。
文献名: N,N-dimethyltryptamine compound found in the hallucinogenic tea ayahuasca, regulates adult neurogenesis in vitro and in vivo
URL: https://www.nature.com/articles/s41398-020-01011-0
要約
・シャーレで培養した脳細胞にDMTを加えると細胞が増えて分化が促進し、また生きているマウスにDMTを投与すると学習能力や記憶力が向上しました。
・これらの効果は「シグマ1受容体」という受容体が主にもたらしている効果だと分かりました。
・将来「幻覚を見ない方法で」脳細胞を増やす薬が出来るかもしれません。
こんな感じの論文です。
もう少し詳しく説明しますと、
・DMTを培養細胞やマウスに投与すると、記憶を司る海馬という部分において、脳細胞の元となる神経幹細胞が増え、神経細胞やそれらを支えるグリア細胞への分化が促進され、結果的に海馬の脳細胞が増えました。
またそれにより、DMTを投与されたマウスは学習能力と記憶力が上がりました。
そして何より、この効果はシグマ1受容体に作用する事で引き起こしていました。
・DMTは投与すると幻覚を見ますが、DMTによる幻覚は「5-HT2A」という受容体が関わっています。
そこでこの受容体の機能を薬により阻害して、「理論上は幻覚を見ない状態の」マウスにDMTを投与したところ、5-HT2Aを阻害しなかった時と比べて弱いものの、学習能力・記憶力の向上効果が見られました。
この事から、もしかすると将来的に「幻覚効果の無い脳疾患の治療薬や抗うつ剤」を作る事が可能になるかもしれません。
というのが、今回の論文の概要です。
とりあえずこれさえ覚えておけばOKです!
実験のあらすじ
まず、この文献は、
「DMTがどのようにして脳細胞を増やすか」
「幻覚を見ずにDMTの効果を得られないか」
を調べた論文です。
DMTは、この論文が出るずっと前から、脳の細胞を増やしたり、認知機能を向上させたりする事が知られてきました。
例えば「DMTは脳細胞を増やす『BDNF』というタンパク質を増やす作用がある」「DMTを数年間飲み続けた人は前頭葉機能を測るテストの結果が一部向上した」など、証拠となる論文は様々に出ていました。
ですが、「どのようにして脳細胞を増やしているのか」については調べられていませんでした。
それになにより、DMTは投与すると幻覚を見るため、薬としてはかなり扱いづらい立場にありました。
DMTが脳細胞を増やす理由については、
「DMTが作用するセロトニン受容体の「5-HT1A」「5-HT2A」にはBDNFを増やす作用があるから、それが原因だろ」
「いやいや、DMTが作用するシグマ1受容体もBDNFを増やす作用があるから、こいつが原因だろ」
等と言われてきたのですが、どれがはっきりとした原因かはわからない状態でした。
そこで今回、
「DMTの効果に関係していそうな受容体をひとつずつ阻害していって、その状態でDMTを加えて、『神経が増えるどの段階で、どの受容体が関わっているか』を調べてみよう!
ある受容体を阻害した時にDMTによる効果が無くなったら、その受容体がDMTの効果に関わっている事になるよね」
という実験をしてみました。
結果として、DMTを細胞に加えると、神経幹細胞(将来脳細胞になる細胞)が増え、さらにいろんな種類の脳細胞への分化(機能を持った特定の細胞になること)が促進されました。
そして何より、その効果は「シグマ1受容体拮抗薬(シグマ1受容体の機能を阻害する薬)」を加えると見られなくなる事が分かりました。
この事から、「DMTは、シグマ1受容体に作用する事で脳細胞を増やす効果がある」という事が分かりました。
また、DMTの幻覚効果だけを打ち消して、脳細胞を増やす事ができるかを調べるため、幻覚を引き起こす受容体の一つ「5-HT2A」を薬で阻害したマウスにDMTを投与したところ、5-HT2Aを阻害しなかったマウスに比べると弱かったものの、DMTを投与していないマウスに比べて学習能力と記憶力が向上していました。
この事は、「もしかすると、幻覚を見ないままDMTの脳細胞新生作用を得られるかもしれない」という事を意味しています。
この論文では、研究者たちは「神経変性疾患の新しい治療法の開発に非常に役に立つ可能性がある」と言っていました。
個人的意見
さて、ここから先は私の個人的意見です。この論文では一切言及していない事を好き放題言い散らかしますので、話半分程度にすっ飛ばしてください。
・DMTとケタミンの類似、そしてシグマ1受容体
DMTは既存の薬が効かないうつ病「治療抵抗性うつ病」を何故か1発で緩和させるという最強の抗うつ薬的な作用を持っています。
しかし、このDMTを打ったり吸ったりすると強烈な幻覚を引き起こし、「神と遭遇した」「自分は死んだのではないかと思った」「宇宙空間に放り出された」というような物凄い体験を引き起こします。
さて、それとは別に、「ケタミン」という、元は麻酔薬に使われていた幻覚剤があるのですが、このケタミンも同じように治療抵抗性うつ病を緩和し、同時に強烈な幻覚体験を引き起こします。
DMTとケタミンは作用機序の違う幻覚剤です。
DMTはセロトニン受容体「5-HT2A」を刺激し、同時に代謝型グルタミン酸受容体のグループⅡ型「mGluR2」「mGluR3」を拮抗する事で幻覚を引き起こす、「セロトニン作動性幻覚剤」と呼ばれている幻覚剤です。
対してケタミンは「NMDA受容体」という、グルタミン酸受容体を拮抗する事で幻覚を引き起こす「解離系幻覚剤」と呼ばれている物です。
この2つは違う作用の仕組みを持っているのですが、「幻覚を見せながら治療抵抗性うつ病を即緩和させる」という、謎の共通点を持っています。
さて、違う作用を持つはずのDMTとケタミンの共通点ですが、実はどちらも「シグマ1受容体に作用する」という共通点を持っています。
そして、今回「DMTが脳細胞を増やすのは、シグマ1受容体に作用する事で起こしているんだよ」という事が分かりました。
という事は、ケタミンも同じようにシグマ1受容体に作用する事で抗うつ効果を発揮していて、さらに言えば、他のシグマ1受容体刺激薬も抗うつ作用を持っているかもしれない?
と、「あくまで個人的な意見として」私はそう思います。それを示す文献は無いです。
(第一それなら、ルボックスというシグマ1受容体にも作用する抗うつ薬が既に出ているので、それで治るはずなのですが……?)
実験内容
ここから先は、論文で行った実験を紹介しています。
基本的に読まなくてもOKですが、もし読まれる場合は論文をダウンロードして、各図と見比べながら読んでみる事を超オススメしておきます。
図1
まず、この図で行った実験は、
「シャーレで培養した脳細胞にDMTを加えたらどうなるか?
また、DMTが関わっているセロトニン受容体とシグマ1受容体をそれぞれ阻害したら、DMTが引き起こす効果に変化はあるか?」
という事を調べたものです。
(説明の都合上、有識者はかなり違和感を抱くような言葉遣いをしています。そこはスルーして頂けると助かります)
まず、脳の中でも記憶を司る「海馬」という部分に、DMTが働くかを調べました。
海馬で脳細胞が増える時は、「歯状回」という部分の、さらにその中の「顆粒下帯」という場所で神経幹細胞が新しく生まれます。
そして生まれた神経幹細胞は「顆粒細胞層」という場所に移動して、そこでいろいろな種類の脳細胞へと分化していきます。
そこで今回、海馬で脳細胞が新しく生まれるかを調べる方法として、最初にマウスの海馬の、新しく脳細胞が生まれる部分である「顆粒下帯」という場所から、脳細胞にこれから成長する細胞である「神経幹細胞」を取ってきて培養し、そこにDMTと、
・シグマ1受容体拮抗薬BD1063
・5-HT1A/2Aの拮抗薬メチオテピン
・5-HT2A拮抗薬のリタンセリン
・5-HT1A拮抗薬のWAY100635
を加えてみました。
結果、DMTを加えると幹細胞の増殖と脳の各細胞への分化が促進され、またこの効果はシグマ1受容体拮抗薬によりほぼ打ち消されました。
よってこの図では「海馬の幹細胞にDMTを加えると、幹細胞の増殖と脳の各細胞への分化が促進される。またこの効果はシグマ1受容体を介して行われている」という事が分かりました。
図2の補足説明
図2に入る前に、神経の種類について軽く説明しておきましょう。
神経は大まかに分けると2種類の細胞で構成されています。
まず1つ目は、神経細胞(ニューロン)。
脳内でメインに仕事をする細胞で、この細胞が神経伝達を行う事で、私たちは物を考えたり、泣いたり笑ったり、身体を動かしたりする事が出来るのです。
そして2つ目は、グリア細胞。
この細胞は神経細胞を支え、栄養を与える細胞です。主に補佐役の細胞ですね。
このグリア細胞はさらに3種類に分かれ、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアと呼ばれています。
各細胞の役割はこんな感じです。すっ飛ばしてかまいません。
・アストロサイト:神経細胞の形を保つ、血液脳関門(血液と脳の間にあるバリアみたいなもの)と神経細胞の間に立って神経細胞を守る、神経伝達物質を運ぶ
・オリゴデンドロサイト:神経細胞の軸索(神経伝達の通り道)に巻き付いて、髄鞘という構造を作ったり栄養を補給したりする
・ミクログリア:病原体や死んだ細胞を掃除して、組織をきれいに保つ。(ただし暴走すると生きている神経細胞まで掃除してしまい、これが脳の病気を引き起こしたりします……。)
まぁここまで説明しましたが、大ざっぱに「神経の細胞って、いろいろ種類があるんだなぁ」と思って頂ければ次の図が読めます。
では図2に行きましょう。
図2
ここでは、「DMTは神経幹細胞をどんな種類の脳細胞へ分化させるか」「この時に受容体を阻害したらどうなるか」を調べました。
結果、DMTは先に述べた神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化を促進させ、またここでもシグマ1受容体拮抗薬はDMTの効果を打ち消しました。
よって、「DMTはシグマ1受容体を介して、神経幹細胞が神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化を促進させる」事が分かりました。
(ちなみに、セロトニン受容体拮抗薬を加えると、加えない場合に比べて神経細胞とオリゴデンドロサイトの増殖効果は弱まった一方、アストロサイトの増殖効果は変化しませんでした。
この事から、幹細胞がアストロサイトに分化するのにセロトニン受容体は関わっていない事が分かりました。)
図3
図1と2では、シャーレで培養した細胞にDMTを加えていました。
図3と図4では、実際の動物の脳でも同じ事が起きるか調べるため、成体(大人)のマウスにDMTを2mg/kgで4日間投与して、脳細胞が増殖するかを調べました。
結果、DMTを投与されたマウスは海馬の顆粒下帯(海馬で脳細胞が新しく生まれる場所です)で、脳細胞が増殖しているのが分かりました。
またそれだけでなく、顆粒下帯で新しく出来た神経幹細胞が、顆粒細胞層(この部位は図4で説明します)へと移動している事が分かりました。
そして、これもシグマ1受容体拮抗薬を投与する事で効果が打ち消されました。
よって、「シャーレの中の細胞だけでなく、実際の動物にDMTを投与しても、シグマ1受容体を介して海馬で脳細胞が増えて、さらに増えた脳細胞が広がっていく」という事が分かりました。
図4
大切な事なので何度も言いますが、海馬で脳細胞が増える時、歯状回という部分の、さらに顆粒下帯という場所で神経幹細胞が新しく生まれます。
そして生まれた神経幹細胞は「顆粒細胞層(図3の最後に出てきた場所です)」という場所に移動して、そこでいろいろな種類の脳細胞へと分化していきます。
ではDMTにより新しく生まれた神経幹細胞は、顆粒細胞層に到達するのかを調べるため、今度はマウスに21日間DMTを投与してみました。
(それにしても、21日間サイケマウスというのも……(笑))
結果、DMTにより新しく生まれた神経幹細胞は、顆粒細胞層に到達しており、そしてやはりこの効果もシグマ1受容体拮抗薬により打ち消されていました。
図5
これまでの結果から、「DMTにより海馬の脳細胞が増えるのであれば、それによって認知機能が高まるのではないか?」と研究者たちは考えました。
しかし、当たり前ですがDMTを投与すると幻覚を見てしまうため、治療薬としては取り扱いが難しい立場にあります。
そこで、「幻覚を見ずにこの効果を得られる方法は無いか?」と考えました。
DMTはセロトニン作動性幻覚剤であり、詳しく言えば、5-HT2AとGlu2/3に作用する事で幻覚効果を表します。
しかし今回、5-HT2A拮抗薬のリタンセリンをDMTと併用したマウスでも、DMTを投与したマウスと同じように脳細胞が増えていました。
この結果を見た研究者は、「5-HT2Aを阻害した状態でDMTを投与したマウスでも、同じように認知機能が高まるのではないか?」と考えました。
そこでそれを調べるため、
① DMTを投与していないマウス
② 21日間DMTを投与したマウス
③ 5-HT2A拮抗薬のリタンセリンをDMTと併用したマウス
の3種のマウスに、「モリス水迷路試験(動物を泳がせ、ゴールに辿り着くまでの時間を計測する試験)」という、学習能力を測定するテストをしてみました。
結果、4日目と5日目に行った試験では、DMTを投与したマウスは投与していないマウスよりも短時間でゴールまで辿り着いていました。
一方、5-HT2A拮抗薬のリタンセリンをDMTと併用したマウスは、4日目ではDMTを投与していないマウスと結果は変わりませんでしたが、5日目で投与していないマウスよりも短時間でゴールまで辿り着くようになりました。
次に、記憶力をテストするため、マウスに「物体認識試験」という記憶力を測る試験を行いました。
結果、DMTを投与したマウスは投与していないマウスよりも記憶力が高くなっていました。
またこちらでも、5-HT2A拮抗薬のリタンセリンをDMTと併用したマウスは、少し弱いながらもDMTを投与していないマウスに比べて記憶力が向上していました。
つまり、幻覚をもたらす受容体を阻害した状態でDMTを投与しても、脳細胞の新生と学習能力や記憶力の向上効果がもたらされる事が分かりました。